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検証

「俺が知っている噂ってのはな、貴族に関することだ。そのグレープ様の手紙に魔法使いのことが書いてあるだろう?」

「七歳から十歳までの間に魔法が発現するってやつか?」

「その後ろだ。貴族に魔法使いが多い理由のところだ。貴族は三人に二人は魔法使いと言われている。だけど手紙には魔法使いが生まれる確率は半分だと書いてあるだろう」

 確かに書いてある。それは引っ掛かっていた。


「わしも不思議に思った。平民には大げさに話が伝わっているだけかと思ったが」

 プラトンが言う。俺もそう思う。魔法使いを多く見せることで、貴族の権威を少しでも高めようとしたとか。

 しかしボルドーは首を振った。そればかりじゃないと。


「大げさなだけならいい、害も毒もないからな。……大きな声でいうなよ、俺は殺されたくないからな。二人に一人の魔法使いを、三人に二人にする方法はなんだ」

 なんだと言われても。なんだ。分からん。こういう時はプラトンだ。俺はプラトンを見たが、なにか様子がおかしい。ポテトを咥えたままプラトンのアゴ肉が震えている。出来損ないのスライムのようだ。


「だ、大隊長、それは貴族四人に二人を、三人に二人にするって事か……?」

 何かわけのわからないことを言っている。俺はプラトンを正気に戻すために頬でも叩こうかと手を伸ばした。


「そういうことだ。四人いる貴族のうち、一人が病死する。怪我でもいい。そうすると貴族四人が貴族三人になる。死んだ奴が非魔法使いなら貴族三人に二人が魔法使いってわけだ」


 ボルドーはプラトンに重々しく頷いて言った。俺の伸ばした手は固まった。そのままボルドーを見た。ボルドーは真面目な顔のままだ。


 えっ、まて。それは。しかしだ。俺は言った。

「いやいや、大人になるまで生きられる奴はもっと少ないだろ」

 大人になる前に病気や怪我で死んでしまった。この辺りでよく聞く話だ。二人に一人が無事に育てばいい方だといわれている。もっと悪いところじゃ食べ物だって満足にない。


 そんな俺の言葉をボルドーは否定した。 

「環境が違う。貴族様って奴はな、快適な家に暖かい服、腹いっぱいの飯があり、医者も十分な数がいる。そもそもの世界が違うんだ。俺達の回りみたいな理由で死ぬ奴が早々出るものか。なのに十歳になるまでは表に立つことがない」


 その言葉で俺でも理解できた……。


「つまり、非魔法使いと分かったら殺されると」

「そういう噂だ。表向きは病気や怪我だろう。だがよ、我が子を殺したい親が本当にいるのか? 俺は言っといてなんだが信じられん。お貴族様の世界は知らんがな」


 信じられんというそれは、ボルドーの願いに近いかも知れなかった。プラトンはアゴ肉を振った。いや首を振ったのか。


「わしもアニードも孤児院の出だから本当の親は知らない。でも回りの仲間達や院長は大切にしてくれたぞ。貴族は一緒に過ごした家族を非魔法使いだからなんてくだらない理由で殺すのか」

「プラトン。孤児院出の仲間の中には親兄弟に殺され掛けた奴だっているし、こんな仕事をしていれば、そんな話は珍しくもない。大隊長もそんな事は俺達より知っているはずだ。それでもこんなことを言うんだ。確信があるんだろ?」


 俺はカウンターの向こうにいるボルドー大隊長を見上げた。ボルドーは何も言わなかったが、それこそが肯定を示していた。


「そんなに魔法使いであることが大切なのか、貴族って奴は」

 プラトンが吐き捨てるように言った。


「それはそうだろう、非魔法使いは余程の才覚がなければ飼い殺しか下働きに近い仕事しか与えられないって話だからな」

 ボルドーがいい、重い空気が場を支配した。


「今度来る王子ってのも魔法使いだから華々しくお披露目されているって事だろうか。非魔法使いならどんな扱いになっていたことか。貴族ですらなかったのかも」

「あぁ、貴族を見る目が変わっちまった。もとよりいい目では見ていなかったがな」

 プラトンと俺が口々に言った。


「まぁそう言うことなんだろうな。本当に二番目の王子なのかはわからんが。それに非魔法使い全てが殺されているわけではない。だから三人に二人が魔法使いってことだ。貴族のことより今回の事件だ。その二人は平民ではなかったんだろ?」

 まったく救いになっていない言葉を言いながらボルドーは話を戻してきた。


「あぁ、貴族かはわからんが、平民な風ではなかった。貴族の可能性があるかもな」

「その二人が貴族なら、密かに始末されそうだったところを逆襲して逃げ出したって事もありえるってことだ」

 そうなのだろうか。可能性はある気がした。非魔法使いであるから貴族の子ではないとされ、排除される運命となった。貴族街では隠しきれなかったときに目立つから平民の街の目立たないところ、倉庫街や漁港で密かに殺し、死体を始末しようとした。殺されそうになった二人は、間一髪逆襲して逃亡し、ストリートチルドレンに拾われた。

 あり得そうだが、なんだかチグハグな気もする。


「ボルドー、それは本気で言っ……」

 俺が言いかけたところでボルドーは指を手に当てた。黙れという合図だ。俺達は黙った。


 可愛いベルの音が鳴った。俺はドアを見つめた。ドアの向こうから誰が来るのか。


「隊長、いらっしゃいますか? 今日はお休みですか?」

 フランの小さい声がした。なんだ、フランか。

「おぅ、いるぞ。入ってこい」

 ボルドーが大声をかけるとフランが昼間のままの格好で入ってきた。だいぶ薄汚れている。

「ふぅ、遠くまで行ってきたんで疲れました。でも隊長、収穫はありましたよ。ボルドーさん、僕に何か腹にたまるものをいただけませんか?」

「とりあえず座って待ってろ。あとこれで汚れを落とせ」

 ボルドーはフランにぼろ切れを渡し、パンをテーブルに置くと、ここが酒場ということも忘れたか何やら炒め始めた。


「何か、わし達と扱いが違う気がするな、アニード」

「あぁ、来るたびにここは酒場だと怒られている俺たちはなんなんだろうな」

「お前達と違ってこの若いのは普段は酒を頼むぞ。お前達くらいだ、来るたびに何か食わせろと言うのは」

 ボルドーが呆れた声で言った。


「隊長、アニード隊長」

「なんだ?」

「これを日頃の行いと世間では言うんですよ」

「余計なお世話だ」

 俺はフランの頭を鷲掴みにすると、グリグリと撫で回した。

「それで、収穫ってのはなんだ」


「そう、それなんですが。倉庫で殺された男の身元を掴みました」

 フランはドヤ顔をした。俺は驚いた。死体は荼毘に付され、似顔絵が残るのみ。その似顔絵も俺が持っている。


「お前、どうやって。手がかりは切れていたはずだぞ」

「服ですよ」

 フランはドヤ顔を崩さず言った。


「服って言ってもこの街の縫製ではないとわかっただろう。あそこから辿るのは現状では無理だ」

「そう思うでしょ。僕も最初そう思いました。この街で辿るのは無理だって。だから調べさせていたんですよ」

「誰にだ」

 今の俺達には人海戦術で何とかするための人数がない。


「ベルモット商会です。ほら、『ぱうんどけーき』を専売しているところですよ。いろいろ使い勝手が良さそうだったんで」

 フランはニンマリと笑った。いやこれは悪い笑顔だ。


 ベルモット商会……たしか最初の事件が起きた倉庫の持ち主だったな。あの商売人らしからぬ肝の小さい番頭みたいのに事情聴取をしたはずだ。


「事情聴取したときに、倉庫で事件が起きたことをグレープ様の耳に入れたくないって言っていたでしょ。だから僕は詰め所にグレープ様がよく来ることを教えた後で、言ったんです。商談でよその街に行ったときに、服の出所を探ってこいと」


「いつのまにそんなことを、報告しろよ」


「すみません、思い付きだったんです。詳しく説明すると、事情聴取の時にですが、僕が半分対応したでしょ? 何かあったら協力するように頼んでおいたんです。その後に服の出所が他所の街じゃないかって話があって、さらに服が僕の預かりになったでしょ? それを渡して、他所の街に商談に行ったときに調べてこいと頼んでおいたんですよ。店主はあちこちに商談に出ているそうですから」

 頼んだって、脅したの間違いじゃないのか。それに思い付きの割りには報告する余裕がある話のような。

 俺が不機嫌になりそうなのを察したか、フランは両手を俺の前で振ってなだめだした。


「おかげで身元がわかったんだからいいじゃないですか。ほら、結果良ければ良しですよ」

 独断専行するところは要注意だが、今回は許すか。俺が溜息とともに吐き出す。

 その様子を見ていたボルドーが肉炒めをフランに出した。


「ちょっとの不調和が死を招くこともある、アニードはそれを心配しているのさ。お前はアニードにはやれないことをよくやっていると思うぞ」

 それを受け取ったフランは気を取り直したか、パンを片手に肉を頬張り始めた。

 俺とプラトンはそれを見ながらグラスを傾け、温かい目で食べ終わるのを待つことにした。

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