秘密基地の子供達
「ミラ、大丈夫か?」
「うん。売り物のお花も買ってくれたし」
ジャックはミラと手を繋ぎ路地を先に進んだ。俺とフランはその後ろから黙って付いていった。本当に兄妹なのか、ここで生きていくために助け合っているからなのか、それは分からない。きっと後者だろう。助け合わなければ生き残れない。
「この先だ」
ジャックが振り返り言った。そこはゴミなのか荷物なのか分からないものが積まれていた。先に壁がある。行き止まりのようだが、先があるのか。
ジャックとミラはこっちを見て、笑った。
「大人に登れるかな」
そう言いながら二人はそこを身軽によじ登る。あっという間に反対側に消えた。
最初にフランが行き、俺は後から続いた。なるほど、体重がかかると足場となっているごみが沈む。これは怖い。
子供は軽く通れても大人は無理だ。体重にもよるだろうが。
「よっと」
「隊長、気を付けてくださいよ。落ちて骨折とかしたら置いていきますから」
「フラン、余計な心配だ」
越えた先の右側に通路見えた。なるほど、これなら行き止まりと錯覚する。
通路の先は空白の土地だった。
「なるほど、こんな場所があるのか」
「隠れ場所にはもってこいですね」
「知らなければ辿り着けない。そうか、昔はこの辺り無法状態だったな。好き勝手に建物を建てられてトラブルが絶えなかった」
ここは建物が無計画に建てられたことで壁に囲まれた奇妙な空き地ができ、何処からも出入りできなくなった場所だ。ここは路地のすき間を抜ければ入れるようだが、中には嫌がらせで八方を塞がれた場所もあると聞く。
そしてこの土地、ちょっとした広場のようだ。端にはテントのようなものがあり、子供が集まっていた。その先にはテントどころか、石を積み上げてできた穴と建物の中間のような奇抜な形をした家らしきものまである。どれ程前からここを使っているのか。
さらにその奥には壁に穴が空いている。そこからも出入りできるのだろう。出入口が一か所では何かあっても逃げられない。穴の先はまたどこかの路地に繋がっているのだろうか。
その穴のそばには瓦礫のようなものが高く積み上がっていた。
大人が来たことで子供が集まってきた。みんなストリートチルドレンか。ここに大人が来ることなとないのだろう、遠巻きに警戒している。
「ジャック、その大人達はなんだ」
子供達のなかで比較的大きい。もはや青年といってもいいような年頃の子供が大声を上げた。恐らくはリーダーだろう。黒髪を後ろで束ね、髭の伸びた面長い顔が更に伸びて見える。
「カノン兄さん……」
「ジャック、お前は今の役割は入口を見張ることだろ。それなのになぜ大人を連れてきた? それもこんな時に」
「カノン兄ちゃん。この人は大丈夫なの。いい大人なの」
ミラの言葉にカノンと呼ばれた面長の青年は、俺の方を見て言った。
「ミラ、そいつらは憲兵だぞ。騙されるな」
間違いない。俺達は憲兵で、嫌な大人だ。
「そこの青年、心配は分かる。だが俺達は聞きたいことがあってきた。知りたいことが分かれば出て行く。ここに干渉するつもりはない」
宣言はしておく。あと何があれば信用されるだろうか。
そう思っていたらジャックが声を上げた。
「カノン兄さん。こいつらはここの路地を見張っていた。それどころか入ってきたんだ。ここのことはバレてる。だから兄さん達に話を聞いて貰った方が早いと思って」
「カノン兄ちゃん、この人にわたし二回も助けてもらったの。悪い人じゃない」
ジャックとミラの顔を交互に見たカノンは少し諦めの表情を見せた。
「……そうか」
「話だけでも聞きましょう」
カノンの後ろから声が聞こえた。カノンが後ろを振り返ると、茶髪の男の子が二人、前に出てきた。
「サンディにランディ……」
双子か。サンディとランディという名前らしい。歳は十歳前後ってとこだろう。
しかしこの双子、ストリートチルドレンには見えない。上流階級特有の身のこなしと気品がある。着ているのはボロだが。それだけでなく、人を制する態度というべきか、何か特別な教育を受けている。見た目はともかく大人としてみた方がいい。ただ、孤独に慣れたもの特有の、沈んだ眼をしているのが気になる。
この子達はいったい? 考える前に二人は口を開いた。
「害があれば後で酷い目にあわせればいい。ただ、そこの憲兵の目は嘘を付いていない」
「同じだ、話をきいてから考えてもいい。拠点がばれても大した影響はないんでしょ?」
「お前達が言うなら。こっちに来な、話は聞いてやる。腰の剣はそこに置いておけ」
俺とフランは了承すると腰の剣を外し、近くの木箱に立てかける。そして案内されるまま、子供達でできた囲いの中に入った。
やれやれ。暴れるつもりはないが、こうも子供に囲まれたら何もできないな。
「隊長、あそこ。血が付いた服ではないですか?」
小声のフランの声に、視線の先を探ると、隅の方に無造作に干されている。そういえば、こんな時に、と言っていたな。
「見た感じ、飾りも付いた上等な服ですね」
フランの囁く声に耳を貸しながら可能性を思い浮かべていると、カノンが前に立ち、サンディとランディという双子がその後ろに立った。
カノンが口を開いた。
「さて、聞きたいことはなんだ。それだけ聞いたらさっさと出ていってもらおう。変な真似をしたらお前にナイフが刺さるぜ」
若者らしい脅しだ。
「それは怖いな。俺は腹の穴はヘソだけって決めているんだ」
カノンは顔をしかめると、傍の木箱を顎だけで示し、俺達に座れと合図した。
木箱に腰を下ろしながらフランはまた小声で言った。
「隊長、こんな時にそんな挑発をして。襲われたら子供に手を出せるんですか」
「手を出す気も無いし、いいんだよ」
素直に漁港で何があったのか聞くことにした。何を言っても憲兵に素直に話すとは思えないのが難点か。話せるなら漁港に留まって、事件の捜査に来た憲兵に話をしているだろう。
カマをかけて何かを聞き出すことはできるかもしれない。
「今朝のことなんだが、漁港で殺人事件があったんだ。知っているか?」
「知っている。知っているが、関わりは無い」
カノンは俺たちを斜めに見下ろしながら答えてきた。可愛いもんだ。顔は正直に歪んでいる。
「場所は網なんかの補修をする小屋の作業場所だ。発見されたのは明け方に近い時間だが、殺されたのはもっと前だ。そういえば……」
大事なところだ。俺はカノンだけでなく、後ろにいる二人も見た。
「普段は漁港で雑用をやって、小遣いや魚をもらっているんだろ?」
「あぁ、みんなが食べるにはそれでも足りない。手分けして暮らしているんだ」
「その日は朝からいなかったそうじゃないか。なんで殺人事件があったことを知っているんだ?」
「そ、それは聞いたのさ」
「誰にだい?」
「……」
カノンは沈黙した、答えは出ているな。さっき路地の入口でジャックも漁港に憲兵がいたと言っていた。隠す意味はあると思えないが、庇いたいのか?
「まぁ、いつも手伝っているんだ、顔見知りに教えてもらうくらいはあるだろう」
「そうだ。俺たちは街のいたるところで働いている。情報だっていくらでも集まるのさ」
後ろの二人は顔色一つ変えていなかった。大した胆力だ。
「死体は刺し傷があったそうだ。血も飛び散っていたらしいからな。かなり苦しかっただろう。無惨なことをするもんだ」
「だからどうした。仲間達には死ぬより酷い目にあったのも大勢いる。大人はみんなそうだ。刺された奴だって何か刺されるだけのことをしていたんだろ。俺たちを酷い目に遭わせるような悪い大人は死ねばいい」
カノンが言い切った時、後ろの片方、ランディと呼ばれていた奴が顔を顰めた。カノンを睨んでいる。
初めて反応があったな。カノンの言葉に反応したようだが、どこに反応したんだ?
「そういう考えもあるだろうな。悪い奴にもそれぞれの理由があるのさ。どんな理由があっても同じように死ねばいいと思うのか?」
「当然だろ、報いを受ければいい」
罪は償うものだ。死んだら無になる。死んだ奴が反省をしたという話なんか聞いたこともない。そんな言葉が出かかったが飲み込んだ。
横でフランが変な顔をしていた。フランにはフランの考え方があるだろう。
「あの、隊長……。熱心な話をしている時に大変申し訳ないんですが」
「なんだ、今は忙しい」
「小用をいたしたいのですが」
俺は全てを放り出し、思わずフランを見つめた。
……フラン、お前ってやつは。
いや、片目をつぶっているところを見ると、何かするつもりか。
「悪いが、こっちのをどこか連れて行ってくれるか」
「……ジャック。しょんべんに連れて行ってやれ」
後ろからさっきの金髪少年ジャックが出てきてフランを連れて行く。後ろに子供の中でも体格がいいのが付いて行った。
あいつ、何しようというんだ。子供に手を出すとは思わんが。
「すまんな。話が中断した。……どこまで話をしたんだったか」
「漁港で死体が刺されていたんだろ。それがなんの関係があるんだ?」
「刺されて殺された死体だ。そう、その後の話なんだが。漁港で子供を探し回っている奴がいたそうだ。それは知っているか?」
「さて、知らんな」
カノンはしらばっくれるつもりなのか、顔を背けている。とてもわかりやすくて好きだぞ。後ろの二人も見習って欲しいものだ。
「その男は、ネズミのような頬が痩けた顔をした男のようだ。この辺に来なかったか? ぜひ事情を聞きたい」
「知らんな。どんな子供を探していたんだ?」
「それは分からない。だがあの時に漁港にいた誰かということになる」
カノンは無言で答えた。しらばっくれるつもりか。むしろ後ろの二人の方が考えるような顔をしている。心当たりがありそうだ。思ったよりも反応があることが驚きだ。
「聞きたいことはそれだけか?」
「あぁ、子供を探していたという男は何処に行ったか分かっていない。仲間が大事なら十分に気をつけることだ」
「そうするよ。どうやら小便からも戻ってきたな。さぁ、憲兵さんのお帰りだ」
最後は大声でカノンはいい、俺は立ち上がった。向こうからフランが戻ってくるのが見えた。
「最後に一つ。この顔を知ってるか見てくれるか? フラン、似顔絵を出してくれ」
フランが背嚢から木板を二つ出した。一つは漁港の死体、もう一つは倉庫で見つかった死体の顔が書かれたものだ。
カノンは一目見るとすぐに知らないという顔をした。わかりやすくていいぞ。
ただ後ろにいたサンディとランディは木板を凝視していた。そしてサンディの視線は倉庫の死体に向いているのが分かった。
少しの沈黙のあと、カノン両手を挙げて追い出すような身ぶりをした。
「どうやら誰も知らないらしい。今度こそお帰りだ」
俺達はカノン達に礼を言うと、背を向けてここを後にした。