一身上の都合により退職させていただきます。え? 再就職先ですか? 魔法少女です。
私の名前は奏山鞠。
子供の頃の夢は魔法少女になることでした。そして、二十一歳になった現在の夢は、魔法少女になること。
……正気を疑われたり、現実を見ろと言われたりするかもしれませんが、まあ少し話を聞いてください。
世界に異変が起きたのは私が十七歳の時でした。
各地に異世界の門が出現し、そこから魔獣という怪物が出て来るようになったのです。魔獣には既存の兵器は一切効かず、世界は大パニックになりました。
しかし、時を同じくして人類にも魔力なる未知の力が宿るように。さらに、誰もが必ず一つ固有の魔法を得ることができました。
中でも戦闘に特化した魔法に目覚めた人達が魔獣を倒し、事態は収拾に向かったのです。
魔獣には魔法が有効だと認識されるようになり、世界基準で戦闘魔法保有者のランクが設定されました。これに従って各国政府は、対異世界、対魔獣用のランカーからなる組織を新設。
私の住む日本でも新たに魔法省が立ち上げられました。内部にいくつか部局があるのですが、中でも魔獣との最前線に立つのが異世界対策局の戦闘一課です。
その職務内容はまさに魔法少女そのもの。
幼い頃に憧れ、いつしか心の奥に封印していた夢が再燃しました。
幸いにも、私が目覚めた魔法は戦闘向きのものでした。
それは風を自在に操るという能力です。
しかし、肝心なのはその出力。魔獣に通用するレベルまで威力を上げなければなりません。
大学の文学部で教師への道を歩んでいた私は、就職活動や教育実習と並行して、国の養成所に通うことにしました。ここで実力を認められて審査を通れば一課への道が開けます。
命の危険が伴う仕事なので、訓練はとても厳しいものでした。ですが、私は一番敬愛する魔法少女(日朝ヒロイン)の言葉を胸に頑張りました。
『夢がある限り、可能性は無限大!』
そして、いよいよ私の戦闘能力に評価が下される時がやってきました。
私を直接指導してくれていた一課の松島さんと、養成所の個室へ。
松島さんはきっちりした性格で、良く悪くもお役所人間といった感じの方です。彼女は前置きなく、要点から切り出してきました。
「奏山さん、あなたの魔法はD級です」
「……D、ですか」
「また、残念ながら能力の上昇に頭打ちが見られます。酷な言い方ですが、あなたがC級に到達することはないでしょう」
……本当に、はっきり言う方です。
一課に配属されるのはC級以上、と規則に明記されています。国の機関ですので規則は絶対……。
……私は、一歩及びませんでした……。
部屋を出ていこうとする私を、松島さんが引き止めました。
「待ってください。一課は無理でも、二課ならD級であっても充分に資格があります。私は奏山さんの心意気を高く評価しているんです。皆を守りたいというその気持ちは素晴らしいものです。……動機が少しマニアックではありますが。もし希望するのであれば私が推薦状を書きます」
二課は一課の後方支援をするのが仕事です。異世界の門が現れた際の、人々の避難誘導などですね。
確かに、大切な仕事ではあるのですが、私はやっぱり……。
松島さんはさらに言葉を続けてきました。
「奏山さんは機動力だけはB級判定ですのできっと大丈夫です。二課を検討してもらえませんか? 私は、あなたと一緒に仕事がしたいです」
……ここまで言っていただけるのは有難いことです。
女性としては身長の高い松島さんは、やや腰を屈めて私に目線を合わせてきました。あ、私、女性としては身長が低い方でして、詳しくは言えませんが、……百四十センチ台の真ん中くらいです。
結局、進路はもう一つの夢だった教師になる道を選びました。
今回の挑戦で、魔法少女への想いはきっぱり立ち切ることに。
これからは先生として、生徒達のために生きていきます。
ところが、教師となって約一か月、思いもよらぬ出来事が。
なんと学校に異世界の門が開き、ダンジョン(門の向こう側はそう呼ばれます)が出現しました。
不幸中の幸いとでも言いましょうか、生徒の中に才能のある子達がいたので、私はその子達と協力してどうにか事態を乗り切ることができました。
私はちょっと死にかけましたけど、生徒達に被害は出なかったので本当によかったです。
思いもよらぬ出来事は他にもありました。
その日を境に、私の風魔法が再び成長を始めたのです。
すると、松島さんからお声かけが。
「今のあなたならもうC級入りは確実と思われます。ぜひ私と一緒に一課で戦ってください!」
せっかく就いた教職から易々と離れるのには抵抗がありました。
しかし、松島さんの熱意に押され……。
この言い方はずるいですね。
……私、やっぱり魔法少女になりたかったんです。
とりあえず、C級に上がるまで一課に仮採用ということになりました。
一刻も早く本採用されるように、私は再び養成所のトレーニング施設で励むことに。
一課と二課の合同本部も近くにあるので、時折そちらにもお邪魔しました。皆さん、私にとてもよくしてくれます。気のせいかもしれませんが、まるで小動物を見るような目で私を……。
とにかく、とても働きやすそうな職場でよかったです。
そんなある日の夜のこと、本部の警報が突然鳴りました。
異世界の門の出現を告げるアナウンスが流れ、大スクリーンにはその所在地が表示されます。
……ま、まずい状況です。
第一に、現れたダンジョンがCランクだということ。第二に、出現ポイントが住宅街だということ。
以前、似たケースでは百名以上の犠牲者が出ています。
さらに今は松島さんを始めとした力のある魔法官が他所の応援でいません。
私は本部にいる魔法官の顔ぶれをさっと確認しました。
こ、これは……、結構私に懸かっているのでは……!
「お先に現場に急行します!」
こう言いながら、私はもう開けた窓から飛び出していました。
風魔法を使った私の得意技の一つが飛行です。速度もそれなりに出せますので、これが私の機動力が評価された理由になります。
現在出動できる魔法官の中には、私より早く現場に辿り着ける方はいませんでした。
ダンジョンが出現した場合、魔法官同士の連携も重要ですが、何より大切なのは戦闘可能な者が一秒でも早く駆けつけることです。それによって助かる命が少なからずあります。
眼下には宝石を散りばめたような煌きを放つ夜の東京。
その上空を私は最高速度で飛びました。
異世界の門が出現してから約二分、現場の住宅街に到着。すぐに一帯の魔力感知を開始します。
ダンジョンがある場所にはいくつもの魔力が集中していますね。
門から出て来た魔獣の多くがまだその場に留まっているようですが、なぜでしょう?
とにかく、これは運がいいです。
あとは周辺に散らばった魔獣を何とかすれば大きな被害は……、え、魔獣の魔力反応が次々に消えていきます。
高速で動き回る、覚えのある魔力……。
その時、私のスマホが鳴り出しました。
『先生! 空にいますよね! 私コンビニに行くとこだったんですけど、ダンジョン出て来ちゃったからこっち優先します! 先生も手伝ってください!』
彼女は私が教師をしていた時の教え子、咲良凛さんです。大変な強化魔眼の持ち主で、この子のおかげで高校に出現したダンジョンも何とかなりました。
もうこんな幸運はありません。だって、咲良さんは……。
「もちろんです! 咲良さん武器はどうしてるんですか!」
『ゴミ置き場で金属バットを拾ったからそれ使ってます。私は散り散りになってる魔獣をやっつけてから門の所まで行きますので。先生、北東にいる一頭お願いできますか? 私からは遠すぎて』
「分かりました! すぐに向かいます!」
咲良さんは世界基準で定められた上限、A級のさらに上、規格外のS級魔法使いです。
金属バットは自身の魔力で覆って使っているのでしょうが、銃もミサイルも効かない相手にそんな武器で戦えるとは、やはりとんでもない子ですね。
頼まれた北東方向に飛んでいた私は、やがて目視で魔獣の姿を確認しました。
体長四、五メートルはある狼が、二足歩行で住宅街の道路を走っています。
狼人間を巨大化させたようなあの魔獣は、裂く者を意味するリッペルという名前です。その名の通り、両前脚には大きく鋭い爪が。
早く倒さないと! もし人と遭遇したら大変な事態に……!
とリッペルの進路に、小学生くらいの女の子を連れたお母さんが歩いています。
塾のお迎えでしょうか。
なんてのん気に推察している場合じゃありません!
私は急いで魔獣と、悲鳴を上げる親子の間に降り立ちました。
「その制服! 魔法省の!」
「はい! 戦闘一課の魔法官です!(仮採用ですけど)もう大丈夫ですよ!」
私がそう告げると母親は安堵の表情に変わりました。
……ここは不安にさせるようなことを言ってはなりません。
このリッペルはDランクの魔獣。以前の私なら間違いなく苦戦する相手です。
しかし、今の私は力が上がってきているはず。
頑張ればきっと倒せます!
私を標的に定めた大狼は、その自慢の爪を振り下ろしてきました。
風の防壁を作って全力でガードします。
続け様に前脚を振るリッペル。私の方は壁に魔力を送って耐えます。
異世界の門が現れて五年。世界には私なんかより力のある魔法使いが沢山います。
私の才能なんて微々たるものかもしれません。
それでも、自分にできる精一杯のことをやるだけです。
タイミングをはかっていた私は、大狼の重心が後ろに傾く瞬間を見逃しませんでした。今です!
「エアカッター!」
シュバッッ!
渾身の魔力を込めた風の刃がリッペルの胴に直撃しました。
異世界の魔力で生成されていた魔獣の体が塵に変わると、私は大きく一息。
な、何とか倒せました……。
すると、助けた女の子が目を輝かせて私のことを。
「お姉さん! もしかして魔法少女ですか!」
「…………、はい、私は魔法少女です!」
そう、私は自分に守れる人達を全力で守るだけです。
もう私は魔法少女なんですから。
お読みいただき、有難うございます。
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奏山鞠が主人公チームの一員として活躍する小説も連載中です。
『魔眼、凛と咲かせる。~「く、右の魔眼がウズく」と厨二発言のJK、本当にS級の他者強化魔眼に覚醒する。「え、左眼もウズく」宿ったのは金属バットがS級武器になる自己強化魔眼。強化JK、ダンジョンでバズる~』
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