罪の行方(3)
「ハ・オムニが加盟国でなくなった場合、星間管理局は他国の一方的軍事侵攻から守ってくれなくなるわけか」
「それ、すごく困る」
眉根を寄せるデニスにジャクリンも続いた。
「基本的には。特に干渉しない国家間紛争でも、目に余るような行為は人権事案として介入します。ですが、加盟国市民ではないと管理局は介入が難しくなります。対象の人権を認めるか否かという議論になりますので」
「政府は高をくくってるんだろうな。タイムマシンを握っている我が国に手出しなどできなくなると。過去に干渉して国ごと潰してしまうぞ、と」
「強引すぎるわ。そんな恫喝をしていれば必ず恨みを買うのに」
情報管理、経済、軍事、要となる全てで孤立する。それをタイムマシン一つでひっくり返そうとしているのだろうか? 空恐ろしい道である。
「そうとわかっているのに、あなたは巨人の腕輪を修理しようとしているのですか、サントラさん?」
ジュネの面が冷たい色を帯びる。
「過酷な選択です。他者を虐げてでも手にしたい名誉なのですか?」
「そうじゃない。そうじゃないんだ。僕はワームホールネットワークで人類を豊かにしたいだけなんだ。タイムマシンを修理するのはあの二人に対する義務感でしかない」
「そうよ。別に支配者の一角に名を連ねたいなんて考えてないわ」
青年は首をかしげる。
「なるほど。人道的な考えなのですね。安心しました」
「わかってくれて嬉しいよ」
「ですが、本当にタイムマシンを完成させられると思っていらっしゃるのですか?」
思ってもいなかった質問が返ってくる。デニスも片眉を上げて首をかしげる羽目になった。
「いや、実際に機能している。ケビンとボブが千四百年以上の時を越えてやってきたのは事実なんだからな」
理論はともかく結果がそうなのだ。
「もし、巨人の腕輪がタイムマシンとして機能しないのなら、どう説明すればいい? ただの偶然で片づけるのは難しくないか?」
「物事を表面的に捉えれば難しいでしょう。しかし、今このときはタイムマシンのある未来だと感じられますか?」
「タイムマシンのある未来?」
ジュネの言わんとするところがピンとこない。
「タイムマシンが完成したと仮定します。今の世論に乗じて国際社会の形態が変化したとしましょう。星間管理局のない未来です。それだと、今のぼくの立場はなんですか?」
「それは……」
「情報部もなければ、そこのエージェントなんて職もなくなります。ところが依然として情報部エージェントのぼくはここにいます。その意味を考えてみてください」
二人は答えられない。未曾有の事態なのだ。正答など誰も知りはしない。それは目の前の青年にしても同じことのはず。
「ここはタイムマシンのない未来なんじゃない?」
ジャクリンが恐る恐る尋ねる。
「そう、未来は分岐したのよ。ここはタイムマシンが存在しないほうの未来」
「なるほど。では、あなたの心の中にはタイムマシンとなる巨人の腕輪を修理しない選択も存在するわけですね、ヘイラーさん?」
「……できる環境なら確実にするわ。今みたいに」
研究者としての内心には逆らえない。
「なにがあっても修理する。そして、あなた方は巨人の腕輪の専門家です。修理に失敗する未来など存在しないのではありませんか?」
「う……、それは。でも、なにごとだって失敗はつきものでしょう?」
「あきらめはしないでしょう、一生を費やしても」
やり込められる。ジャクリンは二の句が継げなくなっていた。ジュネは研究者の心情を見事に言い当てている。
「それ以外の要因だって出てくるはずだわ」
彼女はどうにか思い直す。
「例えば?」
「過去改変はどんな影響があるかわからないから禁止されるとか。遠くから観察することしか許されない法律ができて、……そう! 過去改変を取り締まる捜査員なんてのが生まれるかも」
「そうするとハ・オムニは他国に抵抗する術を失いますよ? 蹂躙され放題です。政府は絶対にそんな法律を作れない。最強の武器を自ら手放す選択など人間にはできないものです」
彼の理屈はもっともだ。
「待ちたまえ。星間管理局が失われる未来ばかりを論じても仕方ない。今の過激な論調は排除に動いているが、そうならない未来もあるはずだ。例えば和解してタイムマシンを正しく運用しようという未来は? それだと捜査官はもしかしたら星間管理局の人かもしれない」
「それでかまわないんですか? 過去に一切干渉しないというのは二人のトラベラーを過去に帰さない未来ですよ? 彼らはタイムマシンが発明されるのを知っているんですから。すると、なんのために巨人の腕輪の修理をしているのでしょうか?」
「ううむ」
二律背反を指摘される。
デニスやジャクリンも、まずはケビンとボブを家族の待つ過去に帰そうとしている。政府の要請はあるにしても、心理的原動力としてはそれが一番。禁じる選択などない。
「どうあってもパラドックスが発生してしまうのだな」
デニスは考え込む。
「単なる思考実験になってしまっている観はあるが、君が言っていることは筋が通っている。おそらく過去改変の危険性が論じられて禁止されるにしても幾つかの失敗のあとだろう。すでにタイムマシンの完成の事実は変わらない」
「ぼくもそう考えています」
「もしかしたらジュネ君が仕事を失うどころか、僕たちでさえ存在しない未来になるかもしれない。タイムマシンを発明することになる僕たちが、だ。ここに最大のパラドックスが生じている」
どんな些細な改変でも大きな影響が出る可能性は否定できない。
「だとすれば、なぜタイムマシンは完成していないのだろう? 今は巨人の腕輪を修理して稼働させることしか考えていないのに、なぜ失敗するんだ?」
「まさか?」
「なんだい、ジャッキー?」
彼女が顔を青褪めさせている。なにかの可能性に思い当たってしまったらしい。
「君がこんな議論を吹っ掛けに来たのってそのため?」
ジュネに矛先を向ける。
「私たちを怖がらせてタイムマシンの完成を思い止まらせようとしてない?」
「やっとご理解いただけましたか? そう、ぼくはあなた方に巨人の腕輪の修理をしてほしくないのです」
「それは星間管理局の権限を守るためなの?」
糾弾する。
「いいえ、あまりにも危険が大きいからですよ。幾つも挙げたとおり、あの装置は様々な危険を孕んでいます。完成の暁にはどれほどの利益が生じるにしても完成させてはならないのです」
「自分たちのためじゃないと言うのね?」
「我々の存在意義のためです。つまり、星間銀河市民の安全を切に願っているからです」
ジュネの論調は正しく聞こえる。確かにタイムマシンの孕むリスクは計り知れない。しかし、生まれる可能性も無限大なのである。
「僕の信条ではやはりタイムマシンを完成させざるを得ない。もちろん失敗もするだろう。なにが起こるかもわからない。でも、人類はそうやって失敗を糧にして発展してきたんだ」
歴史を紐解けばそれが綴られている。
「試さなければなにも変わらない。もし、僕の選択が輝かしき未来を紡ぐのだとしたら決してあきらめない。それが研究者というものだと思っている」
「そうですか。残念です」
「すまない。細心の注意は払うと約束する」
言えるのはそれだけ。
「あきらめましょう。ただし、罪の行方を星間管理局に定めているハ・オムニの市民が後悔することにならないよう祈っていてください」
「この世論は危険だと思ってる。なんかの機会に僕からも注意を促しておく」
「そう願います」
デニスは頭を下げて帰っていく青年の後ろ姿を見送った。
次回『偽りの未来(1)』 「教授のしたことを暴くのに巨人の腕輪を壊す必要なんてあったの?」