罪の行方(2)
ハ・オムニ国内ではデニスが触れたような報道が蔓延。通称『ジャスティウイング』を非難し、それを星間管理局の怠慢とする流れができあがる。
(タイムマシンを利用して利権を拡大しようとする輩が裏にいそうだが、世論は見事に踊らされてるな)
一歩引いた姿勢になってしまう彼は傍観者視点で思う。
政府も、タイムマシンとワームホール網が完成すれば自国中心のネットワークが構築できると考えている様子。為政者は頭を押さえられていると感じるのだろうか。市民感覚にはないものだ。
(熱心に……、いや強引なほどに早く直せと言ってきてるしな。そう言われたって、当時の状況解析だってすんなり行くようなものじゃないのに)
時空界面や腕輪内部の映像解析を進めているが簡単ではない。どのセンサーもフレニオン対消滅で発生するプラズマの影響で不正確な情報でしかない。
(どうも計算より多量のフレニオン流出が認められる。それがタイムマシンとして機能してしまった原因なのだろうか? 装置の出力が想定より深い時空穿孔を行っているのだとしたら?)
額を揉みつつ思索する。
「ねえ、これ見た?」
ジャクリンが携帯端末を持ってやってきた。
「なんだい?」
「本家ジャスティウイングのコメント。正確にはアリスター・ウイングマン役のロドニー・ベイザーのものだけど」
「そんなとこまで巻き込もうとしてるのか」
小パネル内にはイケメン俳優の顔。移動中にインタビューされて回答しているところだった。
「実は……」
ハ・オムニの状況が伝えられる。
「ジャスティウイングとしてどうお感じですか、ロドニー?」
「いやー」
「やはり迷惑だと思っていらっしゃいますよね?」
言葉を濁されまいと追い打ちを掛けている。
「俺、政治的なの苦手だから困るんですけど。でも、子供の味方として適当なのも不誠実なんで、ぶっちゃけちゃいます」
「どうぞ」
「あれには手を出さないほうが身のためですよ」
(妙なコメントだな)
まるで本人を知っているようだと憶測が飛ぶ。しかし、それ以上はロドニーがコメントを避けていて真相はハッキリしない。
「なんか面白くて」
彼女は含み笑いをしている。
「君も半分閉じ込められてるような状況になってストレス溜まってるんじゃないかい、ジャッキー?」
「溜まってるわよ。当たり前でしょ。家族にも恋人にも会えない。そのくせ働け働けって押さえつけてくる。ほんと迷惑」
「とりあえずタイムマシンだけでもなんとかすれば緩むんじゃないか?」
「それだって目処もついてないのに?」
宥めようとしたところでドアがスライドして喧騒が飛び込んでくる。そこには暗い銀髪に印象的な瞳の青年が立っていた。
背景には星間管理局の制服を着ているジュネに対する罵声の数々。ところが涼しい顔で微笑を浮かべたまま入室してきた。
「こんにちは、サントラさん」
口調に含みもない。
「君も大胆だな。平気で制服のまま来るとはいい根性をしている」
「なぜです? 後ろめたいところは一つもありませんが」
「そうなのかもしれないがね」
呆れが先にくる。
「あなた方のほうがまいっている様子ですね」
「お陰様で繁盛してる」
「うらやましいことです。こちらは人気がありすぎて開店休業状態ですよ」
星間管理局ビルにも抗議が殺到していた。クレームメッセージだけでなく実際に押しかける暇な人間も多いらしい。それで業務に支障をきたしているとの報道。
「弁明する気はないのかい?」
情報部エージェントなら内情にも詳しいだろう。
「なにをです? ハ・オムニでも管理局はこれまで何一つ問題なく責務を全うしてきました」
「……なかなかの鉄面皮だね。そこまでいくと清々しい」
「どうとでも受け取ってくださって結構です」
デニスも愉快に感じるほど。
「しかし、現実に否定的な意見にさらされている。なんらかの手を打つべきだと思うけどね」
「我々が対処する必要はありません。提供するサービスがお気に召さないのであれば選択肢はそちらにあります」
「星間銀河圏からの脱退も自由だと?」
やってきたジャクリンも目を丸くしている。デニスもどうかと思うが、彼女にとっては意外の一字だったようだ。
「困るんじゃないかい? いや、困らないか。加盟国家はそれこそ無数にある。機関の存続に影響するほどじゃないと」
彼もすぐ気づく。
「だが、我が国に賛同した国が追随するようでは影響も小さくなくなるんじゃないか?」
「そのとおりでしょう。ですか減っただけ星間管理局に必要な予算も削減できます。変わりなく業務を続けるだけでしょう」
「こちらのほうが影響が大きいか。ハイパーネットが使えなくなるわけだからな」
ハイパーネットは管理局が一括管理している。
「いえ、超光速通信は利用はできますよ。通信機器の製造はこちらでも可能。できなくなるのはデータベースへのアクセスです」
「相互間の通信は維持できるのね? それだったら支障ないかも」
「ただし、ひと手間掛かります。現在の国家間のネットワークは通信システムがそれぞれの国家のチャンネルを自動選択することで成立しています。収められているデータベースにアクセスができなくなればチャンネルを調べるところから始めないとなりません」
通信システムは連絡先が公的機関や販売者であれば音声認識で接続してくれる。データベースに基づく手段で。
もし、データベースにアクセスできなくなれば登録している連絡先以外は自身で調べなければならなくなる。個人では大きな支障は生じないかもしれないが、外交ラインを含めた国際通信は難しくなるだろう。
「ハ・オムニ政府は新たなワームホールネットワークで代替しようとお考えなのではないでしょうか」
ジュネが推論を添える。
「それだって一朝一夕にとはいかない。かなりの時間を費やすぞ」
「大丈夫なの?」
「なんとも言い難いな」
際どい選択になるだろう。
「仮に外交ラインが構築できたもしても大変でしょうね。これまでどおりの為替とはいきません」
「かわせ?」
「それはなんだい?」
聞き慣れない単語が出てきた。ジャクリンとともに眉をひそめる。
「例えば、貿易相手国が『うちの1トレドの価値はおたくの倍はある』と主張してくれば、今まで1トレドで買えていた外国製品が2トレド出さないと買えなくなります」
それを為替というらしい。
「それは困る」
「通貨制度は星間管理局が保証しています。どこでもトレドは同等の価値を有するようになっていますが、それが通用しなくなり変動制となります。政府はこの為替の制度から他国と一つひとつ条約を結ばねばなりません」
「経済は混乱どころでは済まないな」
恐慌状態になりかねない。
「国家間の交渉では初めに来るようなものです。しかし、星間銀河圏では管理局が肩代わりする形で保証してきました」
「産まれる遥か前から加盟国だった僕たち市民は触れるような機会がなくて単語さえ知らなかったわけか」
「常識人だと思ってたのに。結構ショック」
経済学者などなら知識として知っているだろうという。だが、商社の人間でも為替制度を知らないかもしれない。
「大変な制度を維持してくれているんだな。管理局の組織力には驚かされる」
改めて思う。
「本来、貿易の円滑化を図る機関ですからね。第一に考えることです」
「だが、保証するには経済力も必要だろう?」
「実は予算における加盟金の割合など微々たるものです。ほとんどはハイパーネット使用料と各種機器の生産ライセンス売買。あとは兵器の製造販売などで賄われてますね」
これは、それとなく聞いたことがある。
「兵器か。そこもネックになるな」
「お気づきになられましたか?」
くすくすと笑うジュネにデニスは渋面を返した。
次回『罪の行方(3)』 「他者を虐げてでも手にしたい名誉なのですか?」




