罪の行方(1)
それは道理といえば道理だろう。ほぼ無名の国だったハ・オムニが一躍注目の的になったのだ。
ワームホール形成実験だとて気に掛けていたのは時空関連の研究者くらい。それ以外の人にとって他の話題に埋もれる程度のものだったのだ。
(それがどうだ。タイムマシンとして機能するとなると、落とした飴に集まってくる蟻のように群がってくる)
デニスは辟易してた。
流通や、それで生じる犠牲に疑問も抱いていなかった人々が目の色を変えている姿が滑稽に映った。憐れみさえ覚えるほどに。
(そんなに消したい過去があるのか? 悔いばかり残るほど努力の足りない人生なのか?)
口に出せば批判の的になろうが、そう思いたくなる愚かさに見えた。
彼は宇宙に夢を抱いて育ってきた。未知の広がる希望の場所だと。ところが大人になってみると現実が見えてくる。宇宙を旅するだけでも大勢の人が命を喪っている。
夢と希望の場所でないなら自分がそう変えてしまえばいいと思った。自由に行き交い、綺麗なものだけが見える場所にしてやろうと願った。そのために人生をを捧げてもいい。
(現実はどうだ? 彼らが望んでいるのは生々しい実利だけ。夢なんてどこにもない)
悲しくなってくる。
他国からは絶え間ない引き抜きの声。財や名誉を約束するものからハニートラップじみたものまで。親兄弟親類に至るまで釣られてせっついてくる。
国は思ったほど守ってくれない。それどころか国益のために身を捧げろと迫ってくる。方向性が違う研究を強要されればモチベーションなど失せるのに。
(結局、人間なんてそんなものか)
厭世感まで漂ってくる。
デニスに向く期待だけでもそうなのだ。同等の圧力が別の場所へも掛かる。修理しなければ機能しなくなったタイムマシン。そうしたのは誰か? どこからともなく現れた通称『ジャスティウイング』だ。あいつが悪い、と。
「謎のアームドスキン『ジャスティウイング』はなにがしたかったのでしょうか?」
司会者がコメンテーターに尋ねている。
「これまでの彼、記録されている音声から彼と呼びますが、事件解決の糸口として現れていました。今回もガライ教授の大量殺人事件を暴くべくやってきたものと考えられます」
「ですが、それはタイムマシンを破壊する必要があったのでしょうか?」
「当初はまだ巨人の腕輪はワームホール形成実験装置でしたな。そこに注目を集めるためでないかと。その裏に事件があると」
もっともらしい理由を挙げてくる。
「星間平和維持軍が検挙に動いたタイミングからしてそうかも知れませんが」
「私が思うに、彼は事前に星間管理局に通告をしているのかもしれませんな。過去の事案を調べれば、最終的に検挙に及んでいるのは星間保安機構やGPFといった保安機関。そう考えるのが妥当でしょう」
「しかし今回の場合、果たして巨人の腕輪を攻撃する必要性があったのかと疑問に思います」
TVの中では彼の思いとは別の方向性に議論が進んでいる。今さら話しても仕方のないような内容なのに。
「過剰な行為だったのは事実ですな。画期的なタイムマシンの復旧作業は進んでいますが、稼働状態に持っていくまでは時間が掛かるでしょう」
当然コメンテーターも同調する。
「不思議に感じはしませんか? これほど目立つ破壊行動をしているのに、星間管理局の保安機関はジャスティウイングを検挙する気配もありません。これはどういうことなのでしょうか?」
「うむ、おそらくは彼の行動が潜在的利益につながっているからだと思います。それと、世間では『正義の味方』として喝采を浴びている以上は黙認すべきと考えているのかもしれません」
「ですが今回は違いました。画期的な発明であるタイムマシンを破壊したのですよ。これは人類全体の損失以外のなにものでもないと思われませんか?」
方向性が示される。
「そうですな。結果的には我が国ハ・オムニはもちろん、人類にとっての可能性を潰しかねない犯罪行為でしょうな」
「では、この罪を彼は償うべきでしょう。私は正直に申し出てくるのを望みたいですが」
「これほど大きな話題になっていると難しいかもしれませんな。今のところ星間管理局からはなんの発表もありません」
(あいもかわらず悪者を作るのだけは上手い。今回の標的はジャスティウイングか)
デニスはため息混じりにそう思う。
恨みがないといえば嘘になる。ただし、彼もガライ教授のやったことは許せない。ジャスティウイングだけが悪いとは考えていない。
「なんらかの意図があってのことなのでしょうか? 本件も管理局の利益になる事柄が裏にあると」
司会者が陰謀論者に変わる。
「こうなってくると、まるでジャスティウイングが星間管理局とつながっているかのように思えてきます。我々の預かり知らぬところで利益供与が行われているのではないかと」
「それはなんとも。ただ、秘密の多い機関であるのは事実です。彼らがハイパーネットを握っている以上、情報管理は決して困難なことではありませんからな」
「どのような可能性が考えられますか? 例えば、タイムマシンが建造されると管理局の不利益になるようなことがあるとか」
露骨に誘導している。
「無くはないでしょう。現実問題として、管理局なくして星間銀河圏が成立しなくなっています。彼らの持つ技術力、武力、情報管理能力、それらによって秩序が保たれている側面があります」
「確かにそうではありますが」
「過去に遡ればそれを覆すことも可能なのではありませんかな? もっと民主的な、例えば宙区ごとに各国の代表が議論する場があり、宙区の代表が星間銀河圏の行末を決定する議会のような。そんな形が理想とも私は思うのですが」
コメンテーターはある意味保守的な思想の持ち主であるようだ。基本は話し合いで決定されるべきだと示唆する。
「視聴者の皆様も管理局の決定が一方的だと感じたことがあるかと思われます」
司会者が募る共感も誘導の一つ。
「タイムマシンの存在が星間管理局を揺るがすと感じているのです。だから邪魔しようとしている。もしかしてジャスティウイングは巨人の腕輪の破壊を依頼されたのでしょうか?」
「否定はできません。私はあくまで可能性を論じただけです」
「辻褄が合うと思うのは私だけでしょうか? この点に関して、当事者であるお二方にも疑問を投げかけてみたいと思います」
画面内に別パネルが立ち上がり他の場所を映している。そこにはケビンとボブの姿。共同会見場との中継だと表示されていた。
「ジャスティウイングの破壊行為をどうお考えですか?」
ケビンが肩をすくめる。
「正義の味方だかなんだか知らないが、俺たちが帰れなくなっているのはそいつの仕業なんだろ?」
「迷惑っちゃ迷惑だよな」
「そうですよね。あなた方が愛する家族の元へ戻れなくなっている原因を作ったのは間違いなくジャスティウイングです。非難する権利があると私は思います」
注文通りの答えが返ってくる。
「ハ・オムニ政府はお二方がお帰りになれるよう最善の努力をすると約束しています。今しばらくの我慢をお願いできますか?」
「忙しいのは面倒だが歓待してもらってる。大きな不満はないさ」
「とりあえず、俺たちを帰してくれる装置をこれ以上ぶっ壊さないでくれるよう、正義の味方殿にお願いしたいね。持ち上げられて目立ちたいのはわからんでもないが」
(ちょっと舞いあがっている感じが否めないぞ。巨人の腕輪についてハ・オムニが主導権を握ろうとする思惑が見え隠れしてる。マスメディアは世論誘導しようとしてないか)
デニスは星間管理局との対立という危険な空気を感じていた。
次回『罪の行方(2)』 「平気で制服のまま来るとはいい根性をしている」