未曾有のトラベラー(2)
いきなり倍になった乗客に、小型船の船長は文句を言うがデニスが追加の契約料金を支払うというと黙った。事情を説明すればいいのだろうが滅多なことは話せない。
「君たちのことをどう扱えばいいか難しい。当面は身分を伏せてくれないか?」
「わかるわかる。黙ってるぜ」
「この時代の警察に連れてかれるのは遠慮したいからな」
ケビンとボブの二人にも大人しくしてもらう。国内チャーター船を利用したお陰で入国手続などもないのもプラスに働いた。
「ただし、いつまでも隠しておくのは無理だ。身分証明もないしな。生活もままならない」
「そうよね。早いうちに公表しないと不便だものね」
ジャクリンも賛同する。
「新たな出資も募らないといけないでしょう?」
「ああ、公表ルートだな。出資者の利益になるよう任せる形にしたほうが信用されるだろう。ガライ教授の件でさっさと手を引いた企業に頼むのも面白くない」
「私に伝手があるわ。前に別のラボの応援に行ったときのコネクション。それがきっと使える」
ガランとしてしまった地上制御室。そこに戻った彼らは作戦会議をする。過去からのトラベラー二人は目立ってしまうがメディアの前で身分を明かしてもらうしかない。資金がないと彼らを帰すための研究もできないのだ。
(よく納得してくれたな。ほとんど見世物になってしまうのは確実なのに。まあ、彼らも家族のいる過去に帰りたいんだろう。そのためには背に腹は代えられないってとこか)
難しいかと思った説得もさらりと済む。
ジャクリンが繋げてくれたのはデュバンニ社という計測機器の企業。そこの担当者のガジ・コンライトという人物と面会することになった。
「軽くは伺ったが本当の話ですかな?」
疑って掛からない人間のほうが疑わしい。
「そうとしか思えません。でなければ、なにを好きこのんで事件現場である巨人の腕輪に行こうというのでしょう。持ち帰れませんでしたが彼らが使用していた探査ポッドもありますし、遺物ともいえる宇宙服があのとおり」
「なるほど、真新しい。博物館から持ちだしてきたような代物ではありませんな」
「冗談はよしてくれ。こいつは任務用にあつらえた最新版の宇宙服なんだぞ。そりゃ、あんたたちが使ってるのに比べりゃ骨董品に見えるかもしれないがよ」
非常に重く、脱いでも人の形をどうにか保てるほど分厚い宇宙服を見せる。さすがのガジもそれを見せると認めざるを得ない様子。
「ということは、あなた方は始祖人類に近い方々ですな?」
少しは敬意が表れはじめる。
「この時代で俺たちのことがなんて呼ばれてるかは知らん。だが、言葉が通じるだけで助かったと思ってるぜ」
「ええ、星間公用語は始祖人類言語を適用しておりますからな」
「まあ、言葉が違ったほうがそれらしかったかもしれんが勘弁してくれ」
ケビンは冗談交じりに言う。しかし、言語が違えば逆に彼らの身分を証明するのが難しくなるだけなので良かったと思うべきだろう。
「では、会見を開かせていただく。そこでお二方のことを紹介いたしましょう」
「ああ、頼む。当面はどうにかこっちで暮らせる状態を作ってくれ。簡単に帰れそうにもないしな。下手すりゃ未来に飛ばされちまいそうだ」
「それに関してもコンライト氏と協議する。しばらくは待ってほしい」
デニスは予想どおりの道筋ができあがりつつあるのでホッとしていた。
◇ ◇ ◇
それからは怒涛の日々だった。表には出ないつもりだったデニスたちも第一発見者として扱われる。一躍有名人に祭り上げられた。
(尻尾巻いて逃げたくせに、すり寄ってくる出資者連中め。なんて浅ましい)
デニスは唾棄する。
デュバンニ社に任せたのは正解である。星間銀河圏を駆け巡ったニュースは彼ら個人だけで処理できるようなレベルではない。押し寄せるマスメディアの波からどうにか守ってもらえた。ただし、ハ・オムニ政府の介入だけは防ぎようがない。
「すまない、ジャッキー。これは予想外だった」
「どうしようもないわ、デニス。こんなムーブメントを受け流すなんて無理だもの」
偶然とはいえタイムマシンの発明というのはとてつもないニュースになる。未曾有のトラベラー二人も一大スペクタクルとして扱われた。引っ張り凧で、時折り同じ席に着く程度の関係になっている。
「しかし、ワームホール形成装置どころじゃなくなった。僕たちは巨人の腕輪をタイムマシンとして機能させるしか選択肢がなくなってしまったんだ」
「政府の要請よ。あれに一番詳しいのは私たち。解散したラボメンバーが戻ってきてくれただけでも助かってるわ」
手の平を返したようにホクホク顔で復帰してきた同僚たち。デニスは彼らのことも面白くない。名誉に群がる亡者のようだ。今に乗っ取ろうとするのではないかと気が気でない。
「ガライ教授だけは戻してもらえなかったけどな」
「さすがにね」
ハ・オムニ政府が引き渡しを要求したが叶わなかった。公宙で遺体が発見されたので星間管理局の管轄と突っ撥ねられたのである。それについても反発が強まりつつあった。
「デニスは教授に戻ってきていただきたかったの?」
ジャクリンは訊いてくる。
「いや、そうじゃない」
「まさか名誉を独占したいなんて言わないでしょう?」
「違うよ。僕たちの理想はなんだった? 航宙事故で失われる命を救いたかったんだろう? それなのに、目的のために他者の命をないがしろにするような人にもう一度戻ってきてほしいなんて思わない」
きっぱりと告げる。
「あなたならそう言ってくれると信じてたわ」
「ご期待に添えてなによりだよ」
「でも、残念ながら思い描くような人生を送れそうにないわよ?」
冗談めかして言う。
最近では彼女との関係性まで話題になってしまうような勢いだ。恋愛感情はないのに、いつの間にか噂が飛び交っていたりする。
「今のところ、政府はこの世紀の大発見を独占するつもりのようだ」
そういう圧力を感じる。
「致し方ないでしょう。だって、未来どころか過去までも揺るがすような事態だもの。実現したらどうなるか? 正直、私にも思い描けてないわ」
「利権どころでない様々なものが生じるのはわかる。でも、果たして手を付けてよいものか? ケビンとボブを帰してやらないといけないのは責任だと思ってる。でも、その先はどうなるんだろう」
「あなたはタイムマシンの発明者として歴史に名を刻むのよ」
デニスは「君もな」を添える。
「過去を改変したらどうなる? 未来を知って持ち帰ったらどうなる? 僕にはなにもわからない。そんな人間が巨人の腕輪を扱うのが正しいのかどうかもわからない」
「迷うわよね。私だってそう。でも、ガイドラインなんて発明者が作るものじゃないんじゃない? そんなのは法律家に任せればいいわ。それまでに起こる失敗だって責任取れなんて言われても堪らないし」
「無責任に思えるが実際問題そうだよな。他にやりようがない。なにせ、しがない研究者に過ぎないんだから」
割り切るしかないと思う。彼にできるのは宇宙に浮かぶ腕輪型の装置を思いどおりに動くように仕上げること。
(それで勘弁してもらおう。余計なことまで考えてる余裕はどこにもないんだ)
二十九歳の男の背中に掛かるには重すぎる重圧である。
しかし、事態は彼の思いなどそっちのけで進んでいく。予想だにできない方向性だった。それは世紀の大発明『巨人の腕輪』を破壊した人物への矛先。
「ジャスティウイング、許すまじ」
湧きあがった世論をデニスは御する術もなかった。
次回『罪の行方(1)』 (結局、人間なんてそんなものか)