未曾有のトラベラー(1)
(なんで、こんなとこに人が? 星間平和維持軍はまだ捜索してたのか?)
しかし、デニスは封鎖解除の通告を受けている。
人影のシルエットはずんぐりとしている。もし、それが装甲服のようなものであればGPFは彼らを強制排除してでも巨人の腕輪の稼働を阻止するつもりかもしれない。
(まさか、航宙保安に対する加盟金負担という安定した収入源を失わないためにそこまでするのか?)
怒りさえ覚える。
「ジャッキー、ヘルメットのカメラ動いてるな?」
「ええ、なに?」
「もしものときには、これからの記録が大事になるかも」
証拠があろうと管理局司法部は認めないかもしれないが、国の保護は受けられるだろう。戦いはそれからだ。
「君は残れ」
「大丈夫、デニス?」
不安げなジャクリンを残し、ガス推進を使って壁面へ。そこを歩いている二つの人影に接近した。彼の予想に反して人影のまとっているものが真っ白なのに気づく。軍用だとしたらあまりに目立つ彩色だが。
「待て! 君たちはなんだ?」
制止する。
「君こそ誰だ? ここはなんだ?」
「なんだって、巨人の腕輪に決まってるじゃないか。なにをしに来たんだ?」
「なにをしにって……? しかし、なんて格好しているんだ。大丈夫なのか?」
(どうしてこうも会話が噛み合わない? なんか妙だぞ。怪しい風体だし)
声は無線から聞こえてくる。
なにせ相手の顔は見えていない。ヘルメットのバイザーは遮光されていて中が見えない構造になっているのだ。素性を隠している相手を信用などできない。
「そんな薄っぺらいもので空気が漏れないのか? それに透明のバイザーのままにしてたら目が潰れるぞ」
わけがわからないことを言ってくる。
「よくわからないが、どこの誰か教えてくれ」
「俺たちはガザレーネの宇宙飛行士だ。君はどこの所属だ? トリアか?」
「ガザレーネ?」
聞いたことのない名前だった。もしかしたら国名ではないのかもしれない。詳しく聞かないといけないと思ったところで引っ掛かった。
(待て、聞いたことがなくもない地名だぞ?)
記憶を探る。
(子供の頃に受けた授業で出てきた国の名前だ。確か星間管理局の前身を示す部分で)
星間管理局の発足は二国間で行われている。その名も『トリア=ガザレーネ航宙通商管理局』。国家間の航宙保安と交易管理を目的とした機関だった。
そこから人類圏が拡大し、担う役目が拡大するにともなって改名したのだ。それが今の『星間管理局』である。ゆえに未だに「局」という小規模な区分を示す名前が名残として付いている。
(ガザレーネという国が存在したのは本当だ)
データパッドを使って調べる。
(だが、もうなくなってる。資源掘削の所為で地表面が不安定になって放棄されたって話だ。今じゃ始祖星の一つとしてモニュメント扱いだぞ)
「平気みたい。どこの人かわかった?」
ジャクリンもやってきた。
「ガザレーネって言ってるが、おかしな話じゃないか」
「そっちは女性なのか。なんて扇情的な格好を」
「え、扇情的? なに?」
うち一人がヘルメットの向きを逸らしながら言う。
「普通のフィットスキンだけど。意識されたら恥ずかしくなるからやめて」
「そうだ。それはマナー違反だろう?」
「マナー? なんのマナー? わからないことばかりだ」
わからないのはお互い様だ。話が通じないのも度が過ぎている。しかも、未だに素性を明かさないときている。
「僕はデニス・サントラ。時空物理学ラボに所属している。せめて名乗ってくれ」
譲歩する。
「俺はケビン・ハイマン。時空……なんだって? とんでもないことを言わなかったか?」
「とんでもない? なにがだ?」
「おいおいもしかして」
相手が考え込む。
「まさかとは思うが今は何年だ。星間宇宙暦は始まったばかりの02年だからガザレーゼ歴で言ったほうがいいか?」
「馬鹿を言うな! 星間宇宙暦1450年だ。決まってるじゃないか」
「よう、相棒。俺たちはとんでもないところに来ちまったみたいだぜ」
「そうだな。こいつがTVのサプライズ企画とかじゃないんだったらな」
もう一人はボブ・ローヴィーと名乗る。二人はガザレーネ軍の所属。探査ポッドで宇宙の状態を調べているうちに原因不明の激しい揺れに遭遇し、いつの間にかここに来ていたという。
「あそこのポッドの中で救助を待っていたんだが、痺れを切らして外の調査をすることにしたんだ。こんなでかい金属製構造物はお目にかかれないからな。そしたら君たちがやってきた」
かなり離れた場所に丸い機材が見える。
「航宙船じゃないのか?」
「超光速航法ができる移民船か? そんな上等なものはガザレーネにだって二隻しかない。こっちまでまわってくるもんか」
「信じられない……」
デニスは絶句する。
「信じられないのはこっちのほうだ。今は本当に星間宇宙暦1450年なんだな? だとしたら遥か未来にやってきちまったことになる」
「未来……。ああ、なんてことだ」
「いったいなにが起こったの?」
ジャクリンも頭を抱えている。考えられる可能性は一つしかない。巨人の腕輪の実験の影響である。
「ただの二点間のワームホール生成実験だった。なのに、僕たちはもしかしてタイムマシンを作ってしまったのか?」
声が震えてしまう。
「タイムマシン、そんな馬鹿なこと」
「それでしか説明がつかない。だって彼らは千四百年以上の過去からやってきたんだと言うんだ」
「そ、そうね」
極めて古い形式の宇宙服もそれで説明できる。「宇宙飛行士」なんて使う機会もなくなった単語を初めて耳にした理由も合致する。ケビンとボブは時間を越えて現代にやってきたのだ。
「待て待て、パニックになるな。彼らをどうすればいい? いや、もしかして?」
冷静であろうと努める。
「これは僥倖なのか? もし、この巨人の腕輪がタイムマシンとして機能するなら大発明じゃないか。出資なんて思いのまま」
「デニス、それは……」
「もちろん腕輪の機能をしっかりと確認してからだ。なにがどうなって過去の時空と接続してしまったのか。それを解明しないと危なっかしくて使えない」
道理はわきまえているつもりだ。
「でも、資金に困ることはない。腕輪の解析は別の専門家に任せて僕たちは本来のワームホール形成装置の開発に立ち返るのも自由。なんでもできるんだ」
「そうかもしれない。でも、とりあえずは色々整理しない?」
「せめて空気と水と食うものに困らない所へ連れていってくれないか?」
「あと、トイレもな。ヤバいことになってる」
デニスはケビンとボブを管理ハッチのほうへと案内する。動きづらそうな彼らを補助して巨人の腕輪の内部へ。そこでサイズの合うフィットスキンを取り出して彼らに貸した。
「これは、とんでもない優れものだ。こんな薄さで気密の維持と体温調整ができてしまうのか?」
しきりに感心している。
「あまり気にする機会はないが、防刃防弾耐衝撃機能もあるらしい」
「防曝機能も完璧に近いのよ」
「当たり前に宇宙で生活できちまうな。俺たちにとっちゃ、まだまだ危険な場所なんだが」
身体のあっちこっちを触りながら言う。
「人の生活圏でならね。もっとも、そこにだって機動兵器みたいな危険なものがあるのも事実だけど」
「機動兵器だって? それは宇宙戦闘機かなにかか?」
「いや、最近はもっぱらアームドスキンだが」
3Dモデルを投影させる。ところが二人は表示の中身以前に空中に立体映像を投影させる装置そのものに驚愕していた。
(彼らを連れ帰って大丈夫なんだろうか?)
デニスは一抹の不安を感じていた。
次回『未曾有のトラベラー(2)』 「博物館から持ちだしてきたような代物ではありませんな」




