裁きのあと(3)
「残念ながらあなた方の理屈は説得力を欠いています」
デニスに対し、ジュネは首を左右に振りながら言う。
「まずは事故被害者数。確かに二百万人もの尊い犠牲が出ているのは事実ですが、客船を含めたものでしょう。その母数はいかほどですか?」
「む……」
「推定ですが、客船貨物船含めた移動人数は延べで数千兆人になります。多く見積もっても、年間数十億人に一人が航宙船事故で命を喪っている計算です。これは多い数字ですか?」
どう足掻こうが多いとはいえない。その他の事故被害者はこれより遥かに多い数字。ましてや殺人などの事件被害者となれば比べものにもならない。
「つまり、利便性を問えば飲み込まなくてはならない数字なのです」
ロジカルな考え方ではあるが認めざるを得ない。
「それとも航宙船事故被害者だけが捨て置けないものなのですか?」
「少なくできるものならしなければならない数字だ」
「確かに。ですが、巨人の腕輪での事故は想定していない時点で言葉の詐術だと思うのです」
巨人の腕輪で絶対に事故は起こらないとはいえない。それはまだ実証できていないのだから。
(実証すればいいんじゃないか)
デニスはまだ折れるつもりはない。
「証拠を見せればいいんだな」
青年を直視する。
「僕たちはこれから腕輪に出向いてプロジェクトがどの段階まで進んでいたのか確認するつもりだ。それに同行して確認してくれないか?」
「あきらめてくださらないんですね?」
「当然だ。腕輪は僕たちの努力の結晶なんだからな」
ジャクリンも頷いている。
「申し訳ありません。ぼくは一緒には行けません。知識不足でもありますし」
「それは私たちで補完するわ。あなたは結果だけ見てくださらない?」
「不適格なのですよ」
ジュネは苦笑いをする。
(なんだ。危険に思えるから尻込みするんだな。管理局の役人なんてこんなもんだ)
デニスは苛立ちを隠せない。
「ぼくはこのとおり遺伝子異常があります」
瞳を指さしている。
「はい?」
「それは脳機能にも及んでいて、実は目が見えていません。視界はこのσ・ルーンで補っているのです」
「え? じゃあ、君はパイロットじゃないのか。そうとばかり……」
アームドスキンと呼ばれる機動兵器のパイロット用の装具を着けていた。だから、勘違いしていたのだ。
「なので、目で見て確認することができません。σ・ルーンが記録したものを提出するだけであれば、データで提出していただくのと同じことなんです」
彼は保証人にはなれないのだと言われる。
「それは……、すまないことを言った。問題ないと思ったんだ」
「日常生活に支障はありませんからね。気づかないのも当然です」
「ごめんなさい」
ジャクリンも消沈している。
「どうしてもと言われるのであれば当該装置の記録データを提出してください。安全確認ができるのであれば我々は干渉いたしません」
「援助してくれというのは贅沢にすぎるな」
「そこまでは」
裏付けがないだけに無理だという。どうにかして自分で調達するしかなさそうだ。
(ラボの予算までは凍結されていないはずだ。腕輪まで行く船をチャーターするくらいはなんとかなるはず)
立ち去る青年の後ろ姿を見ながらデニスは方法を模索していた。
◇ ◇ ◇
デニスとジャクリンがチャーターした小型船はハ・オムニ領宙を通り過ぎ、徐々に巨人の腕輪へと近づいていく。それは直径だけで500m、長さ1kmのパイプ状構造物。内部にワームホールの入り口を形成する巨大装置だった。
(いずれはこれが居住惑星周辺に無数に設置されるようになる。罪はともかく、ガライ教授と僕たちの発明が星間銀河圏の流通を変えていくんだ)
ジェネレーター部の焦げ跡が痛々しい。しかし、一方が破壊されて機能停止しているだけで、もう片方は問題ないようだ。ジェネレーターを設置し直してバランス制御できるように修理すれば機能は回復する。
「じゃあ、まず内部に保存されているデータの吸い上げから始めようか?」
「そうね。接舷を、船長。私たちが乗り移ったら待っていてください」
値下げ交渉をしたので「早めにすませろ」と文句を言われる。これからどれだけ資金が必要になるのかわからないので節約するしかない。いいかげんな業者でも目をつむらねばならない。
「ごめんなさい。でも、貴方たちの犠牲を無駄にはしたくないのでプロジェクトを続行します」
「すみません。功績は必ずや記録に残しますので」
ジャクリンにお願いされて遺棄現場に花を手向ける。
被害者は教授と反りが合わなかっただけで様々なアドバイスをくれた優秀な人物たちだった。ときに激論を交わすこともあったが、それは巨人の腕輪を機能的かつ安全な機材に仕上げるためのこと。必要不可欠な手順である。
「伝送機器は?」
「大丈夫。電源も喪失してない」
二人で確認していく。
「管理室はどうだろう」
「やっぱり捜索されてるみたいね」
「仕方ない。ここのデータやソフトウェアまで吸いだされていたらお終いだけどな」
管理室は一見して機能している。インジケータ類は消灯しているが、パワーランプは点っているのでベース電源まで失われてはいないはず。
将来的には管制室として運用されるはずのブロックだ。セキュリティももちろん、簡単には機能喪失しないような構造に設計してあった。
「そこまでされてたら抗議しましょう。関係ないものまで洗いざらい持ってくとか、研究を盗まれているようなものだもの」
システムを立ちあげていく。
「大丈夫だ。動く」
「データのほうは?」
「待ってくれ。うん、残ってる。やったぞ」
手を打ち合わせる。まだ終わったわけではないと確認できた。あとはその内容次第である。
「実験はどこまで進んでいたか憶えてるかい、ジャッキー?」
デニスは尋ねる。
「そのあとのことが衝撃的すぎて記憶が怪しいわ。あと数分でワームホール形成までいってたはずなんだけど、時空界面の状態までは思いだせない」
「僕もだ。開始からのシークエンスで表示させよう」
「ええ、それで思いだせるかも」
開始から停止までの時空界面の状態を3Dワイヤフレームでモデル表示させる。空中に映しだされた立体映像に二人は注目した。
「順調だね。超光速航法に比べれば大きめの穴が穿孔されてる」
フレーム表示された時空界面が凹んでいっている。
「目標地点の界面も湾曲してきてるわ。接続まですぐのところだったかも」
「いや、もしかしたら接続してたかもしれないレベルだな」
「向こうが観測できてたかしら。それなら接続できていたのだけど」
センサー反応はかなり乱れている。
「駄目だ。漏出フレニオン対消滅が起こってる。フィールドで防御してても観測できる状態じゃない」
「電磁嵐みたいな状態ね。これは跳んでみないとわからないかも」
なんとも言い難い状態に顔を見合わせる。強いていうなら、ぎりぎり予測の範囲内というところ。
「うーん」
「どう思う?」
「悪くないんじゃないだろうか?」
そのあたりが限界である。
「じゃあ、設備のほうに問題がなければ?」
「もう一度試す価値は十分にある」
「点検してみましょう」
フィットスキンの二人はヘルメットを被って巨人の腕輪の中空部分へと向かう。ざっと機器の外観点検をしてみて、破損していないようであればジェネレーターの再設置だけでまた実験できると思われた。
(希望はつながった。まだいける)
「え?」
「どうした、ジャッキー? ……はぁ!?」
パイプ内部に二つの人影を発見したデニスは頓狂な声をあげてしまった。
次回『未曾有のトラベラー(1)』 「そっちは女性なのか。なんて扇情的な格好を」