裁きのあと(2)
ジュネと名乗った青年は管理局の制服をまとっている。胸にも「GA」のロゴ、星間管理局所属であることを示していた。
「どなたでもかまいません。巨人の腕輪に詳しい方であれば」
青年は言い募ってくる。しかし、デニスを除いて皆が迷惑そうにしている様子。速やかに縁を切りたいという思いがあからさまであった。
「知っていることは星間保安機構の聴取で話してるはずだが」
「ええ、事件関連の事柄は。それ以外の巨人の腕輪に関わる情報はGSOも把握していませんので」
(腕輪に関わること? 何者だ、彼は?)
疑問が湧く。
見るからに若い。しかも、実に目を引く外見をしている。右目が紫色、左目が緑色という、ファッションでなければあり得ない配色をしている。公務中の今、そんなことをしているはずがないのだが。
「巨人の腕輪のこと? 管理局は装置そのものにも着目してるの?」
「ジャッキー?」
意外にも口を挟んできたのはジャクリン・ヘイラーであった。
「私だって同じなのよ。腕輪を完成させたいの。あれは人を事故から解放する装置なのに」
「教授のことがなければそうなるはずだった」
「今でも信じてるわ」
皮肉にも実験装置で殺人が行われていたが理論構築には罪はない。放棄しなくてもいいとデニスも思っている。
「協力すれば実験の続行を許してくれるの?」
青年に尋ねている。
「実験に関しては民間事業ですので星間管理局に中止させる権限はありません。場所が公宙であるために許可を取っていただいただけです。ただし、ガライ教授には中止を要請していたのをご存知ではありませんか?」
「いいえ、私は。デニスは?」
「僕も聞いていない」
初耳だった。
「彼は強行しようとしていたようです。なので星間平和維持軍の戦闘艦も近くで待機していたのですが」
「それであんなに早く。なにか問題があったんだろうか? 書類に不備があったとか」
「実験内容的に危険があまり考慮されていないと思われたのです。ハ・オムニの領宙すぐ外側で行うようなものではないと」
それは彼らラボメンバーも考えなくはなかった。しかし、ワームホールの実用段階を鑑みるに、本星からより近くにあるほうが商業的価値を高められる。そうすれば研究も認められ、さらに安定した装置の開発にも着手できると思っていた。
「だけど、小規模実験は成功していたんだ。サイズアップしただけの実験機でも問題は……」
「詳しい話は場所を変えさせてもらってもかまいませんか?」
ジュネが止めてくる。確かに議論を進めていいような空気ではない。退散するラボメンバーは露骨に煙たがっている様子だった。
「では、改めて」
青年を研究所中庭のベンチへ誘った。
「ぼくは管理局のアテンダントではありません。実は情報部エージェントです」
「は? なんて?」
「星間管理局は巨人の腕輪のこれからの扱いに関して注意を払っています。どうするつもりなのかと」
意外な名乗りにジャクリンも目を丸くしている。
「それはどう受け取ればいいのだろうか?」
「もしかして管理局がスポンサーになって開発を続けさせてくれるとか?」
「なるほど。そういうふうに聞こえてしまいましたか」
ジュネは苦い顔を向けてくる。つまりは違うということなのだろう。
「注目してくれているのではないのか? 腕輪の本当の可能性に」
デニスは落胆と同時に怒りも覚える。
「もし、将来性を感じているなら初期段階から関与しているでしょう」
「将来性がないとでも?」
「おかしいわ。だって物流の未来を大きく変えるのよ? 今現在の航宙船舶による運搬方法は非効率的だと思っていないの?」
ジャクリンが言い募る。
「そうですか? 人類圏だけに限ればずいぶんと近いと思いますけど」
「超光速航法を多用しているからだろう? しかし、そのフィールドドライブの事故で年間どれくらいの人命が失われてる?」
「実に二百万人以上よ。一年間に小さい都市が一つ無くなるくらいの人が事故で亡くなってるの。悲しむ遺族はその何倍もいる」
これは紛うことなき事実である。ほとんどが行方不明者として処理され、一定期間後に死亡と認められる数。現実に帰還する人は微々たる人数である。
「まるで星間管理局の航宙保安を批判しているようですね」
ギクリとする。
「管理局は可能なかぎり航路の安全を保証しようと努力していますし、それにかなりの人員を割いています」
「それは確かに……」
「そして、事故原因の99%以上が船舶の整備不良および乗員の設定ミスです。星間法の附則に定められている航宙船点検項目。それが確実に守られている加盟国がないというのが実情なのですよ」
物流コストは小さく収めたい。それが重視されるあまりに航宙船の整備点検にまつわる予算を圧縮しようと物流企業は努める。その結果起こるのが事故というわけだ。
「努力の方向性を間違っているのは認めるが企業努力というのも……」
反論しづらい。
「ぼくの立場では認めるわけにはまいりません。附則に愚直に従ってくだされば、事故件数は今の数十分の一にできるとの試算もあります」
「それは置いといて方法論に問題があるとは思わないか、という話なんだ。もし、巨人の腕輪が実用化して各惑星系をつなぐワームホール網が完成したとする。そうすれば物流を担う航宙船は無人化できる」
「かもしれませんね」
現在は目的地に応じて様々なルートを使っているから人間の手が必要なのだ。中継ポイントで不測の事態が起こったときの対処用の人員である。
「ワームホール網で決まったルートを確立し、その組み合わせで物流を構築すれば人手は必要なくなる。事故で大切な人名や物品を失う可能性はゼロに近くなるはずなんだ。そうは思わないか?」
デニスが夢見る未来である。
「ええ、そうなれば乗客の安全も保証されるでしょう」
「わかっているなら……!」
「ですが、ワームホールそのものはそんなに安全なものなのですか?」
核心部分を突いてくる。
「当然じゃないか。今の超光速航法の拡大版に過ぎない。時空界面を穿孔して通り抜けるのと、穿孔した穴を開けっ放しにして通るのとどれほどの差がある?」
「ぼくも技術屋ではないので差までは論じられません。ワームホールはそれほど安定させられるものなのですか?」
「できる。そのためにあんな巨人の腕輪みたいな大型設備を必要とするんだ」
そういう装置なのだ。時空穿孔そのものは現行の機構で確実性の高いもの。穿孔した時空界面を維持するエネルギー供給をする施設になるのである。
「実際に存在するじゃないか」
論点は多少ずれるが説明が必要だろう。
「ゴート新宙区ではワームホール転移が実用されている。その状態でも時空界面を安定させられる証拠だ」
「ジャンプグリッドのことですね。あれは旧先進文明の遺産であって、新たに開発されたものではないんですよ?」
「だが、人為的なワームホールの維持は可能だというのを示している。我々の研究はそれに着眼点を得て行ったものなんだからな」
ネタ明かしになるが説得材料ではある。
「そういうことでしたか。で、ワームホールの安定度合いはどれほどですか?」
「実験装置では質量体を転移させられる規模の小さな穴の維持は確認できている。それを一ヶ月以上維持できた」
「それに、ガライ教授が実施した小規模実験装置だと人体レベルのサイズの転移穴を構築できてるわ。危険だからって実験には立ち会っていないけど映像は確認してる。それも一日は大丈夫だった。しっかりしたジェネレーターを搭載していれば、もっと長期の維持も可能だったはずよ」
耳を傾けてくれるジュネにデニスは希望をいだいていた。
次回『裁きのあと(3)』 「証拠を見せればいいんだな」




