裁きのあと(1)
光が瞬く。それだけでラボ全体に悲鳴が湧きあがった。努力の結晶が今、破壊されようとしているのだ。
「大変なことが起こっています!」
リポーターも喚き立てる。
「世紀の大実験、星間ワームホール生成装置の始動が阻止されてしまいました。これはなんらかのテロ行為でしょうか? 環境テロリストからの声明は確認できていません」
機関部を破壊された実験装置は全体の誘爆にまでは至っていない。巨大な輪環状の構造体に致命的な損害は出ないだろうと思われる。しかし、何年も費やした準備の結果が最終段階で阻止されたのは事実である。
「ワームホール生成装置、通称『巨人の腕輪』はまだその形を保っています。しかし、ジェネレーター部を破壊されたので動くことはないでしょう」
声に悲壮感を漂わせている。
「あれは何者なのでしょうか? ……はい、望遠映像出ます。ご覧ください。深紫のアームドスキンだと思われます。あの光る翼状のものは? 検索ヒット? 皆様、ご確認ください。どうやらあれは各地を騒がせている『ジャスティウイング』と呼ばれるアームドスキンの模様です。彼か彼女かわかりませんが、なぜこのような破壊行為に及んだのでしょうか?」
自動警備宇宙機は全て破壊されている。彼らガライラボのメンバーも作業終了後は本星であるハ・オムニまで戻ってリモートで始動操作を行っていた。実験段階である装置はまだどんな危険を孕んでいるかわからないからだ。
「こんなことが許されてはなりません。一方的な破壊行為で我が国の国益が損ねられるなど以ての外。政府は直ちに国軍派遣をすべきだと思われます」
一拍置いて混乱の様子がうかがえる。
「星間平和維持軍? 間違いない? なんで……、いや、失礼しました。ただいま入った情報によると巨人の腕輪に管理局の戦闘艦が接近中とのことです。いったいなにが起こっているのでしょうか?」
突然のことにリモート制御用の室内も静まる。とうとうジャスティウイングの検挙に乗りだしたのかとも思われたが、静寂は長続きしなかった。
「全員、そのまま」
ドアがスライドして捜査官の制服を着た人間が入ってくる。
「星間保安機構です。ゾット・ガライ教授、あなたに複数の殺人の嫌疑が掛かっております」
「なんのことだ!」
「そのままご覧になっていれば判明することだと思いますよ?」
ライブパネルの映像内ではGPF艦が巨人の腕輪に接舷しようとしていた。ガライ教授の顔色が変わる。
「なにをする! 貴様らまで儂の研究成果を壊す気か!」
「いいえ、きちんと証明するだけです」
気おされたラボメンバーが道を開けると捜査官が教授の周囲を固める。露骨に逃さないぞという姿勢だった。
「新たな情報です! 星間管理局が巨人の腕輪の捜索をすると勧告してきました」
リポーターは目まぐるしく変わる状況に目を白黒させている。
「その模様をライブ配信するとの通告です。我が局にも映像が届いているようですので注目しましょう」
GPF隊員の一人のヘルメットカメラらしい映像が流れはじめる。突入した隊員たちは一つひとつのドアを確認するでもなく通路を進んでいった。あるドアの前で止まる。
「よせ!」
「お静かに」
ガライ教授が騒ぐが取り合わない。
部屋の中には複数の袋がベルトで壁に固定されていた。それは人ひとりがちょうど収まる遺体袋のようなもの。先行した隊員が確認に動く中、映像は一時的に足元だけのものに変わる。袋の中身を確認しているようだ。
「先ほどのあれは……」
リポーターも絶句する。
隊員はカメラに向かって集まってくる。映像は隊長のものらしい。
「確認取れました。チャナズ・ホカル、シュディ・オーレン……」
実に九名の名前が挙げられていく。
「全員がレーザーガンで射殺されています。冷凍バッグで保管されていて死亡日時は推定することもできません」
「わかった。丁重にお運びしろ」
もう一度閉じられたバッグが運びだされはじめる。そこで中継は終わった。
「どういうことなのでしょう? なぜ巨人の腕輪の中に死体が? 殺害された模様ですが」
レポーターは混乱の極地にある。
「新たな映像が入ってきた模様です。切り替えましょう」
次に映ったのは目の前のもの。ガライ教授が大写しにされている。
「あの遺体について心当たりは?」
捜査官が訊く。
「知らん! なにも知らんぞ!」
「では、こちらはなんなのでしょう?」
「む?」
捜査官が映しだす小パネルには教授がレーザーガンを相手に向けて撃つ瞬間の映像。それがはっきりと残されている。
「ばっ! どうしてだ? 全て管理者権限で消去したはずなのに」
「残念ながらサルベージ可能だったようです。では、お話をうかがいたいので同行願いましょう」
殺害容疑者は目を泳がせている。
「どうしてなんです、ガライ教授! なぜあのようなことを!?」
「此奴らが儂の実験を妨害しようとするからだ! 星間銀河を揺るがす世紀の瞬間を阻止されてたまるものか!」
「そんな……」
名前が挙げられた九名は彼、デニス・サントラもよく知っている相手。ラボに協力してくれていた面々だったが、力量不足で更迭したと教授が言っていた。
「邪魔だから殺したって言うんですか! 教授、あなたって人は!」
「そこまで。あなた方にも事情をうかがいますのでそのまま」
ガライラボのメンバー全員が留め置かれる。女性の中にはあまりのことに卒倒する者まで現れた。
(これは大変なことになってしまった)
デニスは無念に下唇を噛み締めた。
◇ ◇ ◇
巨人の腕輪実験失敗から二日、デニス・サントラはラボに戻ってきている。そこにはほとんどのメンバーの姿があった。
全員が聴取を受け、事件には関与していないと証明されたので解放されている。ガライ教授は自供もし、単独の犯行だというのも明らかになっていた。
「デニス、君は荷物をまとめないのかい?」
男性メンバーに話し掛けられる。
「まだ踏ん切りがつかない。だって、あんなに苦労して企業の融資まで取り付けて建造した巨人の腕輪なんだ。稼働実験もしていないのにあきらめられるものか」
「でもな、教授が逮捕されたんだぜ。もうプロジェクトにケチが付いてる。誰も計画続行を認めてなどくれるもんか」
「まだだ。腕輪は壊れていない。やり直しは効く。教授の意志を継ぐんじゃなく事業を継ぐんだ。ワームホール理論は間違っていないと思わないのか?」
真剣に訴える。
「証明したいのは山々だがな、どうしたって修理する予算は出ないだろう」
「ぐぅ、腕輪さえ壊されていなければ。ジャスティウイングめ」
「あきらめない奴だな。実験は最終シーケンスまで入ってたんだ。データを漁りに行けば拾えるかもな」
憐れんだのか助言をしてくる。しかし、協力するつもりは欠片もないという。これ以上、関わり合いになりたくないらしい。
(そうだ。巨人の腕輪は起動寸前だったんだ。理論上、ワームホール形成はかなり進んでいたはず。ここのデータは丸ごと持っていかれたが、本体になら当時の状態は記録されている)
それを使って新たな融資を募れるかもしれない。数年にも及ぶ努力の結果が水泡に帰すのを防げるのならばやってみる価値はある。しかし、一人では限界があるだろう。
「失礼」
ドアがスライドして男が現れる。
「おや、解散するところですか」
「なんだ、君は?」
「ぼくはジュネ・トリスといいます。事件に関して、どなたか情報収集に協力していただけないものかとやってきたのですが」
その青年の出で立ちにデニスは首をひねった。
次回『裁きのあと(2)』 「協力すれば実験の続行を許してくれるの?」




