剣王孫の証明(4)
十分に加速したフランカーがブレードを横薙ぎに通り抜けていく。かと思えば、目前で静止してブレードを振るってくる。受けて動きを止めようとすれば別の一基が狙撃してきて回避を余儀なくさせる。
(自分の能力に甘えがあったかな? 幻惑されてしまってる)
ジュネはトリオントライの細身のフォルムを活かして避けつつ思う。
フランカーだけならなんとかなりそうだ。しかし、本体がそれを許してくれない。リリエル単機でも油断していい相手ではないのに、子機を気にしつつ受け止めるのはあまりに厳しい。
「仕切り直す、ジュネ? 考える時間をあげてもいいけど」
余裕を見せられる。
「要らない。考えたところで対処しようがなさそうだ。しのぎながら見つけるさ」
「ずいぶんと素直だこと」
「ぼくが君に出鱈目を言ったことがあるかい?」
言わないことはあっても嘘は吐かないようにしている。
「まったく、君を三人相手にしないといけないとは思わなかったよ」
「一撃も入れられてないほうがおかしいの!」
「もう少し見せてもらおうか」
(ラキエル本体は加速が落ちてる。軽くなっても限界かな? それだけが救いでもあるんだけど)
フランカー装備の加速であれば手足の一本くらいはなくなってるかもしれない。
電波レーダーでフランカーの位置は把握しているものの、状態までは有視界で確認できるものに限られる。ブレードを使おうとしているか狙撃しようとしているか、躱すか受けるかの判断もぎりぎりになっていた。
(攻撃タイミングはわかる。真っ正直なエルだから戦気フェイントなんて使ってこないからさ)
フランカーへの命令は読める。
(でも、それだけ。どのフランカーがどう来るかまでは読み取れない。これは、もうちょっと深く見ないと無理そうだね)
集中して深度を高める。眩しいくらい力強く輝く朱色の灯りを持つ娘にいつもより潜っていく。そうしないと普段は見えてないものまで見ることができない。
「本気なのね、ジュネ」
「わかるかい?」
「だって、チチチって聞こえるもん」
あまり深度を高めると感応の鋭い相手には探知音のようなものが聞こえるのだそうだ。それは何度もリリエルで試している。
(あんまり良くないんだけどね。他人を丸裸にしているようで)
他人の感情の影響を避けるためにも普段は控えている。
「あがるー!」
ごきげんな声が聞こえてくる。
「通常武器だけとはいえ、ここまでジュネを詰められるなんて」
「たぶん君には最適解さ。ラキエルが全力を引きだしてる」
「褒めても手加減してあげないんだからー!」
横合いからすり抜けざまの一撃をリフレクタで弾き、背後からの斬撃も振りあげたブレードで受ける。狙撃を急加速で躱し、追ってきたフランカーの突きを重力波フィンで進路ごと捻じ曲げる。
ラキエルの逆袈裟を紙一重で避け、半身のまま肘を入れて機体を押す。離れ際の薙ぎを剣身に滑らせて逸らし、脳天に背後から落ちてきた剣閃をロールで躱した。
「センサー情報全部受け取れるキャパは堪んない。死角なしなんだもん」
「避け続けるのは骨が折れるけどさ」
(嘘じゃない。このまま攻め続けられればどこかで限界が来る。リズムを狂わせられるほどの隙がない。この手数では組み立てる以前の問題)
流れを作れるのは相手が人間の形と動作をしている範囲の話。飛びまわるフランカーには崩す体勢もないのである。
(だったら意思を読むしかない。エルの意識の流れを)
過去を思いだす。
(ステヴィアが得意だったな。感受性が高いタイプのネオスだと自然にできる。ぼくみたいに普段セーブしてるようだとスイッチが入りにくいな)
リリエルの灯りは普通に見えている。攻撃するときの瞬きも。その一段階向こうを見なければならない。
集中すると灯りの揺らぎが見えてくる。そこから走る意識の流れがしなる紐のように感じられてくる。彼女がフランカーに命じている意識のライン。
「こうかな?」
迫る先端から身を逃しスルーする。トリオントライを巻き取るかごとくうねる意識を一つひとつ丹念に避けていった。
「うそ! もう見切られた?」
「手掛かりはどうにかね」
攻撃がかすりもしなくなったことで気づいたか。どうにかぎりぎりの攻防は免れる。立て直す余裕くらいはできた。
(もう一歩進めないと駄目だ。これじゃ隙間を縫えるだけで、こっちのペースに持ち込めない)
動きが見え始めただけでなにをしてくるかはわからない。
(どこまで潜る? 危うげな感じはするけど、模擬戦のうちに試しておくべきだね)
さらに一段階深度を高める。意思そのものを見ようとすると別の世界に突入した。紐のようなものは消え、今度はリリエルの幻影が見え始めた。双剣をかまえる本人は別として、フランカーは一刀を携える朱色の幻影になる。
「慣らしは終わり! 勝負をつける!」
「そんなに焦らなくてもね」
ジュネも感覚を掴んだところ。どの程度実用に耐えうるか不明である。が、相手が勝負を懸けてきた以上受けるしかあるまい。まずは一番近い斜め後ろに見える幻影に集中。
「ちょ!」
バックロールで斬撃を躱すと背中を蹴りつける。現実にはフランカーの横っ面を蹴りとばしていた。大きく進路を外す。
次の幻影は腰だめから抜きざまの一閃。上に弾きつつ横腹を蹴って突き放す。フランカーは回転しつつ迷走している。
「いきなり変わるし!」
「いい感じだ」
遠間合いから突きを放つ幻影。ビームランチャーを向けて一射するとプラズマスパークが生まれる。重ねたビームが幻影を貫いた。
『直撃しました。機能停止します』
「やられたー!」
模擬戦プログラムに従い、フランカーの一つが漂いだした。もう一つの幻影の大上段からの斬り落としをリフレクタで受け腹部に肘を入れる。反動に合わせて加速した。
「ジュネぇー!」
「ここまでだね」
かなりの負荷を感じる。
(精神的スタミナが必須みたいだ。スイッチの入り切りがスムーズにできるようにならないと使えない)
今の状態を確認する。
ラキエルの突きを巻き取り、もう一方の刃も力任せに跳ね飛ばす。左手のビームランチャーを胸に突きつけた。
「相打ちかな」
「引き分けってことでよくない?」
彼はトリガーを引くだけの状態。しかし、背中にはフランカーのブレード三本の切先が触れんばかりの位置にある。
ジュネは模擬戦終了をシステムに命じた。
◇ ◇ ◇
「素晴らしいこと」
エルシは珍しく深い笑みを浮かべる。
「この学習量、実戦にして三回以上といったところかしら。代えがたいわね」
「のんきに言わないで。それと同じくらい消耗してるあたしが見えてない?」
「あら、だらしがなくてよ? もっと鍛えなさいな」
口元を歪めて「鬼がいる」とリリエル。
可愛い養い子はふらふらで降りてきてゼリーパックを二つ一気飲みしている。涼しい顔で歩いてくるジュネとは対象的だ。
「どんな感じ?」
「十分だわね。いつでもヴァラージの前に放りだしてもかまわなくてよ」
多少は大袈裟に言う。
「実に頼もしいね。苦労した甲斐がある」
「苦労したように見えないから!」
「君には強がって見せるくらいするさ」
娘は口ごもる。
「……そ、それならいいけど」
「本格的な実戦までに何回か慣らしておこうね」
(あしらいも巧いこと。ブラッドバウで大将してるよりは彼の傍にいるほうが何倍も早く伸びるでしょうね。その分、危険にさらされるとしても)
リスクは覚悟のうえで成長を願う。
(私はきっとこの子を協定者にしたいんだわ。血統うんぬんではなく彼女の気質を好ましく思ってる。所詮は人工知性なのね)
エルシは身のうちから湧くささやきに身を任せるつもりだった。
次はエピソード『腕輪事件』『裁きのあと(1)』 「そのままご覧になっていれば判明することだと思いますよ?」