剣王孫の証明(3)
「完全に押してますよ!」
ゼレイは上機嫌だった。
バンデンブルクのアームドスキン甲板に集まっていた面々は設置した大画面投影パネルで観戦中。ブラッドバウ最強の戦士であるリリエルの様子を食い入るように見つめていた。
「これはいけます。あの居候に一泡吹かせてやれますよ!」
見えた初勝利に鼻息荒く拳を突きあげる。
「どうでやんすかねぇ。あのジュネがこの程度で負けてくれやすか?」
「当たり前じゃないですか! あいつがあの常識外れの兵器を使わないかぎり」
「使わないでやんしょう。それでも本気じゃないと思うでやんす」
副官の立場でありながらタッターは悲観的だ。
「確かに新型は強いけど、小細工の域を出ないように見えるっす」
「ラーゴ隊長まで」
「ちょっと厳しいかもしれませんね」
ヴィエンタまでもが賛同している。皆がジュネと定期的に模擬戦をしているメンバー。それだけに説得力がある。
「エル様は負けませんよぅ」
彼女の意気も下がる。
「彼はこの程度では退けられない」
「女史……」
「でも、ラキエルでならいい勝負ができるはずよ。もし、侮っているなら勝ちを拾えるのではないかしら」
エルシは冷静ながらも自身ありげに言う。
「ほんとですか!」
「ぶっつけ本番でどこまで動かせるかによるわね。応援次第ではなくて?」
「が、頑張れ、エル様!」
ゼレイは全力で念を送った。
◇ ◇ ◇
リリエルの攻めをいなしながら一進一退をくり返している。ジュネの本気度で行くといつもなら勝負はついているころ。安定した攻撃力に驚きを禁じえない。
(なんだか余裕を感じさせるんだよね)
冷静さは欠いていない。無茶もしなければ激したふうなど欠片も見せない。まるで、どこで切り札を出すか観察されている感じがする。
(立場が逆転してるかな? じゃあ、切らせてみせよう)
旋回する肩のフランカーをリフレクタで押しさげる。迫る左のブレードに刃を噛ませて受け、右は手首に膝を入れて止めた。密着する間合いでラキエルと見つめ合う。
「やるね」
「そっちこそ。腕が何本あれば通じるの?」
背中のフランカーが右上と左脇からサンドイッチしてくる。上からを弾きながら胸を蹴って逃れた。
「現状、六本までなら耐えられてる」
「つくづく人間離れした人」
「君の頭もどうにかしてるよ」
手持ちのブレードほど変幻自在とはいかないが、フランカーの斬撃を制御するのも意識を奪われているはず。それなのに剣技が劣化したりしていない。
(システムがサポートしてる? たぶんそうだね。学習してる。フランカーの攻撃は徐々に精度が上がってきてる)
ある程度アバウトな命令しかしていないのだろう。
(じゃあ、本体の攻撃より劣るかといったらそうでもない。学習している分だけ彼女のコピーが出来上がりつつある。本当にトリオントライで慣らしをやらされてるね)
まったくの例え話ではなかったようだ。密度の高いラーニングをさせてしまっている。悪くはない。悪くはないが悪戯心も湧いてくる。
(それなら全力で行こうか)
ついてこれないならそれまで。ラキエルというアームドスキンの底が見えてくる。今でもバディとしては十分と思えた。
「ついておいで、エル」
「食らいついていくから、ジュネ!」
ビームは干渉のプラズマバーストの紫球に変わる。そこを抜けて接近させた。機体が蒸発したビームコートの白い霧をまといつかせて迫る。
フルパワーの斬撃を二本のブレードが受けた。右脇から伸びてくるフランカーの先端を爪先で逸らし、左上からの突きはリフレクタで強引に押しのける。
「もらったよ」
ビームランチャーの筒先は左肩のフランカーに触れんばかり。ここから躱しようがあるまい。一本ずつ腕を奪っていく。
「なっ!」
「あげない」
思わず驚愕の声をもらしてしまった。フランカーが肩から外れてしまっている。当然、ビームはなにもない宙を貫いた。
「パージ!? いや、そんなはずない。捨て身の攻撃をするほど追い詰めてない」
「そうね」
尾端に重力波フィンを展開したフランカーが飛んでいく。必要な端子突起も備えているので飛行に支障はない。
「分離独立型!? ターナ霧下じゃ使えないもの……、いや、エルシがそんなものを君に与えるわけがない。まさか……?」
「正解!」
右のフランカーもパージされる。背中の二基も支持架から解き放たれた。四基のフランカーがラキエルを囲むように浮いている。
今は模擬戦なのでターナ霧を放散していない。電波制御もできる。しかし、実戦ではそうもいかない。せいぜい3〜40mていどしか離れられない武装を分離独立型にするだろうか?
(違う)
エルシなら別の選択肢を選ぶ。
「フレニオン受容器か」
「お見事。これはフレニオンフランカーよ。十分実戦レベルの子機」
(これか。確かにとんでもない。とても設計図を公開できるようなものじゃない)
今までにない高次技術である。
(腕のクロウ機構を外すはずさ。あれなら距離なんて意味なくなるじゃないか)
飛んで散ったフランカーがそれぞれに攻撃を始める。ジュネは四方八方からビームを受けなければならなくなった。一度間合いを外す。
(それだけじゃない。これの真髄は……)
ブレードをかまえたフランカーが通り抜けていく。先端の機構が斬撃動作まで再現しているのだ。しかも、当たり前だがフランカーには命の灯りなど見えない。
「これは参ったね」
「ええ、あなたにとっては相性最悪のウエポンシステムでしょ?」
「やってくれたね、エルシ?」
ジュネの口元にはらしくない不敵な笑いが浮いていた。
◇ ◇ ◇
『どういう了見?』
要塞システムにもぐりこんだマチュアがアバターを飛ばしてくる。
『わたしがジュネ引いたからって対抗心燃やしてる? 完全にあの子に不利なの組み込んでくれてんじゃないの』
「心外だわ。私は単にリリエルが最も活きる機体を渡しただけでしょう?」
『だからっていきなりぶつけてくる? どうせ、そそのかしたくせに』
憤然と噛みついてくる。それはそうだろう。ジュネにとっては新しき子の能力を封じ込められたも同然。
(苦心してるのでしょうね。彼の意思が固いだけに最高の環境を与えてあげたい。なのに、成長幅に合わせた機材を準備してあげられずにいる。おそらくトリオントライ以上のアームドスキンをどんな形に仕上げればいいのか迷ってるはず)
ジュネの成長の方向性とは違う機体を準備してしまえばただの枷になってしまう。敵が敵なだけにそれだけは避けなくてはならない。ほんの些細な綻びが人類の希望を奪ってしまうかもしれないのだ。
「中傷はよしてちょうだい。私はマッチしたアームドスキンを与えるだけ」
後ろめたいところはなにもない。
「惑星規模破壊兵器システムを使えないリリエルにはあれくらいのアームドスキンを渡さないと、どうやってヴァラージの前に出ていけって言えるのかしら?」
『……まあ、そうだけど』
「あの子を死なせたくないの。そのためなら多少のリスクは負ってもよくてよ?」
彼女の精神強度は決して高くない。正確にいうと安定感に乏しい。その状態で惑星規模破壊兵器システムなど使おうとすれば逆に飲まれるだろう。それだけに渡せはしない。
(それならフレニオンフランカーみたいな特殊構造でもかまわない。とにかく感情による能力向上という利点を増幅するものを使わせるわ)
「なにか問題があって?」
『仕方ないか。あの子の助けになるなら』
折れてくる。
『ただし、簡単に勝てるなんて思わないことね』
「さあ、それは二人次第。彼も見極めたいと思っているのではなくて?」
『それはそれで酷くない?』
(別に道具扱いしているのではないわよ)
どこまで伸びるのか楽しみなのはエルシも変わらないのだった。
次回エピソード最終回『剣王孫の証明(4)』 「ずいぶんと素直だこと」