剣王孫の証明(1)
レイクロラナンの整備は進んでいる。じきに艤装更新も完了して出港できるだろう。また星間銀河圏でジュネのアシストチームの務めを再開する。
(言うほど役に立ってないんだけどね)
彼のフォローを受けてどうにかヴァラージ一体を倒すのが精一杯。
(現場確保のお手伝い。隠れ蓑。お荷物ね。どれにしても、まともな戦力として計算してもらえるほどじゃない)
配下の手前、あからさまに落胆を見せるわけにはいかないが悩み続けている。決定打がない。もう伸び代がないのであればいずれ捨てられる。
(ジュネにも。そして……)
眼の前の存在にも。
エルシの私室を訪れている。うじうじと悩んでいるのは彼女の性分ではない。はっきりとしてもらってからまた考えればいい。彼のパートナーでなく、ただの脇役に徹するべきか。
「ねえ、いつまでいてくれる?」
卑屈な聞き方をしてしまう。
「お祖母様はまだ長生きしてくださると思うけど、縛られてるって感じてるなら別に」
「言わなかったかしら。リューンにフィーナのことを頼まれているのよ」
「でも、人の情に捕らわれたままなのはエルシにとって不遇ではないの?」
ただの憐れみではないかと。
「勘違いしない。私はリューンから受け取るものを受け取った。自分の存在意義に関わるもの。生活を変えるのには十分なのではなくて?」
「エルシの中にも情はある?」
「これがそうなんでしょうね。驚いてる」
美女の冷めた眼差しの奥に熱望するなにかを感じた。祖父はそれを叶えたのだ。
「情にすがればいいのかもしれない。でも、あたしは遺産をちびちび齧るだけじゃなくエルシ自身を満足させたい」
そうすれば残ってくれるはず。
「それも前に話したのではなくて? 値するかどうか証明なさいと」
「結果は出てる。あたしはエルシの期待に応えられない」
「告げてはいないはずだけど」
「だって、だって! ゼキュランに惑星規模破壊兵器システムは搭載されていないじゃない!」
(もう見抜かれてるんだ、底は浅いと)
涙が滲んでいるのを感じる。
「あはははは、そんなふうに感じていたのね」
珍しく大笑いしている。
「それ以外にないし」
「それこそ大きな勘違いよ。あなたには必要ないもの」
「どうせ使えないから?」
足りないとはっきり言われてしまう。
(やっぱり。あたしじゃエルシを留めおくなんて無理なのね)
力が抜ける。
(ブラッドバウは衰退するかもしれない。そうじゃない。あたしがエルシに見捨てられるのが悲しくてどうしようもない)
コルネより母親だったかもしれない。祖父とともに歩く彼女を憧憬の眼差しで追っていた。小さな身体では追いつけなかった。しかし、身体は成長しても追いつけなかったのだ。
「ゼキュランにはトリオントライみたいにCシステムもBシステムも搭載されていないわ。それは意味がないからよ」
宣告が冷たく響く。
「だ……よね」
「ライナックの力はなに? 戦気眼は空間を支配する力ではなくてよ。どんな相手でも退けてしまう力。単独戦闘能力の極みだわ」
「どんな相手でも……?」
誰を敵にしようとも負けない力だという。
「そんな能力者に惑星規模破壊兵器を与えるなんて愚の骨頂。利点を殺す以外のなにものでもないのではなくて?」
「え、じゃあ?」
「リリエル、あなたはあなたの力の使い道を知りなさい。そのための適材は与えてあげるわ」
彼女の前に投影パネルが開く。そこにはアームドスキンの3Dモデルが回転してその全容を示していた。
「『ラキエル』」
エルシが名を呼ぶ。
「それがあなたが手にすべき力よ」
「ラキエル!」
「ゼキュランの状態を見ていてそろそろ使える頃だと思っていたわ。レイクロラナンに積み込む前に試してみたいかしら?」
聞くまでもないことを言う。
「もちろん!」
「もう」
「愛してる、エルシ。大好き」
回り込んで彼女に抱きつく。長身の美女は当然のように受け止めてくれた。思い出深い安らぎの場所。
(手放したくない。そのためには示さくちゃいけないものがある)
リリエルは見込みに足ると証明しなければならないと思った。
◇ ◇ ◇
呼びだされたジュネがバンデンブルクのアームドスキン甲板に着くとそこでリリエルが待っていた。腕組みした彼女が挑戦的な瞳を向けてくる。
「勝負してちょうだい」
「模擬戦だって言ってよ」
すぐに汲み取る。なぜなら彼女の後ろには新型の専用機であろうアームドスキンが屹立しているのだから。
「これはまた」
『頭おかしくなった、エルシ? これはまだ早くない?』
朱髪のゼムナの遺志マチュアまで登場する。
「あなたには言われたくなくてよ。リリエル・バレルならば使いこなせるはずの力だわ」
『そうかもしれないけど。とても設計図をオープンにできるような代物じゃない』
「心得てるわ。触れる者は限定します」
それほどの機体らしい。ゼキュランに比べればスリムなフォルムなのに妙に重厚感がある。らしくもない重さを感じさせる。
(どういう意図なんだろう)
ジュネにもわからない。
両のショルダーユニットには独立したモジュールが乗っている。それだけで肩の駆動系より大きなもの。複雑な機構を備えているようだ。
それだけではない。同じものが背中の支持架にも搭載されている。全体の重量であればゼキュランよりも重くなっていそうである。
「ほんとに大丈夫なんですか、エル様?」
傍らの少女も同じ感慨を抱いているらしい。
「火力を強化してもそんなに意味がないと思うんですけど?」
「まあ見てなさい」
「どんなに強力なビーム兵器でもエル様の得意な間合いでは効果は半減するんじゃないですかー?」
引き下がらないのはゼレイがリリエルの本領を正しく理解しているからである。しかし、それ以上に理解しているはずのエルシが不要なものを搭載するわけがない。
(なにか仕掛けがある)
CシステムやBシステムではない。そういった武装の素子はもっと違う形をしている。ならば別の仕組みを持ったモジュールのはずなのだ。
(リリエルを活かす火器?)
ジュネにもピンとこない。
(マチュアまで困惑させるようなもの? いったいなにを持ち出してきたんだろう)
それ以外の部分は特に目を引くものがない。腰の固定武装まで排除されているので、そのモジュールが遠距離攻撃もサポートするのは間違いない。そこまで特化させないはず。多数を相手にする戦場から彼女を引きはがすようなものだから。
「調整は?」
「済ませてる」
リリエルは自信たっぷり。
「慣らしは?」
「トリオントライでさせてもらう」
「大胆だね」
頭部は丸く、パシュランのようなパワータイプの系譜ではない。名前からしてルシエルを継ぐスピードタイプの機体。
腰にはブレードグリップしかラッチされていない。双剣使いのリリエルを想定して設計がされているはずなのにどこか違和感がある。
(いうなれば、間合いを無視するような威圧感。これはなんだろうね?)
考えていても仕方がない。彼女を相手に惑星規模破壊兵器システムを使用するわけにはいかないが、トリオントライは通常兵装だけでも一般のアームドスキンを寄せつけないパワーがある。
「わかった。じゃあ、喜んで実験台になろう」
「よろしくね」
「でも、皆の前だからって負けてあげるつもりはないからさ」
「遠慮はいらない」
(灯りの色がずいぶん変わった)
ここしばらくは気になっていた。
(自信を失いかけてる感じだったのに、それが一切なくなってる。これは苦戦するかもね。でも、力を見せてくれるなら今見極めておいたほうがいい)
ジュネにとっても、これからの戦いに不可欠なものだからだ。
次回『剣王孫の証明(2)』 「それは致命的な抱擁になりそうだね」