遅れてきた子(4)
ようやく子供らしい表情を見せるようになったミレニティはカフェテリアのパフェに舌鼓を打っている。交渉事を兄のレームに任せたリリエルはジュネと少女をエスコートしていた。
「美味しい。宇宙でこんなの食べられるなんて思ってなかったの」
馴染んだ彼女は饒舌になっている。
「ツーラだって空気ないんだから似たようなものでしょ?」
「うん。フィットスキン脱げるとこもあるけど、居住FCから別のとこ行くときは着ないと駄目。エルも来たことある?」
「あなたくらいの子供の頃にね。あたしはずっと宇宙暮らしだからフィットスキンを脱ぐって考えが出てこないけど」
バンデンブルク育ちの子供の常識である。危険はまずないが、名目上は戦闘施設なのは間違いない。
「着慣れてるようだけど?」
ジュネが尋ねる。
「練習のときは着なさいってお祖父ちゃんが」
「それで動き慣れていたんだ。故郷はどんなとこ?」
「ずっと荒野。植林したとこは森にできるけど、なかなか広がらないって」
生活圏の違う二人には実感が乏しい。
「水が足りない感じかな。どうして開拓する気になったんだか」
「星間銀河圏は違うみたいだけどゴート宙区じゃ常識よ。近い順に住めそうなところは片っ端から開拓してる」
「なるほどね」
感性の違いが表れる。初期から超光速航法を持っていた星間銀河人類と、ジャンプグリッドと呼ばれるワームホールを利用していたゴート系人類では可住惑星に対する幅が異なる。
「ベッフェルベリの近くには小惑星がいっぱいあるの。それを壊して金属にするのに一番良かったんだって」
少女が説明する。
「ああ、そっち方面の開拓星なのか」
「資源開発系の開拓星も一般的よ。まだ自由に跳べなかった頃の名残って言われればそうなんだけど」
「お兄ちゃんのとこは違うの?」
ミレニティはジュネを「お兄ちゃん」と呼ぶようになっている。手合わせのあとに尊敬の眼差しを向け急速に懐いていった結果だ。
(まあ、ジュネがいいって言ってるし、なにより兄妹的感覚でいてくれるほうが好都合だし)
少女をライバルに加えたくない。
「無理に自分の住んでる惑星を掘ることは少ないかな。よほど珍しい資源が埋まってないかぎりはね」
「そうなんだー」
星間銀河圏では基本的に惑星系のバランスを崩さないような開発がメインになっているようだった。非可住惑星の資源を採掘したり、外軌道にある小惑星を運んできたりが多い。内軌道の惑星の衛星まで使ってしまったりする事例は少ない。
「興味ある? 将来はゴート宙区を出て冒険したり仕事したりしたいとか?」
彼女の将来性を鑑みるにブラッドバウへの勧誘も視野に入れたい。
「ううん、そんなに」
「宙区を出る気ないなら、いい働き口あるけど?」
「ロシュおじさんがこっちで勉強したほうがいいって言うから学校は行く。でも、学校終わったらベッフェルベリに帰るの」
きっぱりと言う。
「そう?」
「街の人も優しいし暮らしやすいから。それに、あそこにはお祖父ちゃんが遺してくれた家とか色々大切なものがあって」
「なるほどね」
里心があるのも事実だろう。しかし、それ以上に思い出があるようだ。ロシュは魔王の血筋に意味を感じているみたいだが、三英雄の子孫だからといって社会貢献しないといけないわけではない。埋もれていくのもかまわないと思う。
(運命が許してくれるなら、そっちのほうが幸せかもね)
リリエルの正直な思いである。
しがらみも使命感もないのなら人間としては幸福であろう。ジュネのように使命感に固まっていていると脇から見ていて心配になってしまう。
(運命の女神はこの人をなかなか解き放ってくれない。あたしなら操り紐を断ち切ることができるかしら)
リリエルの望みが彼の望みではないのが悩ましいところであった。
◇ ◇ ◇
ミレニティはリリエルと手を繋いで歩いている。二人とも表情は明るい。最初は怯えていても、深く知り合えば情の深い彼女のほうに懐くのは必定。
(ひと晩一緒にいれば仲良くもなるよね)
ジュネは微笑ましく見守る。
(乗り越えた過去があるのだから、彼らの世代は平穏に暮らしていけばいい。リューンにせよジェイルって人にせよ、そのために多くの人の命を背負い、そして自らの心の傷も背負って逝ったんだから)
遺された者はその上に胡座をかいていいとは言わないが、捕らわれすぎてもいけない。享受し、保つ努力を忘れなければいいだけだと思う。
「お話はもう結構なのかしら、伯父様」
ロシュと握手を交わしているレームのところへ。
「ああ、問題ない。畜産プラントの更新と定期戦の日程の詰めだけだからね」
「定期戦?」
「定期演習のことよ。一年に一回、相互に艦隊を出して大規模演習をやってるの」
相互に戦闘技術向上を目して開催しているという。
「へえ、そこで互いに手の内を確認してるんだね」
「身も蓋もないこと言わないで。もちろん、自分のとこも相手のとこも新型のデータは取らせてもらってるけどね」
「ゆっくりしておいで、リリエル。君がいない間は勝たせてもらう」
ロシュは自信たっぷりだ。
彼女が抜けてからは負け越しているらしい。二連敗中で、今年負ければ三連敗。さすがにブラッドバウのパイロットも鼻息が荒いという。
「お祭りなんだから遠慮してくださらない?」
「そうはいかない。若手にしてみれば見せ所。あそこでポイント稼がないと昇進に影響する。僕も負けたくはない」
ガルドワ総裁は自重する気がない。
「子供っぽいこと」
「ガルドワ軍を弱くしたとか言われたくはないんでね。頼みは聞けない」
「いや、今年は勝たせてもらう。そうでなければ父に申し訳が立たない」
壮年同士が角突き合わせている。
「お祖父様が退いてから四年。その間、一勝三敗ね。今年は帰ってこようかしら?」
「よしてくれ。だったら、それまでにミレニティに乗れるようになってもらうしかない」
「冗談よ。この子の自由にさせてちょうだい」
少女自身はいずれアームドスキンに乗れるようになりたいと言っているが、もう少し身体ができてからでもいいだろう。そんな話もしていた。
「教えてね、エル」
「もちろんよ、レニー」
本当の姉妹のようである。
「お兄ちゃんも」
「いずれ機会があったらね」
「参考になるかしら。コクピットのジュネは怖いんだから」
悪戯な笑いを添えている。
「心外だなぁ」
「タイプ的には近いけど真似するのは難しいかも」
「んー、よくわかんない」
笑い合う娘二人は置いておいてロシュのほうを向く。彼の灯りには懸念の色が含まれていたからだ。
「星間管理局はどの程度踏み込んでくる気かね?」
「ゴート宙区への干渉は避けるつもりのはずですよ」
そう了解している。
「ぼくは本部の意図を汲んでいるわけではないので断言はできませんが」
「こちらはともかく、ゼムナの遺志への接近が著しい。控えてもらいたいものだが」
「それは別の思惑です。加盟国の過度の干渉を避けるために管理局も技術的優位性の解消に励んでいるというポーズ。あまりお気になさらないよう」
文化的な側面もあるだけ納得しろというのも難しいか。
「正しく理解してくれているのならかまわない。そのあたりはゼムナの遺志に近く、顔の効く人間に頼みたい」
「仲介していると思わせておいてください。技術的ベースが整えば模倣が終わって開発競争が始まります。こちらに構っていられなくなりますから」
「そう願いたいものだ」
(宗教的な意味に捉えているだけ心情が許さないんだろうな)
ロシュに連れられて帰るミレニティに手を振りながらジュネは思った。
次回『剣王孫の証明(1)』 「ねえ、いつまでいてくれる?」
 




