遅れてきた子(1)
時空間復帰反応が検知されたあと、機動要塞バンデンブルクにかなり大型の戦闘艦が接近してくる。予告どおりの時間だったため騒ぎにはならない。
(時間には正確ね。几帳面な方だもん)
様子を見ながらリリエルは思う。
全長600mはあるその戦闘艦は『エターナルグリュ』。「永遠の緑」という名に反して全体に白い艦体には白銀の騎士のエンブレム。下には『ガルドワ』の大きなロゴが入っている。
艦の名は伝統を重んじたもの。ガルドワクイーンと呼ばれたラティーナ・C・ロムウェルの御座艦だった『エヴァーグリーン』の象徴を受け継いでいる。
「中央のゲスト桟橋に」
『誘導管制を行います』
メインシステムが答える。
ゴート宙区の二大軍事力、ブラッドバウとガルドワのトップが集結しようとしていた。リリエルの帰還に合わせてやってきたのである。
通称ガルドワ、正確には『ガルドワインダストリ』は企業国家。惑星ゴートの衛星ツーラを本拠地としている。衛星地表全体に生産施設を持つ巨大複合企業。
一般的な嗜好品や生活用品から兵器まで。どこにでもある食料品以外は全て扱っているであろう企業だった。今や宙区を越えて星間銀河圏全体を顧客としている。
三星連盟大戦時、氷塊落としでの寒冷化による文明リセットが行われたゴート本星には旧政府の残党がひそんでいた。ガルドワ軍がその残党『ザナスト』との熾烈な戦闘となったのが今から四十一年前の星間宇宙暦で1409年のこと。
通称『ザナスト戦役』は、のちに『ホワイトナイト』と呼ばれる協定者ユーゴ・クランブリッドの活躍によって終結している。クイーンと結ばれた彼はガルドワ中興の要となった。一新されたエンブレムはそれを表している。
「丁重にお迎えしてちょうだい」
「渉外部がアテンダントをまわしてるでやんすよ」
御座艦が来ているとはそういうこと。ガルドワインダストリ総裁を迎えてのちょっとした会談が行われる予定だった。そちらは伯父のレームがやる段取り。それ以外にも用があると聞いている。
(なにかしら?)
単に顔見せに来たわけであるまい。
到着を確認したリリエルはゲストルームに移動する。そこでレームも待っていた。案内されてやってきた人物はまず伯父と握手して挨拶を交わしている。
「リリエル、元気そうだね。帰ってくると聞いて来たよ」
手を差しだす。
「お久しぶり、ロシュ兄様。調子はいかが?」
「隠し立てしても仕方ないので悪くないと言っておくよ。星間管理局が間に入ってくれなければ忙殺されているところだけれどね」
「お互い様。レーム伯父様だってあそこに頼らないととてもじゃないけど捌けないかも」
来客の名はロシュ・クランブリッド。ガルドワ現総裁である。母コリネよりも年下の三十三歳の若さで国家規模の巨大企業を背負って立っている。
年齢がそこまで離れていないので「兄様」と呼んでいるが血縁はない。威厳は必要だとて、本人もまだ若さを手放したくないだろう。
「おじさまとおばさまは?」
元総裁とそのパートナーのことを尋ねる。
「相変わらずだよ。レズロ・ロパの始まりの家で森の動物たちと悠々自適な隠居暮らし」
「仲睦まじいこと」
「激動の青春時代と多忙の壮年時代を経てきたんだ。晩年くらいはゆっくりとしていただこう」
ラティーナと協定者ユーゴはガルドワの管理を離れて自治州となった惑星ゴートの小都市郊外で暮らしている。そこは彼らが少年時代を過ごした場所。原点ともいえる地での余生を望んだ。
(そのために早くから総裁の座を継いだんだもんね)
ロシュが至高の座を欲しがったのではない。ただ、苦労の多かった両親に休んでもらいたかっただけなのだ。中興の祖と呼ばれるほどのクイーンの早い引退を惜しむ声は強かったものの、彼はそれを退けるだけの力を示した。
「シルヴィーネ姉様とルディーナ姉様はお元気?」
二人の姉の動向を聞く。
「あくまで表に出ない気らしい。旦那さんの尻を叩いている」
「あらら」
「一族経営とそしられるのは嫌なんだろう」
ロシュの上の姉妹は二人ともグループ会社の社長夫人に収まっている。辣腕を振るったラティーナの能力を継いではいるものの、内部の思想汚染という過去の失敗から常時監視の必要を覚えている。弟の後方支援に徹するらしい。
「スニル様は?」
奥方のことも気になる。
「彼女は経営には興味がないからね。子育てに専念してる。普通の母親がしたいらしい」
「そういう人を選んだくせに」
「見抜かれてるか」
両親ともに多忙を極めたゆえに、家庭に恵まれたとは言い難い人生を送っている。ロシュが家族愛を求めるのを誰も非難はできない。
「下がうるさいなら手助けしようと思ったけど順調そうね?」
悪い噂は聞かない。
「リヴェルに見放された僕を総裁として認めてくれるかどうか怪しげだったけどね、どうにか安定してくれそうだ」
「兄様は新しき子ではないしアームドスキン乗りでもないもん。その分、おばさまの力を受け継いだ経営に全力を傾けてるなら大丈夫」
「そこはあきらめてもらうさ。まだ、父がグループ内に睨みを効かせてくれている間に掌握しておく」
戦気眼と違って、ネオスの能力が遺伝しないのは証明された。ゼムナの遺志リヴェルはロシュには従ってくれない。ただし、ガルドワはブラッドバウと違って蓄積した技術力と組織力がある。衰退の道をたどることはないと思える。
「そっちはどうだい?」
双璧を成すには両方の安定が望ましい。
「レーム兄さんと話して。あたしが継ぐのはまだ先」
「外を冒険するのは楽しいかい?」
「勉強になる。色々とあるし。ジュネを紹介しておくね」
様子を見ていた青年を示す。
「君がそうなのか。リヴェルから少し聞いている」
「よろしく。ジュネ・クレギノーツです」
「先ゼムナ人に最も近いと言われている男。会いたかったよ」
過去に二度彼と戻ったときは都合が悪く会わせられなかった。二人が直接会うのは初めてのことである。
「そのあたりは彼らが勝手に言っていることなのでどうだかわかりません。ぼくは自分の成すべきことをしているだけなので」
ジュネは驕ったりしない。
「簡単に言う。それがどれだけ難しいことかわからないとでも?」
「そうですね、すみません。自分の生まれた理由を知っている人間なんてそうはいませんし。ただ、ぼくに関してはあまりに明白ですから」
「V案件か。確かにそれにだけは父も気に掛けている。ゴート宙区で起こったときにはすぐに動くつもりだと言っているよ」
全ての協定者が事に当たる心づもりらしい。
(お祖父様亡きあと、ブラッドバウでは対応できない。ユーゴおじさまに頼るしかないでしょうね。バルキュラの御大は姿をくらまして久しいし)
三星連盟の一角だった惑星国家バルキュラにはゼムナの遺志レイデが遣わした裁定者ヴォイド・アドルフォイがいた。第二次統一戦争ののち数年は交流があったが今は途切れている。どこにいるのか誰も知らない。
「もしものときには来ます。ご安心を」
ジュネが保証している。
「ここが乱れると非常に難しいことになるので」
「お願いする。地政学的にもかなりデリケートな立ち位置になっているのでね」
「星間管理局も心得ています。ただ、戦力を置くのは疎ましいでしょう。となれば、V案件以外ではこちらの方々に任せるのが望ましい」
ロシュもジュネが理解していると納得した様子。和らいだ空気になった。
「で、旧交を温めるだけにいらしたんではないでしょ、兄様」
「ああ、僕も紹介したい子がいる」
ロシュの後ろに女の子が隠れているのにリリエルは気づいた。
次回『遅れてきた子(2)』 「ここじゃなんだから場所を提供してくれないかい?」




