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ゼムナ戦記 翼の使命  作者: 八波草三郎
ゴート宙区へ
82/216

機動要塞バンデンブルク(5)

 二人の従姉妹をパイロットフロアのカフェテリアで発見する。若手の男たちに囲まれていた。彼らは取り入ろうとしているのではないだろう。ただ、気さくな姉妹との会話を楽しんでいるだけ。


「リルム! リアン!」

 呼び掛ける。

「リリエル! 来てくれたの? 忙しいだろうから遠慮してた」

「大丈夫? 話せる時間ある?」

「忙しいのは桟橋(ピア)整備士(メカニック)だけよ。あたしたちは休暇中」


 次期総帥の出現に男たちは察して身を引く。テーブル席に移動して女だけで囲んだ。


「彼は?」

 ジュネのことか。

「別行動。いつも一緒ってわけじゃない」

「またまた。寂しいくせに」

「かまってを発動するのは夜になってから?」

 余計なことを言ってくる。

「うるさいうるさい。そんなんじゃないの」

「へ、まだなの? 問題じゃない?」

「目はともかく、エルのことσ(シグマ)・ルーンで見えてるんでしょ? それでも可愛い彼女に手を出さない?」


 好き勝手言われる。焦れったく感じてるのは当の本人だというのに。


「けしかける?」

「有りかもね」

「そこ、不穏な相談しない。他人のことはどうでもいい。二人のこと、聞きに来たの」


 早く本題に入らないと流されてしまいそうだ。この二人は独特のリズムを持っている。


「わたしたち?」

「放っといても害はないから」

 自由である。

「わかってる。だから束縛する気はないの。やりたいことあるならバンデンブルクを離れてくれてもいいと思ってる。あたしに遠慮なんていらないから」

「あー、そういうこと」

「案外、気にされてた」

 見交わして笑っている。

「妬ましいとか、そういうのとは無縁でしょ? 好きに生きて」

「そう言われると困っちゃうわ。ねー?」

「ねー?」


 意味不明の協調をしている。従姉妹とはいえ違いすぎて理解が及ばない。


「わたしとリアンは予備」

「そー」

 急に真面目に言う。

「エルがバンデンブルクを重荷に感じるようだったら放りだしてもいい。でも、そんな無責任ができないタイプでしょ?」

「わたしたちまでいなかったら雁字搦め。困らない?」

「え?」

 意外な告白をされる。

「戦うときだってそう。後ろのことを考えて思い切ったことをできないと苦しくなるでしょ?」

「そんなときも予備がいれば大丈夫。ブラッドバウって組織を枷に感じなくていい」

「まさか……」


 驚くほどの気遣いを感じる。リリエルが思っているよりずっと彼女やブラッドバウのことを考えてくれていた。


戦気眼(せんきがん)は薄いけどまとめるくらいのことはできる」

「それに、濃い戦気眼(せんきがん)持ちを産めるかもしれないでしょ?」

 剣王の血族の自覚。

「自分の身体を差しだしてもいいくらいにはゴート宙区の平和が欲しいの」

「それくらいには愛してる。お祖父様が命懸けで守ろうとしてたこの場所をね」

「リルム……、リアン……」

 不意打ちに涙がこぼれてしまう。

「もー、泣かないの」

「強がっていても人一倍情が深いんだから、この子は」

「ごめん。ありがと」


 思いがけないほどに理解されていた。逆に出ていってくれてもかまわないという。実際にそうはできないとわかっていても、二人がいるといないでは心の余裕が違うとわかっているのだ。


「甘えてもいい?」

 姉のような二人を見つめる。

「お互いにカバーできるとこをするだけよ。守りたいものは一緒なんだから」

「そーそー。意外と使えるんだよ?」

「感動しました、リルム様! リアン様!」

 ゼレイが抱きつきにいく。

「おやぁ、君はわたしたちを役立たずだと思っていたのかな?」

「いいえ、もっと無責任だと思ってました!」

「ちょっと可愛がってあげたくなっちゃうじゃない」


 さすがに少し苛立たしげな様子。泣き笑いで息が苦しくなってしまう。


「ジュネ君のところに行きたくなったら行っちゃいなさい」

「あれは優良物件よ、間違いなく」

「連れて帰るのがベストだけどねー」

「なんで茶化すのよ!」


 リリエルは従姉妹の優しさに浸っていた。


   ◇      ◇      ◇


「この規模の軍事施設を建造運用するのは大変じゃなかったかい?」

 エルシに訊いてきたのはジュネである。

「ブラッドバウの性質上、艦隊運用でも良かったのだけれど、そうすると要員のメンタルヘルスの維持が難しくなるかしら。いっそのこと造ってしまうほうが楽ね」

「名目だけの桟橋(ピア)要塞ではなく本格的なものにした理由がそれ」

「ええ」


 バンデンブルクは縦長の独楽(コマ)みたいな形状をしている。上半分は居住フロアがメインで、下半分が軍港施設になっている。

 直径が8,000m、全高にいたっては12,000mもある。床面積ならば首都機能を備えた都市が五つは収まる。


「これでも艦隊全ての五分の一でしかない二千隻しか収容できないのよ」

 その分の乗員(クルー)しか上陸できないということ。

「その二千隻の戦闘艦を持っている惑星国家が幾つあると思ってるのかな? 宙区単位にすれば数えられるほどさ」

「そうでしょうね。でも、(G)(F)は五万隻艦隊とも十万隻艦隊とも言っているじゃない」

「質を考えれば話は別。だから星間管理局はゴート宙区を無視できないんだよ」

 青年は苦笑している。

「この規模の要塞が単独で超光速航法(フィールドドライブ)可能なんだから堪らない」

「地上施設にすれば運用上の利点は多々あるわ。でも、どこかの国に間借りすれば要らぬしがらみができてしまう。それは避けたいかしら。星間管理局もそうではなくて?」

「否めない」


 本格的な中立機関を目指した以上、惑星上に本拠地を建造するのは諦めざるを得なかった。一応は各国に供出金も募っているので、どこかを身びいきする事態は避けないといけない。


「ガルドワみたいに衛星一つを本拠地にして施設を分散させれば楽よ」

 しかし、あそこは特殊ケースである。

「それでも本星とのしがらみは断てないもの。ゴート本星みたいに再開拓が必要な場所なんて都合よく無いでしょう?」

「確かにね。食料とかエネルギー問題をクリアできれば運用は楽になる。初期投資が目もくらむほどの額になるのを除けばさ」

「戦後のドサクサに色々誤魔化してしまったわ。今さら、そのあたりを言及してくる人ももういないのではなくて?」


 幾つもの星系から素材を掠め取ってきている。対価は払っているが、買い叩いた印象は拭えない。それでも足りずに未開の惑星系の素材も活用しているが。


「難しいだろうね。国家を超えた規模の治安機構、それも個人運営となると滅多なことは言えない」

「動きの速さは比較にならないものね」

 それがリューンやエルシの狙いであった。

「意思決定に時間を要さない。長所としては計り知れないかしら」

「問題はトップが変節しないか否か。影響力に酔わなければこれほど有効な組織はない。一番困難な点のはずなんだけどさ、君たちはクリアしている」

「リューンの意思が残っているうちはね。決して永遠に維持できるなんて思ってないわ」


 ジュネはバレルの家の人間の健全性を見抜いている。強力な新しき子(ネオス)の感性によるもの。


(それでいて精神はニュートラル。これほど裁定者に適した人物はいないわね)

 彼女でさえ底知れぬものを感じている。


「君がやればいい」

 顔も向いていないのに見つめられている感覚。

「エルはぼくが彼の理解者だなんて思ってるみたいだけど違う」

『誰かさんは感情表現が下手くそだから』

「黙ってなさい、マチュア」

 朱髪のアバターを手で払う。

「マチュアの言うとおりさ。リューンの死にも無表情だったとか言われてるけど、それは彼の悔いの無さを知っていたから。君が一番近い」

戦気眼(せんきがん)は遺伝する異能だしね』

「一族の監視役をやれと?」

 隣を歩く青年に問う。

「頼れる家族でいい。自身も望むままにね」

「他では言わないでくださらないかしら?」


 エルシは久しぶりに羞恥という感情を思いだした。

次回『遅れてきた子(1)』 「丁重にお迎えしてちょうだい」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 ○ス・スターでも建造するんか?
[一言] 従姉妹さんたちの会話が息ぴったりで和みました。 微笑ましい!
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