機動要塞バンデンブルク(4)
両親にたっぷりと甘えたリリエルは次の日、総帥室へと足を向ける。以前はリューンが使っていたその部屋は今、伯父のレームを主人としていた。
(バンデンブルクを見ておきたいって、どうしたのかな、ジュネ。まあ、同席してもらうと伯父様と話せない内容もあるんだけど)
彼女にとっては家だが、一応は大規模軍事施設でありその運営に関わる部分である。
(それなのに朝っぱらからこの娘は)
当たり前のようにゼレイがくっついてきている。ヴィエンタだけ呼んだつもりが、どこから嗅ぎつけたか一緒にやってきた。
「出しゃばらないのですよ? いずれはあなたもお嬢の腹心として働くために勉強させているのです」
そういうことらしい。
「そんなことしません。っていうか、わかりません」
「堂々と言わない」
「そんなぁー」
最初から拳骨を落とされている。
「戦闘で働けるだけでは使い物になりませんよ。降格されたいのですか?」
「嫌です。褒めて伸ばしてください」
「剣王閣下がご存命なら一番に振い落とされたタイプですね」
ゼレイは「げ!」と嘆いている。多少は危機感を抱いたか。
(お祖父様は甘えを許してくれない人だったもんね)
記憶の中の祖父は厳しい一面も持っていた。
リリエルが人一倍努力したのはアームドスキンに乗るのが好きだったこともあるが、なにより頑張れば頑張るほど彼が喜んでくれたからだ。成果がともなえばなおさらである。
(一回も勝てなかった。今、戦ったら勝てるかな? そしたら、どんなに喜んでくれただろう)
祖父との模擬戦は遊ばれているようなものだった。面白がっているようだったし、リリエルも楽しかった。別の意味で二人にとっても遊びだったのだ。
(大口を開けて笑うお祖父様が好きだった)
良くも悪くも感情の起伏が激しい人物だった。それでいて芯はブレない。自分の周りに集まってくる皆を幸せを守ろうとする姿勢。その根底には祖母フィーナの存在が大きかっただろう。
晩年をともにできなかった悔しさはあるが、彼女の成長がリューンの望みでもあった。リリエルはこれからの生き方で愛情を返していかねばならない。
「失礼、伯父様」
応答を待って入室する。
「ああ、すまない、リリエル。出向かせてしまったな」
「別に。忙しいのは伯父様のほうだもん」
「未だに慣れない。向いてないんだろうな、僕は」
一概にそうとはいえない。伯父レームは自身に合う腹心を育てられないまま総帥代理をしている。祖父を助けていた事務官がサポートをしているが、性格の違いから噛み合わない部分も多いようだ。
「仕方ないんじゃない。お祖父様の遺したしがらみとかもあるし」
ガルドワ然り、アルミナ王家然り。
「父のように何事もスパッと決断できればいいんだろうが、つい自分でも調べないと気が済まない」
「真面目なのよ。スタイルが違うんだから気にしなくても。諸々はお祖母様がよくご存知のはず」
「情けないよな、母に頼らないとなにもできないとは。波風なく君に受け継げればいいのだが」
あまりに大きな父親を見て育って、ずっと迷ってばかりだったと聞いたことがある。母コリネのように適当に生きられれば良かったのだろうが長男の自負というのもあったか。
「心配しなくても組織の基盤は確かなもの。意外とそういうとこ、抜け目ない人だったし」
仲間を飢えさせないためだったろうし、エルシの助言もある。
「運営は滞りないよ。治安活動のほうが僕の決裁がいるから遅れが出るだけ」
「あはは、そっちは迷うくらいでいいと思う」
「そう言ってくれると助かる」
(みんながジュネみたいにはできない。あんな裁定者みたいな真似)
即断即決には舌を巻く。
「彼が上手にバランスを取ってくれているみたいでレイクロラナンの運用のほうも問題なさそうだね? 予算枠に余剰金が出ている」
報告にはしっかり目を通してくれている。
「うん、表の仕事とV案件で星間管理局から入ってくる収入で問題なくまわる感じ。わりと贅沢させてるのにね」
「そういう厳しさが君は父にそっくりだ。乗員には贅沢させるくらいでちょうどいい」
「ほらね。人の使い方は伯父様のほうが上手いのよ。自信持って」
(自分を繋ぎだと思ってるみたいだけど、あたしの体制になっても働いてもらうんだから。堅実な人がバックアップにいないと始まらない)
副総帥の椅子に座る人物は決まっている。
「ありがとね、エル」
伯父のデスクにだらしなく尻を乗せている女性が言う。
「この人、あたしが褒めてもなかなか調子に乗ってくれないのよ」
「ルギーに甘やかされてると思ってるのかしら?」
「失敗したかな」
彼女は伯父の妻のシュルギット・ガネー。今、四十二歳である。レームが三十六歳なので六つ年上。結婚当初はたらしこんだと陰口を叩かれたと聞いた。
本人はさっぱりした性格でトップクラスのパイロットでもある。父のペズがコリネより十も年上なので年の差など気にならない。周りを優秀なアームドスキン乗りで固めるのは組織の性質上ウケもいいと考えている。
「言わないであげて。伯父がぞっこんだったんでしょ?」
祖母に聞いた。
「なんか、ほだされちゃったのよね」
「周囲に振りまわされた挙げ句にルギーに溺れたって有名な話」
「聞こえが悪いからやめてくれ」
この話が伯父の弱点。
当時十四歳だったレームが後継問題に翻弄されて逃げ込んだのがシュルギットのところである。腕利きで気風の良い彼女に騒いでいた連中は黙らされたのだ。
「幸せそうな顔で言われても説得力ない」
「それなのよ。ちょっと叩き直さないと駄目みたい」
レームもパイロットだったのだが最近はあまり乗っていない。それどころか肥満体型になりつつある。ストレスに苛まれているなら、こうはならないはずである。
「わかった。運動もする。ちょっと時間が取れないだけなんだ」
弁明している。
「ルギーとイチャイチャする時間はキープしてるのに?」
「誰がそんなことを言ってる?」
「コリネ」
伯父は「あいつー!」と唇を噛んでいる。
(コリネはお父さんが、伯父はルギーがガードしてくれてる。これなら健全性は守れるはず。事務方はどうしても派閥争いが好きなのよね)
そういう人間との緩衝役をやってくれている。
組織の複雑化はリリエルも望むところではない。事務方に操られるようになれば面倒なことになる。
ペズとシュルギットは祖父の遺してくれた要である。リューンは人を見る目も確かであった。あとはエルシと一緒に目を光らせておけばいい。
(大きくなるほど面倒になるのはほんと)
大規模組織の運営に関してはある人物の薫陶を受けている。その人も近々やってくるので久々に会える。彼に無様を見せたくはない。
「リルムたちは?」
二人の従姉妹とはまだ会っていない
「相変わらずだ。なにを考えてるのかわからんがふらふらしてる」
「伯父様にあたしを排除して乗っ取るつもりがないなら好きにさせておけば?」
「そんなだいそれたこと考えてもいない。でもな、タダ飯食らいでは体裁が悪い」
娘を酷評する。
「あなたが産まれてなかったら、あの子たちを鍛えないといけなかったんだろうけどね。あたしも自由にさせていいと思ってる」
「それでいいんじゃない、ルギー。咎める気なんてないけど、それとなく聞いておこうかしら」
「話しやすいかもね。よろしく」
彼女も二人の従姉妹を追いだす気などない。囓れる分だけ親のすねを齧っていればいい。叔父たちはそれに値する働きをしてくれている。
「もったいないですよね。リルム様もリアン様も結構乗れるのに」
「乗れるのと、戦闘に耐えられるのは別の話ということですよ」
辞去したリリエルはゼレイとヴィエンタの評を耳にしつつ二人を探した。
次回『機動要塞バンデンブルク(5)』 「それでも可愛い彼女に手を出さない?」