機動要塞バンデンブルク(3)
途中で「優秀な遺伝子ならうちが……」とか言いだしたゼレイを家に送り返して話を続けている。女同士で子供を設ける技術は星間銀河圏で確立されているが、リリエルは利用する気はさらさらない。
「なかなかに大変でしたね?」
ジュネがフィーナを気遣っている。
「そういう血の運命なんでしょうね。でも、あの人を愛したからには受け入れるわ。彼が作りたかった世界も守りたいと思ってるの」
「あなたは組織の長というタイプではない。それでも努力していらっしゃるのはそう思っているからなんですね?」
「ええ。身の丈に合わないことをしていると思う。助けてくださる?」
彼は「望まれるなら」と答えている。
「君がどんな世界にしたいのかわからないけど」
「リューンと同調したんですよ。彼は弱い人を守りたかった。ぼくは善人が善人であるほど幸せでいられる世の中にしたいと思う。夢物語ですけどね」
「あの人なら理解するでしょうね。もっと若ければ君を助けて働きたいと思ったはずよ」
ジュネが希望を口にする。初めて聞いたかもしれない。しかし、彼の行動を見ていれば頷けるのも確かである。
(そうか。だから司法巡察官になることしか考えてなかったのね)
実現に一番近い職業だろう。
「それは考えものですね。あの人はぼくを光の側に立たせて自分は悪役に徹しようとしたでしょう」
ジュネは肩をすくめて言う。
「そんな生き方はさせられません。あれほど人の尊厳に真摯に向き合う方に汚名を着せるなど許せませんよ」
「ありがとう。最高の手向けよ」
「英雄は英雄のまま歴史の住人になるべきです。生きてる人間が足を引っ張ってはいけない」
祖母は少し涙をにじませている。
「リリエル、素敵の人を見つけたのね」
「でしょ? 普段の行いがいいから」
「うふふ。さあ、家族に元気な顔を見せてあげなさい」
フィーナとエルシと別れて総帥室とは反対側へ。家族用の居室の並びにその部屋はある。プレートには『ペズ・マーニー コリネ・バレル』と書いてあった。リューンはリリエルの父親だからといって特別に役職を与えていない。
「お父さん、ただいま!」
彼女は母の手を放して父に抱きつく。
「やあ、お帰り、エル」
「それだけ? なんか言うことない?」
「うーん、そうだな。そろそろ子供みたいに父親に甘える年でもなくなってきたんじゃないか?」
拍子抜けな返答。
「違う。大人になったとか女っぽくなったとかそういうの、ないの?」
「思ってるさ、もちろん。しかし、父親の立場でそれを言うのは気恥ずかしいもんだというのもわかってくれ」
「あいかわらずシャイなんだから」
朴訥な男である。ブラッドバウの派手な活躍に引かれてやってくる荒くれ者が多い中で生真面目なペズは浮いた存在だった。だが、周囲の熱狂にとらわれず純粋に守ろうとしてくれた姿勢がコリネの心を射止めて結婚に至る。
「ジュネに泊まってもらってもいいよね、お父さん」
否やは無しと含める。
「いや、せっかくなんだから帰ったときくらい家族水入らずでいなよ。ぼくはゲストルームを借りるから」
「えー。じゃ、夕食は食べていってくれるでしょ?」
「それは喜んで」
ペズは料理上手である。コリネはあまり上手いほうではないが父に任せておけば大丈夫だろう。
「だったら、頑張っちゃおうかな」
「お暇します。ごゆっくり」
ジュネが間髪入れず言う。
「だー! もー、コリネは座ってて。邪魔しないで。お父さん、お願い」
「わかったよ」
「ぶー。ペズ、エルが意地悪言うの」
夫に甘える様は見た目親子に近い。
「まあまあ。たまには自動調理器も休ませてあげようじゃないか」
「わたしが吟味した最高の食材をご馳走してあげようと思ったのに」
「少しは学んだのね」
リリエルは一番の被害者だ。時折り張り切ってしまう母親の実験結果に苦しめられてきた。やはり気まぐれな性格は料理に向いていないと思う。
「で、進展は?」
「無し」
父を手伝うべくキッチンに入ると母がこっそりと訊いてくる。
「どうしてよ。そんな奥手に育てた覚えはないのに」
「ゼルにことごとく邪魔された」
「あの子かー。抹殺しないと」
物騒な冗談が飛びだす。
「いいの。なるようにしかならないんだから。そうじゃなくたってジュネは淡白なほうだし」
「確かに。自分から手出しさせるくらいじゃないと長続きしそうにないわよねー」
「そんな不誠実じゃないと思うけど、おざなりなのは嫌」
惰性で付き合うような関係は望みではない。なんでもいいわけではなく、彼のほうから求められるくらいになりたい。
「お願いだから、父親の横でそんな話をするのは勘弁してくれないか?」
ペズが弱音を吐く。
「聞いてたの。やらしー」
「それはあんまりよ、コリネ。でも、ごめん。大事なこと」
「無論、彼との仲を認めないとかそういうつもりはないんだがね」
母は一方的に押しまくって父を落としたらしい。しかし、ジュネにはそれが通用しなさそうなので小細工が欠かせない。事そういう相談となるとヴィエンタかコリネにしかできないのである。
「匂わせとか、当然仕掛けてるのよね? それに引っ掛からないとなると、んー、搦め手とか?」
真剣に思案している。
「無理むり。頭の出来が違うんだもん。母親の『ファイヤーバード』とかいう人のこと、恨めしく思うときあるし。どういう教育をしたらあんなふうに育っちゃうの?」
「なかなかの強敵ね。参謀室に作戦立案させる?」
「どこの要塞を落とすつもりだい、君たちは」
ペズが苦言を呈するがリリエルは「そのほうがよほど楽」と応じる。なんとも微妙な顔付きをしながら野菜を切るという芸当をしていた。
「持久戦になるかしら」
「得意じゃないでしょ、エルは」
変なとこだけ母親である。そんなやり取りがありつつも夕食はできあがった。食卓からは懐かしい香りが立ち上っている。
「お見事ですね?」
ジュネが父を褒める。
「ああ、俺の父も料理が好きな人でね。直伝なんだよ」
「プラント経営をされてたんですよね?」
「主に野菜をね。自分で美味いと思えるものを作らないと気が済まないってのが口癖だった。今は兄が継いでるんだが、未だにうるさいそうだ」
そんな家族を守りたかったと父は言う。
「第二次統一戦争直後はまだゴタゴタしていたみたいですしね」
「田舎のほうは不安定だったよ。剣王閣下に逆らうような馬鹿が多かった」
「記録だと混迷と戦乱が長く続いたようですし」
気骨がものを言う時代だったと彼女も習っている。無秩序に広がってしまったゴート人類圏がまとまりを見せるまでの過渡期の様相だったらしい。
「星間銀河圏っていう巨大な人類圏を知って馬鹿な考えも失せたでしょ。それにひと役買ったのがブラッドバウだけど」
ガルドワやゼフォーンと並んで。
「安定した平和な時代を作らなきゃ。お父さんもなにか役職要る? 総帥の父親となったらそれなりの立場じゃないと」
「そんな考えは捨てなさい」
「え?」
真剣な目で説得される。
「お前は家族じゃなく皆のために剣を取らないといけない。閣下のようにな」
「そうだけど」
「上手に使うくらいでいい。俺はなんだ?」
考えるまでもない。
「すごく優秀なパイロット」
「だったらそう使え。それが一番の親孝行だ」
「はい」
(甘えさせてくれない。自分で選んだんだから自分の道を歩めっていうのね。どこまでいってもお父さんはお父さんなんだ)
父は自身を貫いてバレル姓を拒んだ。野心などまるでないのだ。ブラッドバウが平和の要になることだけを望んでいる。
そんな父を寂しくも誇らしくも感じるリリエルだった。
次回『機動要塞バンデンブルク(4)』 「剣王閣下がご存命なら一番に振い落とされたタイプですね」