機動要塞バンデンブルク(2)
他宙区の様子やそこで起こった事件など、話せる範囲のことを祖母のフィーナに教えていると母親のコルネがやってきた。感情の起伏の大きな母は軽く涙をにじませながらリリエルに抱きついてくる。
「やめてよ」
ジュネの前で気恥ずかしい。
「寂しかったのよぉ。だって、なかなか帰ってきてくれないんだもん」
「だから修行中だって言ってるじゃない。そのうち、最低でも年の半分はここに縛りつけられることになるのよ?」
「ええー、総帥になったらずっといてくれるんじゃないのぉ?」
(そこが問題なの。司法巡察官のジュネに一緒にいてとか言えないんだもん)
最大の難点である。
祖父リューンとの約束を違えるつもりはないが総帥の務めをフルリモートというわけにはいかない。人材に困らなくとも体裁というものもある。
「大丈夫。ジュネは説得してあげるから」
心を読まれた。さすが母親である。
「そうはいかないでしょ。あたしは枷になるつもりはないの」
「辞職してもらえばどこかに行く必要もなくなるじゃない」
「このお馬鹿。星間管理局が手放してくれるわけない」
今度は青年の首っ玉に巻きついたコリネが勝手を言う。ジュネは苦笑しているがあり得ない話である。
(そんな綱渡りみたいなことできるもんですか。戦争になるだけ)
彼までゴート陣営にまわれば星間銀河圏はいよいよ危機感を抱くだろう。力の天秤は大きくこちらに傾く。間違いなく座視してくれない。
(ジュネとあたしで星間管理局とゴート宙区の架け橋になるくらいでちょうどいいの)
どちらにも顔の効くキーマンに収まる。そうすれば危険な事態を引き起こすことはなくなるはずだ。
「ねー? ジュネはわたしのこと『お義母さん』って呼びたいでしょ?」
ねだっている。
「気が早いですよ。エルがぼくを選んでくれるかどうかもわからないのに」
「そんなの決まってるじゃない」
「さあ。それより放してもらえませんか? 恥ずかしいですから」
母は「なんでー?」と不思議そうに言う。
「相変わらずお若い。ドキドキしてしまうんですよ」
「あははー、お年頃だもんね。けど、エルで我慢してね」
「コリネ!」
ジュネのそれはお世辞ではない。事実、母のコリネはまだ三十五歳である。リリエルが今十九歳だから、彼女は母が十五のときに産んだ子なのだ。
なので母親のことを「お母さん」とか「ママ」とか呼ぶのが苦手。まるで姉のような人をそう呼ぶと老けろといっているような感じがして気が引ける。いつまでも若くいてほしいという思いもある。
「ほんとに少年だった頃のジュネはすっごく可愛かったけど、まだまだ可愛い盛りねー」
コリネはまだ十一歳だった頃の彼も知っている。
「もう身長で負けてるじゃないの」
「サイズは関係ないの。気持ちの問題よ、気持ちの」
「はぁー、ごめんね、ジュネ」
騒がしい母親に閉口する。変わらないのをホッとしてもいるが。
「そうか。コリネさんはエルの年にはもう君を産んでたんだね?」
子育ての真っ最中だった。
「うん。憶えてること少ないけど」
「んふー、可愛かったのよ、エルは。すごくヤンチャで手を焼いたけどねぇ。お祖父ちゃん大好きでずっとまとわりついてた」
「へえ、あの剣王にですか」
事実なので抗弁できない。
「憧れだったの。自信たっぷりで格好いいお祖父様、素敵だったし」
「あの人に勝たないといけないとなると大変だね」
「そ、そこはね……」
(頑張ってよ)
と言いたいが言葉を濁した。
「リューンの娘となると引く手数多だったんでしょうね。それで早くに結婚されたんですか?」
母に訊いている。
「あー、うん。あの頃は色々あって」
「実はね、彼の後継に関して皆が騒ぎだしてしまってね」
「そうだったんですか?」
フィーナが答える。
今は総帥代理を長男で伯父のレームが務めている。フィーナの意向を聞きながらという状態で繋ぎの運営をしている状態。平時ということもあって特に問題は起きていない。
「あの人はなにも言わなかったんだけど、下の人たちは気になるみたいで」
「仕方ないかもしれませんね。創始者のワンマン運営だったわけですから」
後継問題が浮上したのは星間銀河圏加盟が成って一年後のこと。当時三十三歳だったリューンには男児のレーム十二歳と女児のコリネ十一歳がいた。ただし、二人とも戦気眼に関してはごく弱い能力しか発現していなかったのである。
「自分の属する組織が弱体化するかもしれないと思ってしまったのでしょう」
「悪気はなかったのだと思うわ」
そうなると剣王が元気なうちに次代を担える子供をと望み、二人に早くパートナーを付けるよう求める声があった。あるいは次の子を作ってはどうかと。しかし、リューンはその意見を無視する。
「ブラッドバウを維持したり大きくしたいって気持ちはあの人にはなかったの。元々、すでに使命を終えてる組織だと思ってたんでしょうね」
「確か、打倒ライナックのために立ち上げられたんでしたね?」
周囲だけが盛りあがる状態が続き、当事者であるレームやコリネまでもが辟易するほどになってしまう。押しつけられると嫌になってしまうもの。そんな騒動の中で、リューンを尊敬し下心なく二人に接してきた人物が現れる。のちにそれぞれのパートナーとなる人物。
「シュルギット・ガネーとペズ・マーニーがそうね。二人とも優秀なパイロットだったわ」
フィーナが回想する。
「皮肉にも皆が望むように子供たちは早くに結ばれて子供を設けたの」
「逆効果が効果を生む面白い結果になったわけですか」
長男レームの六つ年上だったシュルギットが二十歳で第一子の女児を産む。続いて次の年にもまた女児を授かった。
ところがこの二人、リルムとリアンもあまり強い戦気眼を示さなかった。周囲を落胆させる結果になったのである。
「レームへの風当たりは強かったわね。色々と陰口を囁かれていたの。もっと子供を、できれば男児をって」
心無い言葉をぶつけられたという。
「安定した枠組みが壊れるのを怖れる気持ちはわからなくもありませんが、どうにもいただけませんね」
「見かねたあの人が一喝したの。『てめぇら、ブラッドバウをあのライナック一族みてえにしたいのか!』って。同じ轍を踏むのを極端に嫌ったのね」
「よく『解散だ!』って言わなかったものですね」
祖母は「喉元まで来てたわ」と暴露する。
(さすがジュネ。お祖父様が言いそうなことを見事に言い当てちゃう)
リリエルも思いつくが。
「次の年にはコリネがエルを産んだの」
回想はつづく。
「驚いたことに、まだ赤ん坊だっていうのにリューンの戦気に確実に反応してたわ。彼がちょっとイラついただけでピタッと泣きやむんだもの。面白かったわ」
「何回聞いてもモヤッとするんだけど」
「遊んでたのよ。それ以上に期待してた。最初から子供を大切にする人だったけど、あなたを一番抱いてたもの」
祖父のたくましい腕に抱かれていた感触がほんの僅かだけ残っている。
「ともあれ、皆は安心したわ。それからほとんど騒がなくなったもの。あなたの代まで繋げば安泰だって」
「ほんと、勝手なものね」
「もっと勝手を言うと、あなたがジュネを連れて帰ってくれたら誰もが安心するでしょうね」
祖母までもが悪戯な笑いを浮かべる。彼女に組織を維持する希望はなくとも、剣王を慕って集まってくれた者を路頭に迷わせるのは本意ではないらしい。
(わかるけど、本人を前にして言うことじゃないでしょ。ジュネにプレッシャー掛けてどうするつもりなのよ)
いたたまれなくなるリリエルだった。
次回『機動要塞バンデンブルク(3)』 「それは考えものですね」




