機動要塞バンデンブルク(1)
戦闘艦レイクロラナンの本格的整備のためにリリエルは定期的に帰っている。なので、それほど望郷の念が湧き立つわけではないが二年となると久しぶりとは思う。
(帰りました、お祖父様)
彼女はメイン桟橋の碑に向けて黙祷する。
そう、血の誓い創始者『剣王』リューン・バレルは亡くなっている。それが二年前のこと。そのときに帰って以来だ。
(あのときジュネは間に合わなかったけど)
事案の途中にリューンが危ないと聞いたリリエルはジュネを置いてすぐさま戻った。そのお陰でどうにか今際のきわに間に合ったが、彼が駆けつけたときには祖父は身罷っていた。
(まあ、お祖父様らしい最期だった)
涙に濡れる彼女の頭に置かれた手はまだ力強かった。しかし、頬はこけ体力的にぎりぎりの状態なのは一目瞭然。衰えない闘志に輝く瞳だけが生を示している。
「へへへ、逃げ切ってやったぜ」
それがリューンの最後の言葉。
数えるのも馬鹿馬鹿しいほどの戦場を駆け抜けてきた祖父を誰も殺すことができなかった。どれほどの恨みと命を背負おうともアームドスキンのコクピットにいる彼は無敵だったのだ。大好きな敬愛するリューンのまま逝った。
(満足だったのかな? わかんない)
アームドスキンパイロットの平均寿命は一般に比べて著しく短い。もちろん戦死者も含まれるのが最も大きな要因なのは確か。
ただし、引退しても長生きはしない。それは現役中の慣性力の所為。恒常的にパイロットが受ける慣性力は内臓に多大な負担を掛ける。対処薬を服用しても限界はあり、現役が長いほどに機能損傷は蓄積していずれ臓器不全で絶命する。
(享年五十五か。動けなくなるまで現役だったことを思うと普通かもしんない)
多くのパイロットが四十歳くらいを目処に、遅くとも四十五歳には引退するようであれば七十歳くらいまでは生きられる。しかし、引退しなければ限界近い年齢だと思われる。
(最期の最期まで剣王は剣王だった。そう在りたいとお祖父様が願ったから誰も止められなかった)
リューンが人生を悔いたことはないだろう。血の運命に翻弄された時期があったとしても信じるままに生きてきた。彼女という戦気眼の血を濃く受け継いだ孫がいたのが心残りを和らげたと思いたい。
「立派な方でやしたね?」
隣でタッターがしみじみと言う。
「どうかしら? 人によってはさんざん好き勝手して死んだって言うかもよ」
「そいつは現実を知らない馬鹿でやんす。閣下の功績はゴート宙区が誇ってよいものでやんしょう」
「ありがとう。報われる」
誰よりも彼女が誇っている。
「素晴らしい人だったよ」
「ジュネ?」
「彼は弱い人でも安心して生きられる世界を望んでた。自分が強いからこそ、そう在らねばならないと信じていたよ」
祖父がジュネを気に入って色々と話していたのは知っている。しかし、どんな会話をしていたのか聞いたことはなかった。今、初めて聞かされたのである。
「やめてよ。泣いちゃう」
「泣いてもいい。あの人は『泣き虫娘が』ってからかうかもしれないけどさ」
一緒にいた時間は短いというのに彼は祖父の理解者だった。悪ぶって暴言ばかりだったリューンの本質を一番知っているのかもしれない。
(この人がいてくれて良かった)
肩に頭を乗せる。
祖母のフィーナがまだ若い幼馴染をレイクロラナンに乗艦させると決めたのは孫娘が消沈するのではないかと案じたからだろう。しかし、傍にはジュネがいたのでそれほど落ち込むこともなかった。
「あたしはブラッドバウを受け継ぐ」
そう心に決めている。
(だから、あなたはお祖父様の志を継いで)
そう言いたいけど口に出すのははばかられる。ジュネにはジュネのすべきことがあるのだ。バンデンブルクに縛りつけることなどできない。それは星間銀河圏にとっての損失となる。
「いつまで悼んでいても剣王は喜ばないよ。ぼくたちには成すべきことがある。そのために今は君も心の休養が必要だろうね」
帰郷を楽しめと言われる。
「うん、そうする。まずはお祖母様を喜ばせてあげないと。ゼレイ、来なさい」
「はい、エル様。居候はいらないんじゃないですか?」
「こら、お祖母様も彼を気に入ってるの!」
乗員を解散させる。彼らも家族のもとに帰してやらねばならない。乗艦の整備とともに一番の目的でもある。
ゼレイも彼女同様孫娘のように扱われていたため挨拶したいだろう。リリエルはジュネと幼馴染を連れて祖母のところへと向かった。
「お帰りなさい、エル」
柔和に微笑む祖母に抱きつく。
「ただいま、お祖母様。お元気でしたか?」
「ええ、変わりないわ。皆が良くしてくれますから、あなたは安心していなさい」
「はい。もう少し勉強させてもらいます」
最初は夫を喪った祖母フィーナを置いて旅立つのを悩んだ。しかし、本人に覚悟していたから大丈夫と送りだされては反論できない。時折り様子を聞くようにしていた。なにより祖母にはエルシもついている。
「ただいま、エルシ」
ゼレイに場所を譲って今度はゼムナの遺志に抱きついた。
「私とは久しぶりというわけではないではなくて?」
「身体ごとってわけにはいかないでしょ。だから久しぶり」
「甘えん坊なんだから」
リリエルにとってはもう一人の母親のようなもの。彼女が与えてくれたもの、彼女から学んだものはあまりに多い。バレル家を支えているのがエルシである。
リューンが死んで一時は彼女も去ってしまうのではないかと危惧した。しかし、少なくともフィーナが亡くなるまではバンデンブルクにいると約束してくれた。
「それ以降どうするかはあなた次第よ」
そうとも言われている。
(あたしが協定者に足る存在になれればともに生きてくれるってこと。その高みに手を伸ばさないと駄目)
常に上を見ているのはその言葉を本当にするためである。
まだ上がある。もっと強くなれると信じてやまないのはエルシが見ているから。彼女の中に可能性を見出しているのなら、潰してしまうような一生など御免だ。
「ご苦労さま、ジュネ」
美女の人工知性はリリエルを抱き寄せたまま青年に向く。
「いえ、あなたが目を光らせてくれているのでゴート宙区のことは気にしないでいられます」
「そうだわね。星間銀河圏との問題でまで君の手を煩わせたくはないもの」
「そう願いたいものです。ここはあまりに魅力的すぎる、技術的にも文化的にも」
ジュネは常々ゴートのことを危ぶんでいる。この宙区がどうこうではなく、他の宙区が手を伸ばすのではないかと憂慮しているのだ。
リリエルにしてみれば常識で気にならないが、アームドスキンの運用に特化した人類の文化は垂涎の的だという。陰謀を巡らせるだけの価値は十二分にあると考えているようだ。
「それこそ君みたいな子が一人いればなんの心配もいらないのでしょうけど、驚くべきことにそれを引き当てたのがあのマチュアだもの。あの変わり者ではなにをしでかすか」
頬に手を当てため息を吐く。
『人をなんだと思ってるのよ。わたしがジュネを思いどおりに動かすと思ってる? この子の自由意志にさせてるわよ』
「そう? へそ曲がりのあなたなら色々と画策しててもおかしくなくてよ?」
『そんな暇ないの! ジュネの能力を最大限引きだせるようにトリオントライをアップデートするだけで手一杯!』
彼のσ・ルーンから出現した朱髪のアバターが嘆く。
「底なしだものね。だからこそ、あなたに任せておくのが不安にもなるのよ」
『おかしな手管は使わないでね。選ぶのはジュネのほうなんだから』
「ええ、忘れていないわ」
(あたしは選ばれようと必死なのにね)
選ぶ側とされているジュネがちょっとうらやましいリリエルだった。
次回『機動要塞バンデンブルク(2)』 「大丈夫。ジュネは説得してあげるから」




