バイフォース(3)
「フェイ」
「リ……、ルーエン、わたし、居ても立ってもいられなくて」
リリエルの呼び掛けは咎める口調ではなかった。
「ただ、わたしたちジャーナリズムがすべきことをしなければならないと思ったんです」
「それはかまわない。ただし、気合い入れなさい。あなたの顔、国内放送からハイパーネットまで流れてるから」
「ええっ!」
朱色カラーのアームドスキンが飛ばした投影パネルにはフェイのバストショットが映っていた。あまつさえ『フェイ・クファストリガ』とフルネームまで表示されている。ライトフライヤーの通信用機内カメラのものらしかった。
「し、失礼しました」
焦るが自分のすべきことに立ち返る。
「現在トリゴー議事ビルの正面エントランス前です。あわや都市警察とデモ隊が衝突かという事態でしたが阻止されました。それは、あのルーエン・ベベルによるものです」
正確に伝えなければならない。なにが起こっているのか真実を。本来、唯一の務めのはずである。
「ここ、トリゴーでは次の選挙で政権交代が起こると持ちきりでした。しかし、それを怖れた政権与党は議会の解散総選挙を渋り、引き伸ばし工作を行っていたのです」
かいつまんだ経緯を説明する。
「しびれを切らした市民デモがこの議事ビルに迫っていましたが、致命的な事態には至っておりません。ルーエンが無駄な流血を防いでくれたのです。皆さん、冷静になりましょう。わたしたち有権者にできることは自ら代表者を決めることで、代表者に暴力的な制裁を加えることではありません」
当たり前のことでも改めて説明されると我に返るもの。デモ隊の覇気はしぼんでいくのがわかる。聞く姿勢ができたことで次の段階に進む。
「ルーエン・ベベル、あなたは間違いを正すためにやってきたのですか?」
「まあ、そうね」
一拍置く。
「やはり正義ではないと」
「それもあるけど根本的なところで間違ってるから。こんな茶番で怪我人や最悪死人が出るなんて寝覚めが悪いでしょ」
「茶番? なにか異なる思惑があると?」
そういう意味にしか捉えられない。
「御覧なさい」
「これは!」
「革新党の資金の流れ。表に出てるものじゃないけど」
そこには外資企業からの政治献金の額が並んでいる。どれも一般人から見れば法外な額で皆を驚かせるに十分なものだった。
「そんなことが? 外国企業からの政治献金は制限が設けられています。これは、その枠を遥かに超えているものです」
少し齧った人なら知っているルール。
「リストに並んでる企業は全部隣国セドーのもの。どうやら革新党とやらはずいぶんセドーと仲良しなのね?」
「有ってはならないことです。彼らはなんのために……、あっ、これは与党民政党の不正を追及するときの資料ではないですか。それもセドーから流れてきていると」
「そうみたいね。こんなのはどう?」
新たな文書には革新党政策素案と銘打たれている。
「なんとセドー企業の優先的な誘致、それと莫大な融資計画。政権奪取のときにはこれが実行されようとしているのですか?」
「で、出鱈目だー!」
「そうかしら? ある筋から入手したものなんだけど」
デモ隊からの声にリリエルが応じる。自信有りげな様子にフェイは気づいた。
(バックアップがあるって言ってた、星間管理局の。もしかして?)
疑惑は確信に変わる。
多数のリフトカーが走ってきてデモ隊を囲うように停車していく。その車両の側面には『星間保安機構』のロゴがある。制服を着た都市警察とは違う警官が整理するように誘導を始めた。
「我々は治安維持活動の一環としてやってきました。内政に干渉するものではありません。強制ではありませんが、市民の皆様は誘導にご協力お願いします」
誰一人として武器を手にするものはいない。その言葉に間違いはなさそうだ。
「では、この内部情報の出元は……?」
フェイはインタビュアーと個人の意識が半々になってしまう。
「そ。国家間貿易上不均衡な状態が予想される事態が発生しそうなんで協力してるだけ。あたしは別に正義の味方でもなんでもない。ブラッドバウの仕事としてやってるの」
「それはやはり星間銀河の秩序を守るためですね」
「そう表現したほうが格好いいかな。ちょっとしたお手伝いよ」
最初からGSOのアームドスキンが出てくると隠蔽の可能性があるためにブラッドバウが動員されたのだという。革新党側の反発を想定してのこと。
「お陰で尻尾を出してくれたわけ。スパイ工作容疑犯を洗いだせたんじゃない?」
「では、セドー陣営の工作員がこのデモ隊を誘導していたのですね?」
GSO捜査員が群衆の中に分け入って一部の人間を拘束していっている。リリエルの行動を批判していた人々だった。
「なんということでしょう。革新党の議員は売国行為に及ぼうとしていたのでしょうか? 政権を手に入れるという甘い汁を吸うために我々の血税を他国へ流そうとしていたのです。これは絶対に許されざるものでしょう」
これまでであれば巧みに隠されていたであろう汚職や不祥事が立て続けに発覚したのは隣国セドーのスパイの工作による民政党切り崩し戦略の一環だったらしい。それを知ったデモ隊の人間は愕然として固まっている。
「危うく大きな間違いを犯すところでした」
予算の出元が怪しげなサリエンナ・ドーチンの言動も、独自の調査網での暴露を標榜していたワミンゴ・ダラファの告発も、革新党の動き全てがセドーの経済侵略工作の前哨戦だったのだとわかる。怖ろしい企みだった。
「我々有権者はなにを見ていたのでしょう」
声音に実感がこもる。
「政権交代を新風と曲解し、経済を他国に奪われるという恐るべき事態を招こうとしていました。それもこんな暴力的手段によってです。省みなくてはならないことがあまりにも多い。そう思わせてくれました」
ジャーナリストの端くれとしてのプライドが語らせている。もう恥ずかしいとかそういう意識はどこかに飛んでいってしまっている。
「やはり、あなたは正義の味方です、ルーエン・ベベル」
切実な思いがこもっている。
「わたしたちはなにをやっていたのでしょう。ジャーナリズムは政権交代というセンセーショナルな状況を重視するばかりに売国に加担してしまいそうになっていました。お詫びしなくてはなりません。皆さんはどうですか?」
群衆は朱色のアームドスキンを直視することもできない。後ろのほうではこそこそと去ろうとする姿も多い。
「上辺だけの派手な政治ショーを追い求めるのではなく、普段から真摯に向かい合うべきなのでしょう。そうすればこのような事態は防げたものと思われます。我らがトリゴーが国家の格を落としてしまうような残念な事態を」
深く考えなくてはならいない事件だった。いち国民としてもジャーナリストとしても。
「他国の余勢を借りての力づくの政権奪取という革新党の野望はこれで潰えたでしょう。しかし、今を忘れればまた新たな陰謀が蠢きだすかもしれません。いつもいつも正義の味方にばかり頼っていてはいけないのです。自分たちの生活は自分たちでしか守れないと心に刻みたいとわたしは思います」
興奮して長々と語ってしまった。
「ありがとう、ルーエン・ベベル。わたしたちは今度こそ自らは自らで守れると約束しましょう。この国の平和と安全のために」
「よろしくね。あたしのこの身体も一つしかないんだもん。もしかしたら来てくれるかもしれないくらいのつもりでいてくれないと堪らないし」
「そうですね。『ジャスティウイング』はドラマなんですもの」
フェイはリリエルの軽口に笑いで応えた。
次回『ジャッジメント(1)』 「自重なされるのをお勧めしておきますよ」