バイフォース(2)
リリエルが議事ビルを望めるところまで到着すると、すでに小競り合いが始まっている。そのまま放置すれば全面衝突に発展しそうな勢いだ。
(情報どおりならデモ隊にプロが混じってそう。発砲されたら止まんなくなる)
最悪の事態になるだろう。
さすがに警察機は彼女の接近に気づいているが、足元の機甲部隊とデモ隊は目の前のことに夢中。叫ぶ民衆と阻止しようとする警官の列という図式になっていた。
「なぜ阻止しようとする! 我ら市民の声が届くと不都合なことでもあるのか!」
「議員はこの声を聞け! そのために選出されたのだと忘れたか!」
「即時解散! 即時解散!」
威勢のいいことである。半ば酔っているのであろう、自分たちがまさに国を動かしているという実感に。普段はあまり感じられない国民主権の実現に。
(やってることはただのテロリズムだけどね)
リリエルはうんざりする。
「ヴィー、ラーゴ、わかってると思うけど戦闘は無しね。威圧するだけで十分」
「了解っす」
「ゼルはあたしの後ろにいなさい。足元を抜ける奴を阻止」
一番危うげな妹分を前に出られない位置へ。
「後ろから抱きしめるんですね。乙女なあれを……」
「肘にキスしたい?」
「あっ、顔はやめてください」
着地しようとするとデモ隊も彼女たちに気づく。なにを勘違いしたのか歓声があがったが。
「おお、どこのアームドスキンか知らないけど援軍が来たぞ! 無法な警察のアームドスキンをどかしてくれ!」
「すごいぞ、味方だ。誰が呼んだ?」
デモ隊が場所を開ける。そこへ連れてきた十機を降ろした。もちろん警察機を制圧するためではない。
「そんなもの構えてるから連中を興奮させるの。やめときなさい」
ビームバルカンを持つ手を下げさせる。
「む、どこの機体だ?」
「ここは堪えないと連中の思う壺よ」
「しかし、このままでは」
割り込んで「いいから」と告げる。
「命令されてるはず。こっちから撃たない。よろし?」
「わかっている」
言い聞かせる傍ら、デモ隊のほうはヒートアップしている。彼らが警察機を排除しに来たと思っているのだろう。
「いいぞ! 今のうちだ!」
「突入! 突入!」
「誰がそんなことをしろと言ったの?」
リリエルは足を滑らせて機先を制する。先頭の群衆は巨大な金属塊が目の前を行き過ぎるとたたらを踏んだ。
「なぜだ!? 我々の援護に来てくれたんじゃないのか?」
勘違いもはなはだしい。
「はずれ。つまんない喧嘩を止めに来ただけよ」
「喧嘩だと? そんな幼稚なものじゃない。これは有権者の権利を行使しているのだ!」
「有権者だって立入禁止場所に勝手に入る権利なんてない。それともアポがあるの? 見せなさい。代表者は誰?」
スピーカー音量を上げて言葉を突きつける。
そうすると勢いは止まった。群集心理に興奮して押しかけてはきたはいいが、実際は個人の責任を追及されたくなどないのだ。急速にしぼんでいく。
「それは……」
「関係ないなら去れ! 政府の犬なら我らの敵だ!」
「ふーん」
発言者をチェックする。意識スイッチでマークしていった。強い敵意、戦気を飛ばしてくる者もマークしていく。そのデータを転送する操作をした。
「アポがないなら解散しなさい。正式な手続きを踏まないのはただの犯罪」
「違う! 政府が市民の声を聞かないからだ!」
「市民の声なら選挙で示したんじゃない? その責任はあんたたちにあるはずよ」
正論をぶつける。
「それを言うなら責任を遂げるために来たのだ。腐った民政党を引きずり下ろすのが我らの責任だ」
「それは正規の手続きで抗議すべきだって言ってんの。それと選挙で示しなさい」
「その選挙を阻んでいるのが腐った政治家どもだ!」
理屈をこねくり回すのが上手な連中だ。活動家というのはそういったものである。口で勝つのは容易ではない。
(はーあ、そろそろ札を切ってもいい、ジュネ?)
リリエルは面倒になってきていた。
◇ ◇ ◇
(わたし、こんなとこでなにしてるの?)
フェイは苦悩していた。
(自分の国のことなのよ? それなのにリリエルに全部任せて高みの見物? そんなの許されるわけがない。ましてや、ほんとは政治を正していかなければならないジャーナリストの端くれの立場で)
芸能人を追いかけているのも下積みのつもりだった。いつかは本来の立場に返って人々に真実を問う役目を担いたいと。
それなのに目の前の仕事に汲々としていた。評価されたくて、芸能人の尻尾を掴むのばかりに夢中になっていた。
(彼女はわたしより若いのに颯爽と前を行ってる。その背中に触れるのもおこがましいくらいに毅然と)
堂々と自分を主張するリリエルの姿は憧れを思いださせる。
(無力なままでいいの、フェイ? あなたはなにをすべき? 今こそが勇気を振り絞って前に進むべきときではないの?)
だからといってなにができる。彼女の中にはそんな葛藤もある。自分一人の力は小さいのだ。リリエルのようにアームドスキンで力を示すこともできない。
(なにかを背負ってるわけじゃないし)
大人数の配下がいるわけでもない。
(違う。そんなん関係ない。一人ひとりがすべきことをしなかったから民政党はやりたい放題だったんだわ。その結果が政治腐敗で、そこに付け込もうとしているのが革新党。彼らに自分の大事な未来を託していいの? わたしにもできることがあるはず)
唇を噛んで必死に頭を働かせる。しかし、デモ隊を抑止できるような力はどこにもない。
(そうじゃない。リリエルが快く動いてくれたのはなんのため? わたしにもできることがあると信じてくれたからじゃないの?)
フェイが振るえる力はなにか。
(言論よ。アームドスキンのパワーにもビームの破壊力にも絶対に勝てないけど、人を動かすだけならこんなに有効な武器はない。実際に革新党のやった手口がそれなんだから)
走りだした。まずは行かなくてはならない。声が届くところへ。
「ライトフライヤーを」
反重力端子を搭載した軽航空機。本来はレポーターなどを現地に派遣するための乗り物。オシグ社を始めとした報道機関は持っている。フェイも補助するためにライセンスを持っていた。
「使います!」
「おい、聞いてないぞ」
「許可は取ってありますから」
整備班に嘘を吐いて操縦席に乗り込む。パンツスーツのままなのだから疑われても仕方ないがそんなのはどうでもいい。今は一刻でも早く現場へ行くときだ。
(リリエルのところへ)
イオンエアジェットの推進音を立ててライトフライヤーが飛ぶ。デモ隊を撮るライブドローンを掻き分けるようにして議事ビルの前にと到着した。
(できる? ううん、周りを飛んでるドローンになら声を届けられる)
各社の中継ラインを利用できる。
「ご覧ください、皆さん! 正義の味方ルーエン・ベベルがやってきてくれました!」
できるだけ通る声で。
「憶えていますか? ジャスティウイングの相棒のルーエン・ベベルです。彼女が我がトリゴーを救いに来てくれたのです」
ブラッドバウ部隊の上で静止した。そこで独自に中継をはじめる。
「彼女はなにをしようとしていますか? デモ隊突入の阻止です。暴力的な政権交代を止めようとしています」
ライブドローンのカメラが彼女に焦点を定めているのを感じる。
「それが正しい行いだからです。我々有権者は正しい手続きで声を届けなくてはなりません。暴力に訴えるのはただのクーデターです。市民革命なんて格好良いものじゃありません。なぜなら最初から政治を正す権利を持っているから。これは間違った手段です」
フェイは声の限りに訴えた。
次回『バイフォース(3)』 「ルーエン・ベベル、あなたは間違いを正すためにやってきたのですか?」




