バイフォース(1)
「今までが間違ってた。トリゴーは変わります。それをひしひしと感じる。そうですよね? 僕は革新党に期待します」
フェイは不安を禁じえない。これが政治コメンテーターの口から出たのなら一つの主張で収められる。しかし、イケメン俳優の言葉となると意味が変わってくる。
(またたく間に拡散。今や一大ムーブメントね)
若者は狂喜乱舞で乗っかろうとしている。
古今東西、芸能人が政治的主張をすると炎上しがちである。ちょっとツッコまれるとすぐにボロが出るからだ。不見識なまま、なんとなく時流を掴もうとして軽い気持ちで発言するからそうなる。
(だから、そういうのは避けるのが暗黙のルールみたいなものだったのに)
いとも簡単に破られる。
そして、セオリーも崩れる。いつもなら出る杭を打つように皮肉屋が現れて論破する。謝罪という報酬を得て自己満足に浸ろうと燃料を焚べる。
ところが今回ばかりは皮肉屋が劣勢。大多数の意見に阻まれて押し込められている。彼女が属すマスメディアも普段は助長に動くくせに取りあげようともしない。
「異常よ……」
思わずこぼす。
(まるでなにか熱病に浮かされたかのように政権交代に向かってる)
大きな潮流ができあがっている。
(不可視の力が働いているみたいに。それもかなり力づくで)
早足で通路を行く。危機感が背を押している。なぜ他の人が気づいていないのかわからない。完全に暴走状態にしか思えないのに。
「ダミトフ先輩、これ、なんなんです?」
「ああん? どうした、フェイ」
「先輩の記事ですよ、デモ取材の」
そこには議会解散を求める市民の声の数々。題材は普通といえば普通なのだが、公平性を著しく欠いているとしか見えない。賛美するかのような内容。
「ぴったりだろうが。今やそれ一色だぞ」
悪びれもしない。
「冗談じゃないです。わたしたちはそのへんの情報通気取りの一般人とは違うんですよ? 専門家です。もっと違う側面からも分析しないと駄目なんじゃないですか?」
「誰がそんな記事を読みたがるんだよ? どいつが金を払ってまで読んでくれるんだよ? お前、時流が読めないのか? 記者失格だぞ」
「なにを言ってるんです。この前会った一般人以下の政治音痴たちにトリゴーの将来を託すんですか?」
とても信じられない。
「試しに任せてみればいいじゃないか。人間、やってみると案外できるもんだろ」
「子供のお遣いじゃないんです。失敗したら取り返しがつかないこともあるんですよ」
「なんだ、心配性だな」
全く取り合ってくれない。ダミトフまで同じ熱病に罹っているのではないかと疑いたくなる。
「まあ、見てろ。どうにかなるもんだ」
「船が沈むとわかっていて黙って眺めてるんですか?」
正気の沙汰ではない。
「簡単に沈むもんかよ。国なんてとんでもない大船だろ? 多少穴が空いたって案外平気なもんなんだよ」
「傾いた船から振り落とされる人のことは無視ですか」
「もし失敗するんならさせときゃいい。それが民主主義ってもんだ」
体のいい方便を使う。苦しむのは自分以外の誰かだと決めつけるように。しかし、それを助長しているのは誰か?
(リリエルに一味だって言われても返す言葉がない)
そんなのはお断りしたい。
「そのときにオシグ社は責任取れるんですか? 私たちが間違っていたと謝罪するだけで済むと思ってるんですか?」
堪らず噛みつく。
「ばーか、そんなことしねえよ」
「じゃあ、どう……?」
「批判するに決まってんだろ、失敗した革新党を。俺たちはそれが商売じゃないか。絶対に責任取ったりしないぜ。いつも正しいんだからな」
異常なことを平気で言っている。
「変です、そんなの」
「変じゃないの。そういう役割なんだよ。憶えとけ」
「嘘、そんな……」
愕然とした。政治家も政治家ならジャーナリズムもジャーナリズムだ。根本的に腐っている。
(どこへ連れていかれるの?)
フェイの危機感は恐怖感に変わった。
◇ ◇ ◇
「助けて、リリエル。止められない。みんな、おかしいの」
フェイの頼れる相手はもう一人しか思い浮かばなかった。
「そんな筋合いはないとわかってるわ。あなたが本当の正義の味方の相棒じゃないってことも。でも、お願い。先輩が首都で起こってるデモの取材に行っちゃった。きっと速報で褒め称えて煽る気なんだわ」
「了解よ」
「これが英雄的行為だなんて勘違いさせちゃったら大変なことになる。運動は全土に広がってどうしようもなくなるの。そこで被害者が出るようなことに……、って、え?」
あまりに意外すぎて理解が遅れた。
「だから了解。止めてあげる」
「いいの? あなたには関係ないことなのに? そんなことして大丈夫?」
「表側から見てるだけじゃ見えないこともあるの。でも、匂いは漂ってくるもの。それに気づけたフェイは立派な記者よ」
意味不明だ。
「それってどういう……?」
「あとでわかる。じゃ、発進するからまたね」
(発進? ほんとに?)
彼女の言う発進には一つの意味しかない。
慌てて駆けだす。オシグ社には各地にライブドローンを飛ばして現状把握する仕組みがある。ライブルームでなにが起こるか確認したい。彼女は確認しなければならないのだ。
(デモ隊はどこ?)
わざわざ探さなくともオペレータがすでに把握していた。現地の情報収集に努めている。荘厳な佇まいを見せる議事ビルに迫ろうとしていた。
「なんということでしょう。政府は議事ビルの前にアームドスキンを並べています。民意を無視して議会の解散を求める声を阻もうとしているのでしょうか? 我らオシグ社は民政党のこの姿勢を強く非難します」
専門のレポーターが吠え立てている。その後ろで指示しているのはダミトフだ。彼がこの事態を強引に進めようとしている。
(ウケるから? 賛同を得られるから、有料記事に飛んもらえるから、一時的でも世間的な称賛を得られるからってこんな無茶は許しちゃいけない。マスメディアがすべきことじゃない)
しかし、フェイの声は届かなかった。ダミトフを説得するだけの言論を持っていない。同じ社に属し、止めることができなかったのならば同罪なのではないか。
「都市警察機甲部隊はデモを阻止するつもりなのでしょうか? そんなことは断じて許されません。政府は市民の声に応えるよう強く訴えます」
レポーターの舌はここぞとばかりによく滑る。
「おーっと、機甲部隊が銃を構えているのが見えます。なんと無法なことでしょう。市民を守るはずの警官が市民を攻撃しようとしています。民政党政治の腐敗が生みだしたもの、成れの果てと言って過言ではないでしょう」
通常は出入りを禁じられている場所だ。押し入ろうとすれば抑止行動をするに決まっている。それをわざと曲解するように伝えている。
(違う。今だけじゃない。わたしたちはずっとこんなことをしてきた。人を動かせる発信力があるのをいいことに、まるで国を動かしているかのように振る舞ってきた。国民に選ばれたわけでもないわたしたちが)
どっぷりと浸かっていて気づけていなかったのだ。当然のように思っていた。
(間違ってる。しかも、そうとわかっても省みることもない。すぐに手の平を返して、さも自分たちの主張が正しかったかのように広言する。なんてタチの悪い……)
絶句する。見えるようになった目には過ちしか映らない。
「……は? なんですか、あれは? 議事ビル前に接近するアームドスキンを確認しました。ずいぶんと派手ですがどこの……?」
画角に映る。それは見事な朱色カラーをした機体だった。
「リリエル!」
フェイは思わず歓喜の声をあげた。
次回『バイフォース(2)』 (やってることはただのテロリズムだけどね)