ソフトトーク(3)
「ここからの話は真面目に聞かなくていいから」
フェイはリリエルにそんな前置きをされる。しかし、とりわけ親しくなったとは思ってもいないのに彼女の言を疑う気にはなれない。
「あたしの血統、『ライナック』と呼ばれている者には戦気眼という異能があるの。発現したりしなかったり強かったり弱かったりする能力なんだけど、これが評価基準の一つだったりするのよ」
いくらなんでも、にわかには信じられない。
「能力者?」
「そう。眉唾ものでしょう? でも、持っている者は明確に感じられるの、あたしみたいにね」
「えっと、どう受け取れば?」
政治の話をしているはずだった。
「まあ、例え話みたいものだと思って。証明する術もないし。ただ、ブラッドバウの人間は信じてる。常人では不可能な剣王の英雄譚をそれで説明できるから」
「そういうものだと考えればいいのね?」
「そしてギフトは責任だと思ってる。力ある者は社会の安寧に貢献すべきだと考えてるってこと」
単なる責任感と受け取るのは難しい。なにか特殊な思想的なものだと考えなければ飲み込めない。
「力を持ち、統べる者は正しく在らねばならないという自戒」
鋭い視線に怯む。
「って、格好つければそれまで。要するに他に使い道のない力なのよ。踏み外せば即破滅に通じるほどのものだから持て余してる。それなら褒められる使い方をしたほうが良いってだけ」
「びっくりした」
「組織を維持するために兵器産業っていう方便は使う。供託金を募って宙区の用心棒をする。星間管理局と被ってるのよね」
一転して軽い口調。
「そんな組織だから政治もなにもない。荒くれ者の寄せ集めを親分が仕切ってるだけ。他国と交渉するのにちょっとだけ政治も齧ってるくらい」
「そう? でも、しっかりした考えを持ってるみたいだけど」
「どうかしら? 結局人が徒党を組めば多少は必要になってくるんじゃない?」
大勢を取りまとめようとすればそれなりに知識を必要とする。それが統率力というもの。結局はそれの拡大版が社会であり国であり政治であると言いたいのだろう。
「それなりの覚悟があるってこと」
中心にいる覚悟のことか。
「正しいとはいえないけど一つの形なのかな。腐ったらすぐに蹴落とされる椅子だもん」
「腐ってる暇なんかないのね」
「どうなんだろ? そんな感じ」
リリエルは苦笑している。
「うちなんかと違って、国ってそう簡単に途絶えさせていい機構じゃないじゃない? だったらそれなりの安定した統治者の仕組みってのが必要になってくる。選挙とか議員とかそういうやつね」
「民主政治の原理よ」
「本来なら人格を評価すべき選挙なのに人口の全体数が増えれば増えるほど伝わってこなくなる。そうなるとどうなる?」
選挙の意義そのものを問われる。否定できないが絶対的に正しいともいえない。
「知ろうと努力しなくては駄目」
理想論でしかないがフェイは信じたい。
「そんなに人は勤勉じゃない。直接当人を選べないとなると身近な指導者に頼ろうとするのが人情ね。しがらみとかも影響するし。そうして組織票が生まれる」
「褒められたものじゃないけど」
「残念ながらそこに腐敗の入り込む余地がある。そうして出来上がったのが民政党なんじゃない?」
正鵠を射ている。
「そのとおりね」
「そして、いつしか腐敗に倦むのよ。あんな連中に任せておけないって。ところが、今まで人任せにしてきたもんだから選び方を忘れてる。すると。どうすると思う? 耳触りの良いことを言う相手に任せようとするんじゃない?」
「ええ、それが革新党」
自分たちに好都合な公約を掲げている。あるいはこれまでの政治を一新しようとする意思を感じられる。そんな相手を探すだろう。
「それっぽい政策を謳う人が注目を浴びるわけね」
「中身が空っぽでも」
リリエルは辛辣なことを言う。
「正解よ。いかにも革新的な政治をしそうに思えていても彼らは実務をなにも知らない。話してみて思い知らされたわ」
「でも、その革新党を推しているのがフェイたちマスメディアじゃない?」
「それを言わないで。今、反省してるとこ」
髪を掻きあげて天を仰ぐ。行き先を見失っていた。
「理想ばかりで予算に無頓着なおばさん。相手を貶めるのが正義だと思ってる英雄気取りの色狂い。あー、やんなっちゃう」
盛大にため息を吐く。
「そんなんばかり?」
「そうよ。ある奴なんて、いい年こいて銀河の平和のために非人道的兵器使用を禁止するよう働き掛けるなんて言ってる。非人道的兵器ってなに?」
「兵器は全部非人道的なものよ」
彼女は断言する。
「でしょ? そこツッコむと軽くキレられちゃったわ」
「勘違いしてるのよ。例えば警官の使うレーザーガンは誰かを守るために使われるのだから人道的だって。レーザーガンはレーザーガン。警官が使おうが殺人犯が使おうが兵士が使おうが誰かを傷つける目的でしか効果を発揮しない」
「え? ちょ、リリエルがそんなこと言うの?」
彼女はブラッドバウが宇宙警察的機関だと言ったばかり。自己否定でしかない。
「じゃ、アームドスキンは?」
恐る恐る尋ねる。
「バリバリの非人道的兵器よ。乗ってみればわかる。生身の人間なんて虫けらほどにも感じないから」
「そんなに?」
「そいつ、どうやってアームドスキンの攻撃を防ぐって?」
当事者の意見は迫力が違う。
「戦闘艦や機動兵器を都市部で使用させない規範作りをするって。都市に防御フィールドを必要としない世界を作るって息巻いてたわ」
「馬鹿なこと。そんな理想、アームドスキン一機で打ち砕ける」
「だったらリリエルの考える平和への施策ってなに?」
聞いてみたくなった。実際に社会にも戦争にも接してる彼らが考える平和っていうものを。
「兵器の拮抗よ」
簡単に言ってしまう。
「それが非人道的だろうがなんだろうが、アームドスキンに対抗できるのはアームドスキンだけ。互いに潰し合いになるとわからないと人は手控えしない」
「そう……よね」
「だからゴート宙区はアームドスキン技術を無償解放したの。一部先進技術を除いてね。うちの宙区だけが強力な兵器を有するとしたら、対抗するには買うしかないと思わせたら、それはあまりにアンバランス。いつか危険を顧みずに集中攻撃をしようとする輩が出てくる」
だから目先の利益を放棄したのだという。
「それがアームドスキンの平和利用に通じると?」
「そうよ。非人道的な兵器なのは一番承知してる。要は乗る人間の思い一つ」
「自らを律することが全てだというのね?」
リリエルは頷く。まだ若い娘だというのに、どれほどの覚悟を背負っているのだろうか。自戒の果てになにを見据えているのだろうか。どんな歴史を刻んでくれば彼女のような人間が育つのだろうか。想像だにできない。
「っても、こんな商売だもん。平和のことしか考えてないとか甘言を吹き込んだりしないから」
破顔する。
「都合のいい御託を並べる気なんてない。昨日、フェイが会ってきた人物みたいにね」
「言わないで。悲しくなるから」
「でもね」
真顔になって覗き込んでくる。
「長年政治に接しているあなたの先輩? その人がなんの気掛かりもなさそうに革新党の面々の政権奪取を後押ししているのはなぜ? すごく妙に感じるんだけど」
「う……」
「あたしにわからないような複雑な事情でもある?」
(そうなのよね。さっきからずっと引っ掛かってた)
胸がもやもやしていたのである。
「わかったこと教えてくれない? 解消できるかも」
「ほんと?」
「ブラッドバウが域外で活動してるのは星間管理局のバックアップがあるからって思わなかった?」
フェイは改めて気づかされた。
次回『バイフォース(1)』 「助けて、リリエル」




