ソフトトーク(2)
ワミンゴ・ダラファは見るからに軽薄そうな男である。それも当然、最初から政治家を目指していた人物ではない。元は芸能関連の仕事に携わっていた。
動画配信者としても活動するようになり、差し障りのない程度の裏話などで人気を博す。しかし、次第に内容が過激になるにつれ業界を干された。
その後も当時のコネクションを利用して続けていたが、ネタに困って政界に手を出したあたりから風向きが変わる。政治に不満を抱く層からの支持が集まり、持ち上げられて議員に立候補。拾ってくれた革新党の議員として今が一期目である。
(人気はわかるけど、どんな政治活動をしているのか想像もつかないタイプ)
フェイの印象はそうだ。
「次の改選をクリアすれば二期目になるわけですが自信はお有りですか?」
ダミトフが尋ねる。
「もちろんさ。僕にはコアな支持者がいっぱいついているからね。ほんとの意味で民政党をぶった切ってくれるのは僕しかないって言われてるし」
「確かにそうでしょうね。様々な不祥事が露見してきましたが、あなたの配信をトリガーにしたものが少なくありません」
「でしょでしょ? みんな、痛快だって言ってくれてるよ」
世間の評価は事実。
「連中、馬鹿だよねぇ。揃いも揃って爆弾抱えてるのに平気な顔してるんだからさ」
「政治家の皆さんにも色々あるというものでしょう」
「でもさ、抱えきれないほどの爆弾持っているのに、次の一つに手を出そうとすんだぜ? そんなに僕を稼がせたいのかって思っちゃわない?」
(嘗めきった態度。そんなだから芸能界を干されたってわかってないの?)
不安感しか抱けない。
それぞれの分野に長く身を置いた者は相応の力を持っているものである。なのに、感じ取れていないのではないかと思える。嫌われてなんぼくらいにしか考えていなさそうだ。
「それで、次のターゲットはどなたなんです?」
先輩記者は切り込む。
「そんなの明かせないに決まってるじゃん。競合してるんだからさ」
「そこをなんとか。内容の一端だけでも」
「無理むり。スクープさらおうなんてそうはいかないぜ。対抗したいんなら立候補して内側に入り込むんだね」
「いえ、私にはそんな器はないんで」
(競合? どの口で言う? この人のはマスメディアがやってきたことの模倣じゃない。それを過激にしただけ)
ため息が出る。
マスメディアもただスクープを求めているだけではない。共存するためにはお互いに踏み越えない一線を維持しているものだ。
この男はそのレッドラインを悠々と超えていく。だから面白がられもするが煙たがられる。フェイから見れば潰されたがっているとしか思えない。
「どうしよっかなー? そっちの娘になら耳元に囁いてあげてもいいんだけど」
「いえ、彼女はまだ経験不足なのでご配慮いただいても上手には活かせないでしょう」
「手取り足取り教えちゃうよ」
そう言いながら隣の女性の太ももを触ってたりするのだからタチが悪い。怖気を顔に出さないのが精一杯だった。
しかし、先輩記者は見て見ぬふりで話を進めていく。彼女を守ってくれているのは感謝してもいいだろうが。
「色々とありがとうございました。なんとなく目星はつきましたので」
ニヤリと笑っている。
「敵わないなー、ダミトフちゃんには。普段はこんなにサービスしないんだよ?」
「こちらもプロなので。では、サービスついでに彼女にも質問させてもらっても?」
「いいよいいよ。なんだったら自宅の場所を教えたげる。そこだったらもっと深いとこまで聞かせてあげられたりするんだけどねぇ?」
そんな甘言に乗ればなにをされるかわからない。太ももをつねって顔が引きつるのを抑えなければならなかった。
「では、一つお願いします」
フェイの番だ。
「ダラファ議員は政界のことにはお詳しいとお見受けします。ですが、議員としてはそれだけというわけにはまいりませんでしょう? これから二期目を目指されるのであれば他のこともお聞きしたいのです。例えば外交に関してはどんな見識をお持ちなのでしょうか?」
「外交? それって僕の仕事じゃないし」
「いえ、あなたは我々国民の代表なのです。市民の安全を守り、経済を活性化するには外交は不可欠だと思いますが」
ワミンゴはキョトンとしている。
「全然。なんのことだかさっぱり」
「あー、具体的に質問させていただきます。例えば隣のゴート宙区のことをどうお考えですか? かの地からの技術は星間銀河圏に変革をもたらしたと思うのですが」
「兵器産業だけでしょ? それ以外はただの田舎じゃん。関わったってなんの利益もなくない?」
(これが国の行く末を託すべき議員? これに投票した人間の気が知れない)
呆れてものが言えない。
現状が全く見えていない。昨日、リリエルと接して直に感じたが、ゴート宙区は形態が確立している。そこだけで独自に発展できる文化を持っている。別に星間銀河圏加盟する必要性を覚えないほどに。
(そこと隣接しているっていうのに利益を感じない? ただの軍事的脅威でしかない? それさえも感じていなさそう。学ぶべきことは多いはずなのに)
がっかりさせられる。
「わかりました。ダラファ議員はまず国内に目を向けるべきだとお考えなのですね?」
「そうそう。僕が民政党の悪い政治家どもを一掃してあげるさ」
「ありがとうございました」
引き下がる。その後もなんだか調子の良いことを言っていたが耳に入らなかった。話すだけ無駄に思える。形だけの感謝を添えて見送った。
「今回の質問はいただけなかったな。あいつの性格からして、暴露以外のことに目を向けてるわけないだろ?」
「いえ、為人を存じあげていなかったもので」
「勉強しとけよ。ひととおり頭に入れとかないと咄嗟のときに困るからな。大物相手にしたとき、運が良けりゃ別の政治家を紹介してくれることもあるんだぜ」
若干虚しくなってくる。彼女の目指す政治記者とはこんなものなのだろうか? 相手に合わせてそれっぽいネタを引きだすだけなら政治の勉強など不要。政治家のリストを暗記するだけで務まる。
(勉強するほどに興味が薄れていくのはどうして?)
悩ましいことだ。
その後も数人の政治家と引き合わせてもらったが真にトリゴーを憂いていると思われる人物には巡り会えなかった。ただ、目の前の政権奪取に期待を抱いて絵空事ばかりを口にしている。
帰社した頃には徒労感しか抱いていないフェイだった。
◇ ◇ ◇
「そんなもんじゃない?」
呼び出しに応じてくれたリリエルは爆笑している。開口一番フェイの愚痴に付き合わされているのを不快に感じていないようだ。
「他人事みたいに」
「他人事だもん」
ばっさり切られた。
「一人の人間にそんなに広くの物事を見えてると期待するのは難しいものよ」
「だって相手は政治家なのよ? 見えててくれないと困るじゃない」
「そんな人がゴロゴロいたら人類はもっと発展してるって思わない? そうじゃないから目先のことで汲々としてる」
返す言葉がない。生活圏が広がり技術が発展しても人の精神文明の進化は一向に起こらない。それぞれの惑星の上で同じ暮らしを始めるだけである。
「幻滅してる? だからブラッドバウは一族主義にしたの?」
数百万もの人間を抱えているのに開かれた議会というものがない。
「ハズレ。能力主義にしたのよ。もし、血族以外でも統括に優れた人物が出てくれば総裁の椅子は譲られると思う」
「能力主義……」
「もっとも、うちの場合はその能力ってのに星間銀河圏の常識が通用しないんだけどね」
「へ?」
フェイには理解できないことをリリエルは言った。
次回『ソフトトーク(3)』 「力を持ち、統べる者は正しく在らねばならないという自戒」