ソフトトーク(1)
フェイが情報入力して自動生成させた記事の下読みと修正をしていると、見た顔がパーテーション内を覗く。懇意にしてくれている先輩記者のダミトフ・ドルセニコだった。
「フェイ、時間あるか?」
「急ぎの件はないですけど」
「だったらついてこい。補助の奴が別件に持ってかれちまいやがった」
一も二もなく飛びつく。なにしろ彼は政治記者だ。彼女の希望を知っていて、なにかのときには使ってくれる。勉強になるのをわかっていて目を掛けてくれているのだ。
「誰と会うんです?」
「革新党の何人かとアポ取り付けてある。政権交代の戦略とか今後の展望とか訊いてまわるぞ」
「すごい。ほんとですか?」
それが本当ならトリゴーの未来を直に知るチャンス。一個人としてもジャーナリストとしても大きな糧になるのは間違いない。そのうえ顔も憶えてもらえれば最高である。
「なにします?」
「いつものパターンだ。相手ごとに質問項目リストアップしてある。優先順位も振ってるから抜けがないかチェックしててくれ」
「はい」
インタビューしていると熱が入る。用意していた質問を限りある時間内に回答してもらうにはリストを作っておかねばならない。しかし、一々リストに目を通していれば相手の興を削ぐ。補助は抜けがないかチェックして、随時投影パネルに上げていくのが務め。
「気合い入れろよ。上手くいったらご褒美もくれてやる」
「お願いします」
つまらない物品や奢りなどではない。ちゃんとフェイを記者として紹介してくれる。それは未来の財産になる。
(本気モードでいかないと)
最大限の集中力を要する。
(リストチェックしながら回答内容と話の流れを把握しとく。聞き取りながら質問を飛ばしていけば時間短縮できて……)
ご褒美がもらえるだろう。
「よし、いくぞ。最初はドーチン議事会長だからな」
「大物じゃないですか」
「おう、渡りつけるの大変だったんだからな」
室内で待っているのは革新党のサリエンナ・ドーチン議事調整会長らしい。党の中枢をなす人物の一人である。
「お待たせ」
入室してきたのは確かにサリエンナだった。
「いえ、ご足労いただきありがとうございます。どうぞお掛けになってください」
「ええ、申し訳ないけれど昼食の時間しか差しあげられませんのよ」
「好きなものをお召し上がりください。なにせ経費ですんでご遠慮なく」
冗談を交えて笑わせる。場を和ませながら本音を引きだすつもりなのだ。
(上手。見習わないと)
リリエルを相手したときみたいな同年代の気安さに頼れない。
「キロトケー議員への疑惑追及、お見事でしたね?」
話を向ける。
「ありがとう。とはいっても、ずいぶんと追い込まれてらしたもの。ちょっと突いただけで失言の多いこと多いこと」
「いえいえ、議事会長の言葉巧みな誘導には感服いたしました」
「あなた方の専売特許ですものね。今日はなにをしゃべらされてしまうのかしら」
乗せるのも上手い。が、相手もさるもの、簡単には引きだせない。ダミトフはあの手この手で誘いを掛けるがのらりくらりと逃げられている。
「では、辞任に追い込めばファレナル総理の任命責任にも持っていけるでしょう。民政党内の不満を助長させられれば苦しくなって議会を解散させるのではありませんか?」
「さあ、どうでしょう?」
「そういう戦略なのかと思ってたんですけどね」
カマを掛けている。
「だからって認めるわけにはまいりませんもの。書かれてしまっては効果が薄くなってしまうでしょう?」
「もちろん書きませんよ、今は。書くのはあなたが与党の議事会長になったときです。見事な戦略だったと」
「お上手だこと」
録音状態の確認もしておく。先輩の手管を盗ませてもらうには絶好の機会なのだ。そのうえで自分の務めも果たしておかねば次に呼んでもらえない。
(頑張れ、わたし)
リストが底をつく頃にはへとへとになっている。
(もう一息)
「参考になりました。ありがとうございます」
ダミトフは満足してくれただろうか。
「ところで、こいつ、うちの記者でフェイ・クファストリガっていうんですけど、同じ女性のよしみで一つだけ質問を許してやってもらえませんかね?」
「ええ、よろしくてよ」
「ありがとうございます」
ご褒美の時間が来た。
「ドーチン議事会長は子供の学習機会の拡充に尽力されていらっしゃいますよね?」
「もちろん。未来の宝ですもの」
「希望者への課外無償教室の設置などを提案されています。党の大学無償化方針などと合わせると大変な予算が必要となってきますが、それはどうなさるおつもりなのでしょう?」
とかく革新党が掲げる政策には市民への甘言が多い。全体で見れば予算が幾らあっても足りそうにない。そのうえで新たな政策を提案するならば目算があるのか聞きたかったのだ。
「ご心配なのでしょうね。政権を取った途端に増税を言いだしたり公約をなかったことにしたりするのではないかと」
そんなつもりはないと言い添える。
「大丈夫ですわよ。現政権にはキックバックを目的とした公共事業が五万とありますもの。不要なものを仕分けして契約破棄すればその分の予算は浮きます。それを充当するのですわ」
「なるほど。どの程度あるとお考えですか?」
「それは皆さんの支持で政権を取らせていただかないとわかりませんことよ」
(あれ?)
疑問が湧く。
(よくわかってないお金をまわして公約に振り分けようとしてる? 足りるかどうかなんてわからないのに? しかも、それに関わっている国民の仕事が無くなってしまうのは考えてない?)
あまりにざっくりとした計算である。国家の舵取りをしようという人間がその程度の認識で大丈夫なのか不安になる。
(政治の道にいらっしゃるのだから、わたしが知らないようなこともご存知なんでしょうね。きっと大丈夫なんだわ)
それで納得する。
以上でインタビューは終了となる。フェイはダミトフの隣で最大限の感謝を述べて見送った。
「なかなか勉強してるじゃないか。相手が誰か知らなかったわりに面白い質問だったぞ」
「たまたまです。女性としてどう考えていらっしゃるかとか注目してましたし」
「ツッコミどころはもうちょっと工夫が必要だがな。あの方々は金のことは案外アバウトだ。良さげな政策を立ててから捻出しようとするからな」
(経済観念が違うみたい。わたしみたいな一般市民はまずどのくらい使えるお金があるかから考えちゃうんだけど)
考えを改めないといけないかもしれない。
「んじゃ、次行くぞ。今度はワミンゴ・ダラファ議員だ」
「話題の人物ですよね? よく時間いただけましたね?」
「この御仁の場合は弱点があるからな。案外簡単だ」
出向いた場所は、この時間帯に足を踏み入れるのを躊躇うようなところだった。ましてや彼女のような女性だと縁遠いところ。個室が用意されていて、広いソファーには肌色面積の多い服をまとった女性が肩を並べている。
「ここにいらっしゃるのですか?」
「こういうのが好みなんだよ」
思ってもみない答え。
「スキャンダルになるのでは?」
「今さらなんてことない。界隈じゃ有名な話だからな」
「そういうものですか」
冗談のような本当の話だった。しばらくするとマスメディアにも露出も多い革新党議員がやってくる。
「やあやあ、ダミトフちゃん。招待ありがと」
開幕から軽い。
「とんでもないです。ご足労いただくんですからそれなりの準備をさせてもらいます」
「最高だね。おやおや、かわい子ちゃんまで同伴してるとは。ねえねえ、君の名前は?」
「フェイ・クファストリガと申します」
「そうなんだ。ご愛顧しちゃおうかな、サービス次第だけど」
(この人、大丈夫なの?)
フェイは貞操の危機まで感じた。
次回『ソフトトーク(2)』 (競合? どの口で言う?)