エンカウンター(2)
フェイがテーブルをともにする娘リリエルはこうしてみると至って普通だった。とても軍事を生業としているような剣呑な雰囲気はない。
「流行りものには疎いから、そっち方面の話は勘弁ね」
自嘲している。
「忙しい? オシャレしてる暇なんてない? それとも宇宙生活だから?」
「そういうのもあるけど根本的に興味ないの。それに、彼、着飾って気を惹けるタイプじゃないし」
「ん?」
(そういえば、らしくない一面が。あの男の子を見たときだけ)
ピンとくる。
「恋してるんだ?」
踏み込みすぎないよう気をつける。
「幻滅した? 普通よ」
「安心した。軍事馬鹿だったらわたしに聞きだせる話なんて限られるもの」
「どこにでもいるつまんない娘よ。戦闘技術だけ幼いときから身に付けてきただけ。自発的だったって思いたいけど、そういう環境だったってのも否定できないもん」
暗に取材しても使えないと言われている気がする。
「等身大のほうがいいわ。そうじゃないと、わたしのジャンルで活かせない」
「ま、記事になるか否かはプロであるあなたに任せる。需要がある気しないけど」
「そう? 過小評価しすぎじゃない?」
真剣にそう思う。だが、リリエルは「最近、ちょっと悩んでるんだ」とこぼしている。自信を失っているらしい。相談に乗ると言ったら「ちょっと話せない」と断られてしまった。
「言えるとしたら、できないだろうって突きつけられてる感じかな」
薄い笑みには自嘲が含まれている。
「仕事のこと?」
「大部分は」
「軍事ってまだ性差別がある?」
切り込んでみる。
「違う。こっちだってそうでしょ? 機動兵器は筋力の差を埋めてくれる。アームドスキンは特に顕著よ」
「そうなの? だったら能力的なもの?」
「頑張ってきたつもりだった。でも、期待に応えられるくらいの自分になれてなかった。優しさが余計につらい」
自身に感じる限界と評価の話らしい。それはフェイも身近に感じるもの。ジャンルが違うとはいえ尽きぬ悩みは多い。
「それは彼が?」
恋するがゆえの思いか。
「それもある。けど、部下が自慢できる上官でもいたい。それがままならない感じ」
「目標に届きそうで届かないみたいな?」
「わかる? みすぼらしい姿しか見せられないのってしんどくない?」
(足掻いても成果に繋がらないってところかな。人間関係が悪くないだけに誇れる自分に手が届かない。慰められてる気分になるだけ)
彼女も同じ思いを抱いている。
一人前と認められているのも本当。若いからと芸能関係くらいしか書けないと思われているのもひしひしと感じる。
二十三歳でも四年目。同期にはまだ使いっ走りを抜けだせていない人が多いのを思えば、一人で動けているのは期待されているのだと感じられる。しかし、採用されるのは芸能ゴシップくらい。少し踏み込むと弾かれる。
(わたしだっていつかは大きなネタを扱いたい。軍事関係ってさすがに難しそうだけど政治関係くらいなら)
特に今の時期は。
「任されてみたいのよね」
実感がこもってしまう。
「そうそう。全くじゃないんだけど場繋ぎくらいにしか考えられてなさそう。最終的には自分が出て片づけるつもりなのが丸見え」
「すっごいわかる」
「やっぱりそう? 失敗しても怒ってくれないところとか」
リリエルも共感している面持ち。
「あたしの場合、特に血筋のこともあるから色々ね。フェイも若いのに一線級なのは、期待されてる感触あるのに難しい仕事は任せてもらえない?」
「ええ、使ってもらえるのは芸能関係くらい。そろそろ政治とかもやってみたいのにね」
「大変じゃない? 政治ってコネクション必要でしょ?」
意外と核心を突いてくる。リリエルも後継者の一人として政治的な教育も受けているのかもしれない。
「それだけによ」
指を立てて訴える。
「早いうちから顔を売っておくほど後々大きな仕事ができるような気がするわ。ましてや今は変革期。入り込むには打って付けなのに」
「そんな情勢なの?」
「もう既定事実と言っていいくらい。トリゴーが初めてだろうからわからないかもだけど、今度の選挙で最大野党の革新党が政権を奪取するわ。現与党の民政党はもう駄目。腐敗の巣窟になってるし、不祥事続出で有権者の心は離れてるの」
かいつまんで説明する。
「案外大変な時期なのね。それだけに切り込みやすいと」
「コネクションがないと話もしてくれない民政党になんて用はない。早く議会を解散しろっていう世論を無視して延命させてるだけだもの」
「勢いがあって民意に近い革新党ってほうが話を聞かせてくれるわけ」
やはり教育を受けているだけあって頭がいい。理解が早いのでついつい深くまで言及してしまう。
「オシグ社としても今のうちに食い込んでおきたい?」
「全面的に応援してるもの。それが今のユーザーの要望に応える内容になるから」
小さく頷いている。
「あなたもその一角を成したいのよね?」
「それはね。だって、足掛かりを作る絶好の機会。逃してなるもんかって思ってるのに、やらされるのは芸能ゴシップの取材ばっかり。まあ、そのお陰であのルーエン・ベベルを捕まえられたんだけど」
「じゃ、あたしみたいな小ネタに関わってないで特攻掛けるときじゃない?」
意地悪な笑みを浮かべている。
「ううん。これは個人的に一番興味あるとこ」
「なんだ。黙って行かせてくれないの」
「だーめ。許してあげない。恥ずかしい内情話したんだから連絡先くらい教えてくれる?」
リリエルは降参とばかりに肩をすくめた。オープンな窓口だろうが個人的に連絡できるアカウントを教えてくれる。
「トリゴーにいる間は話くらいしてあげる」
「よろしく。ゴート宙区の最近のこととかも聞きたいし。案外情報入ってこないのよ」
「ちょっと閉鎖的なことあるかもね。そんなに変わんないんだけど」
嘘ではないだろう。こうして接していても感性に違いを覚えない。単に相性がいいだけかもしれないが。
「ごちそうさま。じゃあ、またね」
「ええ。また」
リリエルが席を立って宙港出口へ向かうと少女が駆け寄ってきている。天然パーマの赤茶の髪を短めにした少女が腕を掴んで引っ張っていっていた。
(慕われてるだけに力足らずに悩んでいるのね)
まさに等身大の悩みに触れて親近感を抱く。間違いなく彼女はシネマヒロインではない。本物なら彼女にそんなところは絶対に見せてくれないものだ。
「さてと」
会計を済ませてコンソールスティックを閉じると立ちあがる。果たして使ってくれるかどうかわからないが記事生成ソフトにデータを打ち込む価値はあるネタだと思っている。
「使ってくれるかな?」
防音ブースを一つ確保して秘匿回線を繋げる。編集長にお伺いを立てなくてはならない。
「フェイか。大物でも捕まえたか?」
「もちろん」
はったりではあるが。
「本当か?」
「あのルーエン・ベベルに遭遇しました」
「ルーエン? 誰だよ」
残念ながら予想どおりの反応。
「劇場版『ジャスティウイング』に出てた彼女ですよ」
「あー、あのシークレットゲストか。話題にはなったが、ちょっとネタが古いぞ」
「誰も正体を掴んでないんじゃないですか?」
興味を惹くように話を持っていくが、あまり響いている感じがしない。もっと大物じゃないとアクセスを稼げないと計算しているのだろう。
「そんなんじゃ有料パートの穴埋めくらいにしかならん。もっとインパクトありそうなネタを拾ってこい」
「そんなの簡単に転がってるもんじゃないです」
「そうじゃなくたって政治ネタで十分スペース埋まってるんだ。そいつじゃ弱い」
(言いたい放題。芸能部でくすぶってるのが不満でしょうがないのね。少し膨らませないと)
フェイはあきらめて回線を閉じた。
次回『エンカウンター(3)』 「それとも血生臭いことばかりしてるほうがいいわけ?」