エンカウンター(1)
「え? え? ええっ!?」
フェイ・クファストリガは場所柄もわきまえず素っ頓狂な声をあげてしまっていた。それくらい驚いたのだ。
「なんで?」
芸能記者の彼女が宙港を張っているのはそんなに珍しいことではない。半ば日常である。ターゲットであるタレントの出入りがあるのはここ。仕事の動向を調査するにも、交際のチェックをするにも都合のいい場所なのだから。
「こんなとこで会えるなんて」
そんな彼女なので3DTVタレントなど珍しくもない。先輩の補助に同行させられることもあるので政治家も。しかし、星間銀河圏全域レベルの大物タレントを捕まえられれば驚きもする。それと同レベルの相手に遭遇したのだ。
「ルーエン・ベベル!」
印象的な髪色は間違えようがない。黄色みの強いストロベリーブロンド、ほぼオレンジに見えるポニーテールをなびかせて彼女は行く。染めているのではないかとの憶測も飛び交ったが、実際に見てみれば天然ものだとすぐわかる。
「ルーエン!」
通り過ぎる彼女に声を張るが気づかない。まるで別人の名を呼ばれているようだ。当然だろう。フェイは彼女の本当の名前を知らない。最後のスタッフロールでさえ伏せられていたのだから。
「君のことだよ、エル」
「え、なに? あたし?」
同道している青年に言われて振り返る。その顔は劇場版『ジャスティウイング』で世間を騒がせた娘のもの。時の流れに押し流されてしまったが彼女は忘れはしない。
「お願いです、ルーエン。お話を……聞かせてください」
息せき切って腕を掴む。
「誰?」
「わたし、フェイ・クファストリガといいます。このトリゴーで芸能記者をしている者です」
「げ!」
娘の顔がゆがむ。
「その名前で呼ぶってことはアレ関係?」
「はい、あなたを『ジャスティウイング』で知りました。ファンなんです」
「ファン? 取材対象じゃなくって?」
正直な気持ちをぶつける。そうしないと聞いてくれない気がした。作品の中の彼女しか知らないのだから演技だと言われたらそれまで。だが、本当のルーエンも熱血で一直線な女性だと思いたかった。
「プライベートなのよ。っていうか、プライベートもなにもない。あたしは素人で役者でもなんでもないんだから」
釈明に困っている。
「違うんです。ただ、話したいだけで。そりゃ、撮影のときの話だって聞きたいけど無理には……」
「そう言われてもね」
「お嬢、おいらたちは先に行ってるっす」
一団の中の男が声掛けする。
「うーん。じゃ、ヴィー、外まで出たら解散でいいから」
「わかりました」
「ジュネ?」
視線に媚びが混じる。
「ぼくはビルに顔出しておくよ。ごゆっくり」
「そんなぁー」
「振り切れるほど不人情じゃないでしょ?」
そう言う青年も幻想的な風貌をしている。暗い銀髪に右は紫、左は緑という見たこともない彩りを備えていた。真顔で観察されたが、すぐに微笑みに変わる。
「ジュネがそう言うなら」
折れてくれた。
「ありがとう」
「立ち話は勘弁してちょうだい」
「もちろん。あっちのカフェでいいですか?」
同行者の一団に囃し立てられながらその場を離れる。テーブル席を確保するとメニューを表示させて相手に向けた。
「お好きなものを。奢りですから」
笑い混じりのため息を吐きながら投影パネルをスクロールさせている。
「彼が勧めるんだから悪い人じゃないはずだし」
「はい? あの方たちって『ブラッドバウ』のメンバーなんですよね?」
「敬語はいい。どう見たって年下でしょ?」
心情的には難しいが、本人の要望を無視できない。
「そうしたいけど……、なんて呼べば?」
「非公表なら名前教えてもいい」
「ほんと!?」
娘はリリエル・バレルと名乗った。それを聞いてフェイは歓喜する。予想どおりだったからだ。
「気づいてたって顔」
目を細めている。
「調べたの。作品中でブラッドバウメンバーが『ボス』って呼んでたでしょ? さっきも『お嬢』って呼ばれてた。創始者リューン・バレルの関係者なのよね?」
「調べればすぐわかることよね。だから名前は出さない約束だったの。孫よ」
「すごい。でも、なんでトリゴーなんかに? 傭兵団みたいな感じだったからお仕事?」
仕事柄、つい質問攻めにしてしまう。
「なに言ってんの。一度帰る途中。お隣じゃない」
「ん、まあ、確かに。ここ、ベスティア宙区はゴート宙区に接してるわ」
「補給に寄っただけ。ついでに休暇」
ベスティア宙区に属する惑星国家トリゴーがフェイの国である。境界は八百光年近く先ではあるがゴート宙区に接していた。
「調べあげたんでしょ? 政治も軍事も詳しい人間揃ってるはずだし」
「まあ、その、ね」
リリエルに見せたプロフィールには社名も入っている。日刊でネットペーパーを配信している『オシグ社』、そこが彼女の属している出版社である。
調べればトリゴーでも有数のマスメディアだとわかるだろう。ジャンルごとの部署も多数あり、ルーエンの正体を暴くのに散々駆けまわった。
「出演にいたる経緯って訊いても?」
上目遣いで見る。
「別に。仕事絡みで立ち寄ったところがロケ地で、オイゼン監督にスカウトされただけ」
「さすが」
「とんでもない。アクションエキストラって話だったのに、顔出し頼まれて参ったのよ」
肩をすくめている。
「願望はなかったのね? じゃあ、再登場はないの?」
「あきらめてくれない? わかったと思うけど、あたしたちは玄人なの。見栄え重視の素人と絡むべきじゃない」
「本当に命のやり取りしてるんだものね」
リリエルの言うとおり、とことん調べたのだ。ブラッドバウの発足当時のことから最近のことまで。当初はレジスタンスだった彼らが宇宙警察みたいな組織にまで成長するまでの全てを。ごりごりの武闘派である。
「スコット氏はシリーズスタッフの中では屈指の名監督だけどリリエルの目から見たら素人だった?」
興味深い話だ。
「演出家としては優秀なんでしょうけど軍事は丸っきりね。スタッフも現実を知らなかったし」
「そうよね。軍事関連の先輩に訊いたら、あなたが出演してるあの一本だけ飛び抜けて生々しかったって。それ以降も幾らかマシになったけど、未だに超えてないって評価」
「仕方ない。だってあの作品、あんまりリアルに振ると成立しなくなるもん」
リリエルは苦笑している。
設定的に穴だらけなのは作品のファンである彼女も承知している。一時的に増えたリアル志向のファンはだんだんと数を減らしつつある現状。苦々しくもあるが、致し方ないとも思っている。
「そうかぁー、残念」
本音がこぼれる。
「マンネリ化が囁かれるシリーズが一皮むける契機になりそうだったのに」
「子供には安定してウケてるんでしょ? だったら良くない? あれ一本だけ異質だったって思ってちょうだい」
「うー、大人や玄人ウケする要素が入ればもうひと跳ねしそうだと思ったのに。そうしたら制作費増えてゲストも豪華になって楽しめるかなぁって」
子供向け路線を堅持されると大手を振ってファンだと公言できない現実がある。作品を観て感想を言い合えるコアなファン層がネットワークにしか居ないのは若干寂しい。同性同年代となるとお勧めしにくいのだ。
「イケメンの有名俳優とか呼べたら女友達に布教できたのに」
がっかりである。
「ロドニー・ベイザーじゃ役者不足? あいつ、サインの受け取り断ったら半泣きになってたけど」
「ロッドが? あーん、そういうの聞きたくなかったー!」
「あら、失礼」
単なる軽口である。
面白い裏話が聞けてフェイは満足だった。
次回『エンカウンター(2)』 「恋してるんだ?」




