正しい力の使い方(5)
「十分追い詰めた。今が勝負の仕掛けどころだろうね」
ジュネが告げる。
「ここからはビーム兵器は意味をなさない。使えるのはブレードと物理弾頭だけだよ」
リリエルの目前でもナクラ型ヴァラージの放つ生体ビームが透過性のある花のようなものに変じている。薄片の重なりとなったビームは花びらに分解され周囲を舞い始めた。
「空間エネルギー変換システム。トリオントライにはこれも積んであったの?」
「使えるものは一応ね」
フェイスガードが跳ねあがり、トリオントライの額にはレンズ機構が覗いている。前腕の甲側の装甲もスライドし、同じくレンズが装備されていた。鈍い輝きが宇宙を舞う薄片のそれと同じに見えた。
(エイドラ内乱でキュクレイスのロルドシーパが使った惑星規模破壊兵器システム。Bシステムの相殺兵器だって言ってたけど、ジュネは両方使えたんだ)
劣るわけではないということ。パイロットの制御能力が高ければ疑似ブラックホールの制御エネルギーまで奪ってしまうのも可能なのだ。つまり、今の戦場は彼の支配下にある。
「ナクラ型が危機感を抱くくらい追い込めば人型も道具扱いはできないさ、きっと」
「それで最初から使わなかったの」
戦闘開始時から使用すればジュネは満足に戦えなくなる。空間制御で手一杯になるからだ。そこを突かれ、人型がナクラ型を従えて接近戦を仕掛けてくるようだと劣勢は否めない。
しかし、ナクラ型が特応隊やブラッドバウを脅威認定した今は違う。不用意な接近を躊躇する。自律行動可能で本能的な生体兵器ゆえの強みを逆手に取った作戦である。
「全機抜剣! 反撃開始!」
「合点承知!」
リリエルが命じると配下は意気揚々と加速する。砲戦が無効化された現状は彼らの独壇場である。
「ブレード装備で包囲。絡め取ってアンチVを放り込め!」
「了解!」
特応隊も独自に動き始める。残った六体のナクラ型は生体ビームを封じられて飛び回るだけになっている。
「ゼル、お願いがある」
「なんですか、エル様?」
妹分を呼び寄せる。
「ヴィーとラーゴと協力してナクラ型の足留めをしなさい。動きを止めてアンチVを使える状況を作るの。いい?」
「わかりますけど……、エル様は?」
「あたしは人型に引導を渡してやる」
薄片で動きを封じられている人型二体をにらむ。散々苦しめられてゼキュランを大破までされた恨みをぶつけるとき。
「う、わかりました」
「よろしくね」
ゼレイが気おされている。そんなにドスの効いた声だっただろうか。思ったよりずっと鬱憤が溜まっていたらしい。
リリエルはフィットバーのグリップを握り直した。
◇ ◇ ◇
「ブラッドバウが鼻を押さえてくれます。スピードが落ちたところをアンチVで狙ってください」
ササラが仲介している。
ブレードを突き立てられたナクラ型が停止する。そこへ大型のアンチV弾頭が直撃した。薬液が内部に注入され、外殻組織がひび割れて剥離する。内部組織にも壊死崩壊の徴候が見られた。
(これなら心配なさそう)
フユキは自分の役目を実行に移すときだと感じた。
「ササラ、ぼくは人型をやっつけに行ってくる」
「大丈夫そう?」
「急がないとあんまり時間ない」
彼女が持ち前の広い視界で全体を制御している。その間にフユキは人型を倒しておかなくてはならない。ジュネが繰りだすエネルギー薄片に手こずっているうちに。
(ぎりぎりかな?)
時間はわずかしかない。Bシステムの使用で全力展開している重力波フィンの出力を頼って一気に加速。
(内蔵押しつぶされそう)
視界もブラックアウト寸前。瞼も痙攣していて距離感さえ怪しい。しかし、ジュネが作ってくれた光る薄片のチューブなら迷いはしない。まるで花びらに彩られた勝利への道である。
(叩きつけるだけ)
黒点を押しだすように右手をかざして突き進む。人型ヴァラージが慌ててフォースウイップを振り回すがそれも疑似ブラックホールが吸い込んだ。
(これで終わり)
胸の中心に大穴が開く。さらに周囲の組織片もねじれながら飲み込まれていく。躯体全体がひび割れ砕けながら小さくなっていき、最後には無理やり押し込むみたいに消えていった。
「お疲れさま」
「うん」
労うジュネにフユキは元気よく答えた。
◇ ◇ ◇
「あんたの所為であたしのゼキュランがボロボロじゃないのよー!」
「フシャー!」
リリエルの接近に人型ヴァラージが威嚇音を発しているが、ジュネの御するエネルギー片の猛攻に弾くだけで手一杯の様子。邪魔するものはなにもない。
「観念なさい!」
スラストスパイラルまで動員して防いでいるので釘付け状態。彼女はゼキュランを前傾姿勢で突っ込ませる。
「はあぁっ!」
「ジャッ!」
ひるがえるフォースウイップも本来の長さはない。リリエルはブレードで弾いて逸らす。そのまま反対の手首ごと刎ね、右手の一閃を脇腹に送り込んだ。
「ビギャアー!」
ウエストで断ち割られたヴァラージが吠える。だが、手は止めない。肩から体当りするように密接すると下からブレードを跳ねあげる。股間から脳天へと十文字に裂いた。
「どうよ!」
痙攣していた躯体が固まり漂う。全身に薄片がびっしりと突き立つと焼け崩れていった。最後には炭が残るのみ。
「上出来だよ、エル」
「ジュネ」
トリオントライが接近してくる。
「ナクラ型も全て焼き払われてる。お終い」
「よかった」
「本当にご苦労さま」
手を伸ばしたジュネのアームドスキンがゼキュランに触れようとする。労いなのだろうが彼女はハッと気づいた。
「触っちゃ駄目! ゼキュランは組織片まみれなの」
「なにを躊躇う必要があるの? 君が一生懸命戦った証じゃないか。組織片なんてあとで焼けば済むだけのことさ」
「でも……」
ジュネは止まらない。両肩を抱いて機体を寄せてくる。
「素晴らしい働きだったよ。さすがはぼくのパートナーだ」
「うん。……うん」
(足手まといなんかじゃなかった。ジュネに認められる仕事ができたんだ。嬉しい)
リリエルは脱力して身を任せた。
◇ ◇ ◇
「基本戦術としてはまだ検討しないといけない。でも、今回の件はうちの隊員には大きな自信になったろうね。アンチVの実用性も証明できたし」
オルドラダが話している相手はジュネ。
「気づいた点はまとめて送るよ。アンチVに関する対策も急がせる。特応隊が十分に機能する部隊に出来上がってて安心したよ」
「そう言ってくれると報われるね」
「こっちで忙殺されるようだと司法部巡察課のギャランティを受け取るのに気兼ねしそうだし助かる」
ひどい冗談だと、通りがかりに聞こえてしまったフユキは思った。
「とりあえず、うちのトップエースも安定してきたし、司法巡察官の仕事もしておくれ」
「その言い方嫌い」
「早々に部下の信頼を失うのはいただけないね」
投影パネルの向こうでくすくすと笑う青年。情けない面持ちになったオルドラダが弁明をはじめている。
「お疲れさま。平気?」
「ササラこそ。大変だった」
「ううん、鍛えられてるもの。このくらい、昔に比べたらね、恵まれてる」
「そうかも」
激戦の日々が思い出される。十二人の仲間とともに生き延びてきた彼らに怖いものは少ない。
「ぼくは追いつけたかな、あの背中に」
「どうだろうね。訊いてみれば?」
「え?」
投影パネルの中には焦げ茶の髪を短くした男の顔。少年が師と仰いでいるかけがえのない人物の姿だった。
「聞いたぞ、フユキ。よくやったな」
フユキはこみ上げてくる感情に迷いながら口を開いた。
次はエピソード『報じる罪』『エンカウンター(1)』 「ルーエン・ベベル!」