正しい力の使い方(3)
「システム?」
フユキはヴァルザバーンに問いかける。
『なんでしょう?』
「今のぼくで疑似ブラックホール制御システムはどのくらいの時間使える?」
『四分三十秒は可能だと思われます。インターバルは十五分。これは完全休息を想定した数値です』
戦闘状況を除くということ。
「現実的じゃない。一度の戦闘で一回しか使えない。それで全部倒すのは難しい」
『理論的には不可能ではありません』
「万能じゃないの、ヴァルザバーンもフユキも。全部背負おうとしないで」
ササラにも止められる。
状態はあまり良いとはいえない。フォーメーションを維持しつつ迎撃はしているがダメージは与えられていない。紙一重で持たせている感じだ。
「防御に使えたら流れを変えられるかと思ったんだけど」
タイキがしたように。
「ジュネさんが人型を引き受けてくれている間に削っていこう? 一対一じゃない限りBシステムはここぞというときに温存したほうがいいと思うの」
「わかった」
「欠点はあるから。教えてもらったでしょ?」
(ナクラ型は高機動タイプ。接近戦には脆いと思う。近づくのは大変だけど、近づいてしまえば通常武器でも倒せるはず。ヴァルザバーンは近接戦闘特化の機体なんだから)
そういう意味ではブラッドバウのほうが有利だと思える。しかし、彼らも苦戦しているようだ。最初に崩された所為で立て直しきれないでいる。
(惑星規模破壊兵器システムはそれだけで局面を変えられる武装。でも、一度しか使えないでは本当に切り札にしかならないな)
タイキくらい精神強度があれば防御にも使える。悲しいかな、今のフユキでは制限があって使い勝手はよくない。威力は申し分ないのだが。
「じゃあ、躱す。戦闘リンクを」
こちらは慣れている。
「うん、順当だと思う。ヴァラージ相手でも見えてる?」
「大丈夫。タイミングだけ」
「じゃ、繋げるね」
それはフユキの能力を使った戦闘法である。部隊リンクに彼の感覚が捉えた敵の意識の流れを反映させるのだ。回避には絶大な効果を発揮するし攻撃にも用いれる。
「来たか。見えてんだな?」
ダレンの声。
「躱しながら接近。道作って」
「おうよ!」
「任せなさい」
ペイグリンも応答してきた。
「どれ狙う?」
「入ってきたやつ」
「よし、嵌めてやる」
短い会話で意思が伝わる。この一年で培った成果だ。その間に彼は皆に認められ、戦術の要になっている。「トップエース」などと呼ばれるのは嫌だが、それで仲間を守れるなら満足である。
(ぼくにはタイキ先生ほど強い理念はない。でも、この力を正しい方向に使えるのならなんでもする)
五体のナクラ型ヴァラージが遊撃状態で飛行中。弾幕で生体ビームを回避できる距離を保ち、容易に狙いを絞らせないようにできているが優勢とはいえない。
それはヴァラージも同じようで灯りの色に若干の焦りを感じる。闘争本能一色という感じの命の灯りでも多少の色の変化はあるようだ。
(灯りの位置が弱点を教えてもくれてる)
おそらくそこが彼らにとっての中枢のはずである。
「掛かった」
「フユキ!」
一体がひと際強い攻撃色を表したかと思うと生体ビームを掃射して突破口を作ろうとしている。それに合わせてダレンたちのゼスタロンが逃げるかのような挙動と見せかけて穴を演出する。飛び込んできた先にいるのはフユキだ。
「牽制、止め!」
「行く」
ササラが攻撃を止めてくれ、空隙に彼とナクラ型の一対一の瞬間が訪れた。速やかに勝負をつけるために一気に集中をする。
(仕留める)
インターバルを終えて発せられた生体ビームを舐めるように機体を滑り込ませる。次の一射も視線を固定したまま胴体だけ逆さにして外す。最後の一射をロールで躱して背中向きに。旋回しながら胸元で抜いたブレードで鼻面を薙ぎにいく。しかし、力場鞭が剣閃を絡めた。
(油断させるには足りなかった)
トリッキーな動きも見極められる。
ブレードを消しつつエルボランチャーを向ける。目の前にリフレクタが現れて弾かれた。スイングシリンダが格納動作をするのももどかしいまま、ブレードグリップを握り一閃する。しかし、それも読まれて光る筋に叩かれた。
(もう一度)
激しくスパークした紫の電光に隠れて間合いを取る。端子突起にパワーを送り、機体が軋むほどの加速と旋回。正面からでは死角のないナクラ型の目を意識しつつ突進する。
(今度はもうひと捻り)
一射目の白光は上体反らしで。足から突っ込むところに来た二射目のビームは股間を抜かせる。ロールして頭を向けたときに三射目。躱せない距離の一撃にナクラ型の油断を読み取ったところで左手のブレードで突く。
(動きが止まった)
予想どおり生体ビームは切先を焼いて拡散する。光の傘の中からヴァルザバーンを突進させてナクラ型の胴体に着地。慌てて繰りだされた力場鞭を斬撃で弾いた。
(まだ足りない)
手詰まりと見せかけて螺旋力場がひるがえっている。それでフユキを跳ね飛ばす気なのだ。冷静に見極めた彼はリフレクタで受ける。干渉する紫電を撒き散らしながら更に深く入り込んだ。
(ここは盲点)
尾部の傘の近く、胴体の後ろ近くに跨る。狙いの甘いウイップはリフレクタで防いだ。両手に持たせたエルボランチャーを向ける。
「勝負あり」
灯りに向けて発射した。外殻に穴が空きひび割れが走る。その向こうで組織が粉砕され焼ける光。
両手のランチャーを連射する。外殻が破砕され飛び散っていく。焼けた組織が露出し炭化した欠片が宇宙を舞う。
(どれほど耐久力があるの?)
組織がうねり飛びだそうとしている。それもビームに焼かれるのみ。だんだんと穴が穿たれていき、徐々に灯りが弱まっていく。そして、ある瞬間ふっつりと消えた。
(倒せた)
フユキは緑のアームドスキンをヴァラージの躯体から離す。様子をうかがうが復活する気配はない。スラストスパイラルも消えたままで漂うだけだった。
「やってくれたぜ、フユキがよ!」
「最高よ、少年。あとでキスしてあげる」
「やめとけ。ササラの嬢ちゃんに恨まれるぞ?」
他のナクラ型を牽制してくれている僚機が一体撃滅に湧く。歓声とともに皆のテンションも上がっているのが色に表れている。しかし、彼は喜ぶ気にはなれなかった。
(時間掛けすぎた)
無理をした分だけフォーメーションが乱れている。遊撃している残り四体に分断されかねないほど翻弄されていた。フユキの集中力が一体に向けられていたので回避が覚束なかったのだろう。
(この方法も限界がある)
くり返せば削れるだろうが、それまでに戦死者が出そうだ。それ以前に今の状態をリカバリする手段が思い当たらない。
「立て直す」
「おう!」
エルボランチャーのヒートゲージも戻っている。隙間を縫って遠距離狙撃をすれば突き放せるかと考えた。
(間に合わなかった)
思い虚しくベリスギーネの部隊が砲撃にさらされようとしている。大破機やビームランチャーを失った僚機も多数見られた。とても持ち堪えられそうにない。
「下がって!」
「ヴァルザバーン!」
瞬間移動並みの加速で分け入っている。しかし、一人でナクラ型三体の生体ビームを防ぎ切る手は一つしかない。
「Bシステム!」
『Bシステムを起動します』
黒点が現れ、生体ビームが吸い取られていく。最初の斉射を防ぐことはできた。しかし、それまでである。もう後戻りはできない。
(あと四分ちょっとでヴァラージを全滅させるしかない。できるの? やるしかない)
フユキの精神力はカウントダウンを開始していた。
次回『正しい力の使い方(4)』 「ごめんね、不甲斐ない姉貴分で」