正しい力の使い方(1)
(あの予想は正しいのかしら?)
リリエルは確率が低いと思っていた。
散会後に彼らブラッドバウメンバーと特応隊長オルドラダと協議した内容。ここにもう一度ヴァラージが現れるのではないかという話。
「じゃあ、これで。次会えるのはいつになるんでしょうね」
ジュネと握手している。
「いや、ドラーダ。もうしばらく付き合ってもらえるかな」
「まだなにか?」
「調査結果を見せてもらった」
議題に上がらなかったことのようだ。
「ヴァラージが足にしていた遭難船を詳細に調べてるね?」
「もちろんだわ。痕跡を残してる可能性はゼロではない。いつもどおり移動記録は綺麗に消してあったけれど」
「それなんだ」
曰く、これまで襲撃対象もしくは移動手段とした航宙船はソフトウェア的に真っ更な形で残されている。確かに彼女が知る範囲でも、そこから手繰れた試しがない。
「ところが今回はほぼ新造船みたいな状態とはいえメインのシステムが生きたまま発見されてる」
そこに違和感を抱いている様子。
「調べ尽くしたわよ。いくらゼムナの遺志でもサルベージ不可能なまでに消去されてるわ」
「そこは信用してる。だったらなぜ全部消さなかった?」
「それは……」
即答できない。
「消すつもりだった、時空間復帰ポイントに危険がないと確認できてたら」
「通信システム?」
「そう。彼らにないのは超光速の移動手段だけじゃない。超光速通信の手段もないのだとしたら?」
オルドラダは眉根を寄せて俯く。様々な可能性を検討しているのだろう。
「次にそこは選ばないようにする。あるいは……」
悪い方の結果に口ごもる。
「彼らにとって危険になるものを排除しようと考えるか」
「その場合は大攻勢があるかもしれない?」
「確率的には低いほうだと思ってる。痕跡を残さないよう調整されてる用心深さからするとね。でも、無視できるほど低くない」
タンタルの意図まで含む。
「なら当面は警戒を?」
「ばくは。あなたはどうする?」
「残るわよ。後始末くらいするわ」
そんな会話があって二日。今のところなんの気配もない。
(最悪の想定が外れただけ。指揮官なら当然求められるもの。無駄じゃない)
ジュネが慎重すぎたとは思わない。
(でも、今までの奴の動きからすると退く手のほう。何年も追いかけてるのに尻尾も掴ませないのはその所為だもん)
安全策を採るはず。傾向は変わらないと彼女は思っている。
(でも、もし対抗組織の出現を危惧しているとしたら? 芽のうちに摘むつもりでいたらもしかして)
疑念の種は残っている。
『時空間復帰反応を検知しました。推定箇所はガス惑星近傍。識別信号受信できません』
「悪い方なの! 全機出撃!」
ヘルメットを掴んで指揮官ブースを飛びだす。
「タッター、確認!」
「合点! システム、数を想定するでやす」
『カテゴリⅢもしくはⅣと思われます』
σ・ルーンにも回答が来る。
「十前後。多い」
「ちょっと大変だよ」
「ちょっとどころじゃないもん!」
部屋を出てきたジュネと鉢合わせる。ヘルメットを被りながらパイロットリフトのシャフトに飛びついた。
「タッチダウンしてきたのが十くらい。一隻に一体としても、最低でもその数いるってことよ?」
かつて経験したことのない物量である。
「幸いと言ってはなんだけど、ここには協定機と同レベルのアームドスキンが三機。それほど悪くないんじゃないかな」
「そうじゃなかったら逃げろって言ってる。普通なら壊滅確定だもん」
「させないさ」
σ・ルーンからは心強い言葉。
(それだけで納得できないものがあるの)
唇を噛む。
(だって、あたし一人でヴァラージを倒したことがないんだもん)
協定機相当のゼキュランをもらっていながら一対一では劣る。それがリリエルのプライドをいたく傷つけている。足手まといだと思われるのは絶対に嫌だ。
(ライナックの血には惑星規模破壊兵器システムを制御する力がないの? それともあたしの精神強度が足りてないっていうの?)
心に棘が刺さっている。
エルシはなにも言わない。ゼキュランに惑星規模破壊兵器システムが搭載されているかどうかも知らない。しかし、彼女の力を認めてくれているなら搭載されているはずだった。
「認めさせてみせる!」
エルシにもゼキュランにも。
「あまり気負うと反応が鈍るよ」
「う、ごめん」
「大丈夫。ぼくは勝算のない賭けはしない」
ジュネは言うが、それは自身の能力に基づくもの。彼女が望んでいる結果ではない。
(一体でもいい。とにかく倒す。できないとジュネの隣にいられない)
深呼吸をくり返す。
発進すると、すでにパイロット待機室から飛び乗っていた機体が多数待っている。続々と新たに発進もしている。スロット機構は一斉に出撃するためのものだ。
「気合い入れ直しなさい! 敵は多い!」
「応っ!」
返答が木霊する。
「分散させますか、お嬢?」
「そうね、ヴィー。……基本はいつもと同じ。牽制させつつジュネのところへ。一遍には無理だろうから時間稼ぎを」
「承知いたしました」
内心の迷いを包み隠せていない。
「まずは様子見。もし一隻から複数出てくるようなら一時撤退もあり」
「そうですね。無理はさせないようにいたします」
「あとは特応隊がどの程度対処できるか、ね」
指揮系統の違う部隊がいる。まとめるとすればジュネの権限になるが、彼はまだ判断を下していない。
「出てきます」
ヴィエンタも緊張した声音。
船体に輝線が走り装甲板が弾ける。元遭難船は内からヴァラージを生みだそうとしていた。
(なん……!)
リリエルは目を見開く。
先行していた二隻からは光沢を持つ昆虫型外殻を持つ人型の影。しかし、残りの八隻からは今まで見たことのない異様が現れようとしていた。
「あれはなに?」
「わかりません」
副官も切迫感を抱いている。
先細りの漏斗のようなボディ。先端部はゴツゴツとした複雑な形状をしている。目のような器官が点在しているのは確認できる。
尾部は綺麗に円形をしているわけではなく割れたように湾曲していた。裏がどうなっているか見えはしないが、そこから三本の螺旋力場が棚引いている。
「どこにどんな武装が付いてるかわからないじゃない」
人型と違うので今までの事例が適応しない。
「スラストスパイラルの数から見て機動性が高いのは推察できますがそれだけです。まるで『ナクラ』みたいですね」
「それ、いいね。あれを『ナクラ型ヴァラージ』と名付けようか」
ナクラというのは星間銀河圏全般の海洋に生息する傘型の生物の総称である。発生地ごとに生態の差異はかなり見られるが、形態に関しては似たような種が存在するので総称として通っている。
「冗談言ってらんないでしょ?」
文句も言いたくなる。
「冗談じゃないんだけどさ」
「それより対策は?」
「うーん、レンズ器官があるみたいだから、それが生体ビーム発射器官だと思うんだけどそれ以外はね。当たってみないとわからない。ただ、人型も送り込んできてるところをみると戦闘能力的には劣るんじゃないかな? 人型がリーダー格だと思う」
明確な分析が返ってくる。
「確かに。でも、兵隊のほうが機動力はあると思ってよさそう」
「うん、まずはあまり接近させずに牽制したほうがいい。組み付かれると慣性力でなにもさせてくれないかもしれない」
「あたしたちが苦手とするタイプなのよね」
苦々しくあるが事実である。
(せっかく一歩踏み出そうとしてたのに、こうも次々と難題を。タンタルってほんと底意地が悪いんだから)
リリエルは姿も知らない相手に毒づいた。
次回『緑の暁(2)』 (弱い? 機動力だけの攻撃型尖兵?)




