ヴァラージ対策会議(2)
「武装面での問題は解決しそうだけど、大変なのは戦術面だわ」
オルドラダの厳しい面持ちは変わらない。
「正直、アンチVの運用に正解が見えないのよ。どう思ってるか教示願えない、ジュネ?」
「わかる。君は恐怖したんだ、ドラーダ。たった一体のヴァラージでさえ自身が育てあげた部隊が容易に壊滅するんじゃないかと」
「報告書は暗記するほど読んだ。戦闘映像だって飽きるほど観た。それなのに実際に目の前にしたあれはあまりに違ったわ」
(戸惑うでしょうね。あたしだってそうだもん。現れるたびに個体差が著しい。見た目だけじゃなく性能まで)
リリエルも苦戦している。
「その感想は間違ってない。一つの生態系を相手にしているくらいに思ってたほうがいい」
彼の意見は違和感のあるものだった。
「生態系?」
「一つの種、例えば人間だってその形態に進化するまでの過程を遺伝子の中に因子として備えてる。発現することはまずないけど記録されているんだ。ヴァラージはそれが利用できる生命体だとぼくは思ってる」
「取り込んだ形態に合わせて変化し、因子を発現させて最適な動きができるように自身を調整してると?」
要約すればそう。
「だから違って見える。そこへ性格の違いまで加味される。全く別物だね。今のところ使いやすさから人型の因子が強く現れるよう調整されてるみたいだけど、今後は運用法から人型でなくなる可能性も否めないかな」
「そうなるとまた動きが変わる。おそらく数も。頭が痛いわ」
「柔軟さが必要さ」
指揮官には言うまでもないことだが、ジュネが要求している柔軟性は比べ物にならない幅であろう。指揮官畑の出身者が一番苦手とするところ。リリエルや彼女の副官もそうだろう。
「軍そのものが苦手とするものだからね」
属する面々は苦々しい面持ち。
「訓練をして技術を身体に染み込ませる。咄嗟でもできるようにする。それは正しい。相手が同じようなことをしてきた軍ならね」
「ええ、戦術的な幅はあっても、やっぱりある程度のセオリーがあって通用するわ」
「ところがヴァラージには通用しない。怪物対軍隊なんてシネマにありがちなシチュエーションかもしれないけど分が悪いのは事実。相手は本能であり、なにをしてくるかわからないから」
それが対策のキーともいえよう。
「シネマみたいな力任せの怪物なら対処のしようもあるわ。でも一番厄介なのは、その怪物が人類の武装、アームドスキンと同等かそれ以上の武器を有してる点。難題すぎると思わない?」
「だろうね」
「指揮官泣かせもいいところよ」
こういう場で吐いていい台詞ではない。オルドラダもジュネを相手にしているので見せた甘えだろう。リリエルにはよくわかる。彼には答えをくれると思わせるなにかがある。
「打開した人物もいる。彼女だ」
示されたササラはビクリと震える。
「わたしは別に……」
「経歴から察するに柔軟さに長けてるんだと思う。そうならざるを得なかった」
「ああ、なるほど」
オルドラダも当然部下の身上は把握しているのだろう。即座に納得する。
「どういう人?」
リリエルは知らない。
「保全対象だった惑星の出身なのさ」
「は? あり得ない」
「ところが珍事が起きてしまった。戦争中の軍が保全惑星まで戦場にしてしまい、そこでゼムナの遺志リュセルに選ばれた協定者が故郷を守るために孤軍奮闘したんだ。その男の教え子が彼ら」
とても事実とは思えないシチュエーション。
「面白……、失礼。奇妙な経験をしてきてるのね」
「これにも裏で奴が関わってるからね。ゼムナの遺志が助力するのも変じゃない」
「はい、リュセルがいたからわたしたち生き延びていられました」
異常な状況だ。保全惑星だったということは文明レベルは未開。活動は惑星上か、もしくは惑星系内に収まっていたはず。
「異質な文明レベルの相手と戦って、生き延びるために勝たなければならなかった。それが彼らの強み」
恥じ入るササラを励ますフユキの様子は微笑ましい。
「個々の特性を熟知して活かし、どんな状況下でも即した戦術を生みださなきゃならなかった。最初からやってきたことが彼らのスキルになってる」
「そういうこと。身に付いたスキルなら彼らから学べばいいと」
「教えるのは上手ではなくとも盗むことはできる。模倣から始めればいいんじゃない?」
有効な学びの手法である。
軍人たちの見る目が変わる。彼らとて厳しい選抜をくぐり抜け、つらい訓練にも耐えてきたはず。リリエルの部下もそう。だが、考え方を一新することを要求される。それができねばヴァラージに対抗するのは無理だと。
「厄介だこと。あたしたちもジュネ頼りから脱皮するには意識改革が不可欠みたいよ、ヴィー」
「承りました。鍛え直しましょう」
「まあ、うちには破天荒な起爆剤もいるから彼女が突破口になりそうな気がしなくもないけど」
「それは彼女の前では口になさらないでください、お嬢。図に乗ります」
ゼレイを頭に思い浮かべていたリリエルは失笑した。
◇ ◇ ◇
「はぁー、緊張した」
やっと会議から解放されたササラは脱力する。
流れで召喚されて席につたものの、どうせ話を聞くだけで終わると思っていた。ところが主題は転がり、いきなり主役になる羽目に陥ってしまった。しかも、今後も視線を免れられそうにない。
「心配ない。ぼくらはいつもどおり」
フユキが手を握って力づけてくれる。
「それでいいのはわかるの。でも、注目されるのは同じなんだもん」
「大変」
「笑い事じゃないでしょ?」
彼は楽しそうだ。思えばいつもそうだった。緊張など無縁の少年が緑の戦隊の中心にいた。その安定感が彼らにとって精神安定剤になっていたのは事実。
「ぼくは気が楽」
パートナーは意外なことを言う。
「そうなの?」
「うん。だって、あれなら全力をぶつけられる。人を相手にするにはぼくの力は危険」
「そんなふうに思ってたの」
(きっとフユキ自身はそんなにこだわってない)
言外にわかるくらいに付き合いは長い。
(でも、誰かを相手に全力を出してしまうと少なくない犠牲が出るものね。それくらい強い。守ろうとする信念に従えば躊躇はしないんだろうけど、それがわたしの心の負担になるのが嫌なんだ、きっと)
フユキはササラが軍に属するべきではないと考えているのかもしれない。どれだけ彼女の即応能力を認めていようとも、心の負荷の部分を慮ってくれているのだ。
(それでも傍にいてほしいと思ってもらえてる)
純粋に嬉しい。
(求められてるのならどこまでもついてく。フユキの信念が定まった原因がわたしにある以上、それは既定事実なんだもん)
決して揺らぐことはない。例え彼の手が血に塗れてしまおうとも絶対に離さない。そう決めて宇宙にまで出てきたのである。
「フユキが認められるのは本当に嬉しいんだけど」
思いを込めて手を強く握る。
「ジュネって人、そんなにすごい?」
「すごい。目指す形をしてる」
「そんなに? あなたに見えているものが見えないの、もどかしい」
わずかに疎外感はある。
「見えなくていい。あの人は体現するから」
「タイキ先生と同じなんだ。背中を追いかけているだけで高みへと連れてってくれるタイプなのね?」
「うん。もう一つの究極の形。目標」
タイプは同じでもやり方は違う。見守りながら前を歩いてくれる姿勢と、駆け抜ける姿に引っ張られてしまう形。どちらも優れたリーダーに違いない。
「でも、わたしを未来に連れてってくれるのはフユキだけだからね?」
「うん」
それだけは二人にとって違えようのないものだった。
次回『緑の暁(1)』 「ちょっとどころじゃないもん!」




