フユキ覚醒(2)
「フユキ!」
「……っ!」
「死んじゃ駄目ぇ!」
ササラは思わず叫んだ。
縁起でもない言葉だが、ヴァラージを前にヴァルザバーンが中破するとはそういうこと。口をついて出てしまった。
『精神強度が規定値を超えました。Bシステムを起動しますか?』
「来た!」
機体システムアナウンスにフユキが興奮する。
「先生と同じところ。疑似ブラックホール制御システム起動」
『Bシステムを起動します』
「フユキ、お前!」
背後にいたダレンのゼスタロンが弾き飛ばされる。ヴァルザバーンの重力波フィンが普段の五倍以上に巨大化したからだ。
大量の重力子が空間を圧し、何者も存在することを許さない。そして重力子は一点へと集中。小さな黒点が生じる。
「ジャッ!」
「飲み込め!」
昆虫型ヴァラージの胸にあるレンズが光を発する。至近距離で放たれた生体ビームも黒点に飲まれて途切れたように消える。無敵の戦闘領域が完成していた。
「消えろ」
黒点が移動する。危険を察したか、ヴァラージは身をひるがえすが逃げることもできない。螺旋力場までもがその一点に吸われ本体を引き込もうとする。
両手両脚をバタつかせながら黒点に引き寄せられていく。そして、ねじれるように収斂し、糸のごとく変化しながら飲まれていった。
「うおー!」
ダレンが咆哮している。
「やった! やりやがったぜ、この野郎! フユキ、お前、とんでもねえぞ!」
「ふぅ……」
「なに落ち着いてんだよ!」
全力を出して脱力している様子。当然だろう。かなりの集中力を要求されたものと思う。ササラがモニターしていた機体環境も激しい稼働状態を示していた。
(よかった。ぎりぎりだったけど、あんな化け物を退治できた)
彼女も全体の統率をするのに疲労困憊している。今すぐσ・ルーンを放りだして目を瞑りたい気分である。
(駄目。一番頑張った人を迎えてあげないと)
ふらふらしながら通路に出ると、パイロット皆に祝福されながら少年がやってくる。ササラの姿を認めると微笑んで頷いた。
その瞬間に感情が決壊する。涙を流しながら飛びつくと、なにも考えずに唇を重ねた。力強く受け止めてくれたフユキに身を委ねる。
「おっと、オレたちのお祝いなんかよりお姫様の熱い祝福のほうがお似合いだ」
「そうだ。遠慮しとけよ、ダレン」
「わかってますよ、隊長」
(思ったよりずっと怖かったのは本当みたいだけど、もっと場所をわきまえないといけなかった)
慌てて身を離し、真っ赤になった顔を押さえてしゃがみこんだササラだった。
◇ ◇ ◇
「こんなとこまで記録映像に残しとかなくていいじゃないですか、副長!」
恥ずかしさがぶり返すササラ。
「なにを言う。感動的な場面ではないか」
「ニヤニヤしながら言う台詞ですか!」
「ふむ、仕方ないので本部への提出映像からはカットしておこう」
ギョッとして「当たり前です!」と言い募った。
様々な笑い方に包まれる中に別の音が混じる。それは立ちあがった暗い銀髪の青年の両手が生みだす拍手の音であった。
「お見事。ヴァラージ撃破の立役者は君だったんだね、ササラ・トミネ」
「うん」
フユキまでもが頷いている。違う意味で注目を浴びた彼女は驚きと戸惑いで身を引く。
「そんな大層なことは」
「ササラが励ましてくれないと倒せなかった」
主役のはずの少年に認められても困る。
「わたし、なにもできてません。フユキがヴァルザバーンの能力を解放して撃破したんです」
「いいや、君が陣形を動かさなければあの状態まで持っていけなかっただろう。フユキがBシステム使用まで至ったとしても、それまでに何名か、最悪半数近いパイロットを失っていただろうね」
「そんな……」
否定したいが論拠がない。
「おそらく事実だろう。認めたくはないが、まともに隊が機能していたとは言いがたい。仮想敵の能力設定が甘かったようだ」
「ギィ隊長まで」
「受け入れなさい。あたしの目から見ても咄嗟の判断と統制能力は非凡だった。その年でどうやって身に付けたものなのか詳しく聞きたいものね」
オレンジの髪の指揮官まで同意する。彼女リリエルは『翼』ユニットの最高責任者のはず。年はあまり変わらないようだが立場には大きな隔たりがあるのに、だ。
「ブラッドバウに来なさい。驚くほどの優遇をあげる」
とんでもない申し出まで。
「なんだったら、そっちの少年とセットで」
「それは遠慮してくれない? わたしの隊を骨抜きにするようなもの」
「やめてあげなよ、エル。ドラーダがかわいそうだ。それに、ここはここで機能してくれないと困る」
翼の青年が止めるとリリエルは口をむにゅむにゅとさせながら引き下がる。
「まずはそれ以外の問題点をどうにかしよう。たぶん、ブラッドバウにも有用な手段になると思うから」
「耳が痛いですな。新たにターゲットのデータが取れたんで、それを使って訓練からやり直しにしますよ」
「確かに急務だとは思うけど、すぐに達成できるものでもないですね。それはおいおいにしてください。今回の失策は、ぼくの情報開示が少なかったのが原因なのは認めます」
司法巡察官は戦闘映像からなにかを見出したようだ。具体的な提案を貰えそうでホッとする。
「ヴァラージの情報に関しては軽々に通信に載せていいものでもないわね。もしものことも無きにしもあらず」
艦長も譲歩する。
「せっかくの場なんだから情報交換をお願い」
「もちろん。そのつもりで来た」
「これから扱うデータに関しては、言うまでもないわよね?」
オルドラダが念押しすると皆が神妙な面持ちになる。高度な機密情報に当たるのは誰もが知るところであろう。
「多様性は高い。しかも個体ごとに特質も異なります。ただし、使用武器に関してはおおよそ網羅できているものと思ってください」
「螺旋力場、力場鞭、生体ビーム、そして衝撃波咆哮」
さすがの艦長もおののいている。武器がそれぞれに異質な特性を持っていた。しかも、それを搭載しているのが闘争本能の権化のような自律生命体だときている。
(こんなのと戦わないといけないの?)
因縁はある。タイキが直面し、今フユキが対峙する流れ。
「本当に様々です。今回遭遇した個体は衝撃波咆哮を用いないタイプだったようですね」
そこに注目していたらしい。
「生体ビームも一門でした。二門、最大で三門備えた個体も確認しています」
「弱いほうに当たって幸運だったと思うべきね」
「機動力は高めでしたね。これに物理弾頭を当てるのは至難の業」
好材料も無くはないようだ。
「同型個体でも能力の差や性格のようなものまで違いが見られます。なので、一つひとつ対策を取っていこうというのは悪手でしょう」
「総合的な対策が必要不可欠と考えているの?」
「当面はフユキのような要になるパイロットやアームドスキンが不可欠となる。でも、それだけで済ませるのはいずれ無理が来るでしょう」
対策を取れば取るほどにエスカレートしてくる可能性を示唆する。対策ユニットが限られる状態で物量で攻められれば容易に破綻するという。
「露見しないように進めるならそれほど量産できるものでもありません。奴はずる賢いので尻尾を掴まれるようなことは避けている」
黒幕のことを言っている。
「そこまで警戒してる?」
「そうだね、ドラーダ。ぼくの予想では奴は単独犯。追われるようなことになれば仕掛けを施す余裕がなくなると知っている」
「逆にヴァラージをばら撒いて自身の存在に迷彩を掛けてると?」
追及を逃れる手段でもあると艦長は予想。
「おそらく」
「じゃあ、案件ごとに対処しつつ糸を手繰っていくしかない。で、総合的な対策が不可欠だと」
「うん」
ササラは相手にしている黒幕の厄介さを初めて知ることになった。
次回『ヴァラージ対策会議(1)』 「痛いとこを突いてくるなぁ」
 




