特応隊(3)
「母さんが嫌がらなくても自分で拒んでたさ」
「かも」
オルドラダも認める。
抱擁を解いた女性指揮官の手を握り、もう一方の手で宥めるように軽く叩く。そこには親愛のようなものが感じられた。
(親の友達、それも親しい人みたいな感じかしら)
リリエルにもジュネの感情が読めてくる。
「ぼくは当時から司法巡察官になるつもりしかなかった。そこが目指すものへの通過点だから」
当たり前のことみたいに言う。
「軍事力だけでどうにかなるような相手じゃなかったでしょ?」
「ええ、そう。仕組みから作らなきゃ話にならないわ。だから、わたしは方針転換をして専門部隊の編成を上申し続けたの。君とは違うアクセスで対処しようとしたわ」
「それがこの『特応隊』ってわけだね?」
道筋は違うが目指すものは一緒。
「当時に集めた伝手が実を結んだのは偶然とはいえ幸運だったわ」
「母さんはドラーダらしいって笑ってた」
「ファイヤーバードが? なんだか恥ずかしい。結局、彼女がヴァラージ対策の監督役をしてるんだものね」
ヴァラージ対策室というのが存在するとリリエルも聞いている。表には名前の出ない機関で、出現時の対応をする部署。そこのトップがジュネの母親のジュリア・ウリル、つまり生ける伝説と化した司法巡察官『ファイヤーバード』なのである。
隠語で『V案件』が発生すれば彼女から最低限の対処法が現場に伝えられる。しのいでいるうちにコード『翼』のジュネか、あるいはコード『剣』のラフロが急行する。そこに特応隊が加わったスタイルである。
「あの人にだけはなにを於いても敵わない。星間保安機構に所属している姪だって常識外れになって帰ってきちゃったわ」
やれやれというジェスチャー。
「凶悪犯だって悪戯小僧みたいにあしらうのよ。『わたし、本物の恐怖っていうのを知ってるから』とか言って」
「父さんのことだね。それは申し訳ないと思ってる」
「彼のことはトップシークレットだから話しはできないけど、あれは別次元の存在だわ」
父親のほうも知っているらしい。
(家族ぐるみで付き合いがあるのね。それじゃ仕方ないか)
オルドラダのことはジュネの叔母くらいに思うべきらしい。
「決定打を欠いて足掻いているうちにこの子のことを知ってね。一も二もなく引っ張りに行ったわ」
フユキの肩を抱いて引き寄せる。
「恥ずかしい、艦長」
「いいじゃない、わたしの切り札なんだから」
「そんなにすごくない」
謙遜している。
優秀だと噂を聞きつけたオルドラダがフユキをスカウトして入隊させたという。会ってみればジュネと同じ能力者だったので狂喜乱舞したらしい。
「しかも、協定者の教え子だって言うじゃない。そんなの欲しいに決まってるわ」
意味ありげな笑いをしている。
「変に意識しないほうがいい。『ザザの狼』や『キアズの守護者』はどうしても手が回らないときに動員するメンバーなんだからさ」
「それと『破壊者』?」
「父さんはあれが機能するかどうか確認してからだね」
含みを持たせる。
「なにかあるんでやんすか?」
「開発中の対ヴァラージ弾頭」
「そんなもんがあるんでやすか!?」
とんでもない物の話が出てきた。リリエルも目を輝かせて彼の腕を引っ張る。
「どうして教えてくれなかったのよ?」
非難する。
「まだ、試用段階。きちんと機能するかわからないんだ。しかも、効果を表したとしても完璧じゃない」
「それで倒したんじゃないの? 専用武器なんでしょ?」
「まあね」
ジュネは微妙な面持ち。
「中央公務官大学のデラ・プリヴェーラって博士が開発した『アンチV』っていう薬なんだよ。外骨格の結合に使われるヴァラージ因子を崩壊させる。だから、どんな形態の相手でも効果はある」
「すごいじゃない。決定打になるんじゃない?」
「外骨格を壊して中身を露出させるから体液を放出させて弱らせることはできる。でも、一発で仕留められるようなものじゃない」
それも、あくまで薬だという。つまり、物理弾頭に封入して撃ち込む必要がある。専用のランチャーを用いても生み出せる弾速には限界が存在する。
「当てられた?」
オルドラダに訊いている。
「残念だけど無理だったわ。あいつには力場鞭に螺旋力場があるのよ。全部弾かれてね。一発も当てられてない」
「訓練と作戦が必須だね」
「鍛えきれていなかったわ。ごめんなさい」
苦い表情になる。
「そうか。手数を増やすべき? ブラッドバウの人にも使ってもらおうかな?」
「任せなさいよ」
「そんなに便利な構造になってないんだよ。誘導式の物理弾頭だけど装填数に限りがあるし重たい。遠距離じゃ弾かれるし、至近距離から撃ち込もうとすれば危険極まりない」
ヴァラージと格闘戦をするのはリリエルでも度胸がいる。それなのに、重たい多弾頭ランチャーを背負って向かわないといけないとなればリスキーな賭けになるだろう。
「そういう意味ではビーム兵器だって効くんだよ。アンチVなら組織再生を阻害できるってだけなんだ」
「確実に弱らせられるんなら意味はある。奴ったらビームの一発二発食らわしても時間与えたら再生してくれるんだもん」
若干パワーダウンするものの、ビーム兵器では短時間に大量に命中させないと撃滅できない。集中攻撃できる状態を作るのに使えるとリリエルは感じていた。
「試せてたらよかった」
フユキが消沈している。
「仕方ないでしょ。あれに物理弾頭当てるなんて至難の業。……ん? だとしたら、どうやって倒したのよ」
「ぼくが弱らせてみんなの集中攻撃で」
「あら、そう」
口が達者でない少年が考えつつ説明する。
「ヴァルザバーンにはヴァラージに対抗できるスペックがある。それは証明されてる。ぼくがタイキ先生みたいに上手く使えたらもっと確実」
「頑張んなさい」
「うん。ササラに手伝ってもらえばいつかはできるようになる」
視線の先の通信士ブースで焦げ茶色の髪の頭がピクンと跳ねる。少年が手招きすると少女が恐る恐るやってきた。
「この子も協定者のとこの教え子。とても優秀なコンビなのよ」
オルドラダが少女の肩を抱く。
「ササラ・トミネです。よろしくお願いします」
「そうか、君も。どうやら個人的にも優秀なパートナーらしいね」
「あっ!」
ササラは真っ赤になる。
「見える人だった! もー、恥ずかしい!」
「隠せない」
「やだー!」
実に微笑ましい。純真そうな彼氏彼女である。
「素敵なステディじゃない。大事になさい」
大人の余裕をみせる。
「はい」
「ぼくや君と違って奥手でもなさそうだし」
「なんでバラすのよ!」
率直なのも困りものである。
「へ?」
「ち、違うのよ! あたしたちは大切に愛を育んでいるだけなの! そう! だって運命の相手なんだもん!」
「お嬢の気合いが足りないだけでやんすよ。夜這いすればいいでやんしょう?」
味方のはずの副長に裏切られた。しかも、とんでもないことを口走っている。
「夜這いー!」
大声で言うことではないと思わず口を押さえるが手遅れだった。
「墓穴でやんすね」
「タッター、憶えてなさいよ?」
「お嬢が悪いんですよ。我々がどれだけ焦れったいと感じてるかおわかりにならないので?」
ヴィエンタにまで追及される。
「マジで?」
「待ってても無理です。お相手はジュネなんですから」
「そうでやんす。お嬢のほうから積極的にいかないと、いつまで経っても今のままでやすね」
(まさか、そんなふうに思われてたなんて)
愕然とする。
「頑張りなさいな」
「変な同情要らんわ!」
オルドラダにまで慰められるリリエルであった。
次回『フユキ覚醒(1)』 「協力してください!」




