特応隊(2)
「そういうこと」
リリエルは納得した。
「あなた、新しき子ね」
「そう呼ばれたことある。わかる?」
「それはそうでしょ、この人と同じだもん」
素直に応じるフユキと名乗った少年。命の灯見る者特有の物腰の柔らかさが目立つ。しかも、ジュネと非常に似ている感触がする。
「更にはこれ?」
「ヴァルザバーン」
彼がいた基台にはゼスタロンとは違う緑色のアームドスキンが立っていた。一見して駆動系を強化されたパワータイプに見える。しかし、細身で重そうな雰囲気はないし、背中のフィン発生槽は複雑な構造をしていて機動性の高さを思わせる。
(すごい顔)
人間を模した顔はない。爬虫類じみた三角形の頭の後ろには三対の角が伸びている。側頭からも牙のようにアンテナが伸びる獰猛なフォルム。
そして、球形のレンズアイ。スリットに横並びになっている三つのレンズが赤く輝いている。電子戦性能の高さもうかがえる。
(これは普通の機体じゃない。おそらく協定機)
だが、少年が協定者ならそういう話は流れてきているだろう。
(何者?)
『この子はリュセルのとこの養い子よ』
彼女の考えを読んだようにダークブロンドのデフォルメ美女のアバターが現れる。
「エルシ? リュセルっていったら、なんだったかしら。キアズの守護者の?」
『そう。協定者タイキ・シビルが育てた子』
「それで。あの怪物に対抗できるはずね」
少年のσ・ルーンからも金髪金眼にふわふわの髪のデフォルメアバター。くるくると踊るように飛んでエルシのところへ。
『久しぶりなーん、エルシ』
甘い声でしゃべり始める。
『久しぶりにもなるわ。あなた、キアズにこもって人間みたいな暮らしをしているじゃないの』
『小姑をしないと跳ねっ返りの嫁がいるん』
『嘘ね。楽しくなっているんでしょう?』
美少女は『バレたのーん』とケラケラ笑う。
(協定者じゃないけどゼムナの遺志が目を掛けてる子。ジュネとほとんど同じ境遇とか偶然なの?)
ネオスなのも同じである。
『協定者と同じスペックの2号機を渡すとか甘々だと思ったけど、なるほど本物ね』
朱髪のゼムナの遺志までジュネのσ・ルーンから登場した。
『マチュアほどじゃないのん。その子は桁違いなん』
『まあね。ジュネは奇跡の存在だから』
『およしなさい。本人に聞かせるのは危険なことよ』
『大丈夫、この子の意思は驕りなんかと無縁よ』
(いつの間にかうちの子自慢が始まってるし)
周囲のGPF隊員が引いている。彼らはそれがどういう存在か知っているということ。
「場所変えましょ。結局は話聞くことになりそうだから一緒に来なさい、フユキ」
少年はこくりと頷く。
「お邪魔させてもらうぜ。こいつはちょっと口が重いんで、君らみたいな特別製に混ぜておくとかわいそうなんでな」
「誰?」
「ここの隊長でサーギー・ナージーってんだ。よろしく、お嬢さん」
年の頃は三十くらいの、いかにもな感じの男が割り込んできた。
「ギィ、いじめられるんじゃない」
「そうは言ってもな、こんなとんでもない気配ビンビンの連中は手に負えないだろ?」
「そう?」
少年は心底不思議そうに首をかしげる。おそらく、格違いの人間と接してきた所為だろう。協定者の傍にいたという話からして。
「あいかわらず素っ頓狂な反応しやがって」
男が少年の髪を掻きまわすと「やめてよー」と押し返している。
「馴染んでるのね」
「普通だよ。こっちじゃ協定者をそんなに持ち上げたりしないって教えたよね?」
「こうやって見ないと実感できないんだもん」
ジュネに身を寄せる。自然に肩を抱いて促してくれた。その様子を少年も見ている。彼の瞳には憧憬の色に染まっていた。
「すごい金色。初めて見た」
フユキは目を細める。
「タイキ先生も綺麗な黄色だったけどここまでじゃない」
「そうかい? 君も特殊だね。温和な緑の奥に激情の赤が透けて見えてる。面白いよ」
「隠せない」
はにかむような笑みが口元に登る。
(最初から彼の力がわかるなんて見込みあるじゃない。ネオス同士の特別な視界での感応があるのは癪だけど)
嫉妬心が湧いてしまう。
頭の上でゼムナの遺志が喧々諤々しながらの移動は少々恥ずかしい。好奇心が変化して奇異な目で見られてしまっている。フユキと話すジュネを引っ張るようにフロアエレベータへと誘った。
「代わり映えしないでやんすね」
「それだけ実戦的って思いなさい」
生活重力のある居住区画を含む乗員エリアに上がる。林立するパイロットシャフトの間を歩きながらタッターと感想を述べる。
「ゴート宙区の戦闘艦を参考にしたと聞いています。その所為でしょう」
先導する副長が教えてくれる。
「それならわからなくもない」
「以前の機体格納庫は背面構造をしていたのですが、重力端子が普及してからは身体的に癖のない構造へと変わってきています」
「なるほどね」
もうワンフロア上がってから艦橋へ。そこで全責任者が待っているらしい。女性だと聞いているのでリリエルも興味を持っている。
「お連れしました、艦長」
「ご苦労」
がっしりとした体格の壮年女性がフィットスキンに軍服の上着だけを肩に羽織って立っている。そのさり気なさと格好良さに好感を抱いた。
「レイクロラナン艦長のタッター・ファニントンでやんす」
手を差し出す。
「特殊対応艦隊長のオルドラダ・フォーゲルです。よろしくお願いします」
「んで、こっちがうちのボスでやす。お嬢?」
「リリエル・バレルよ。よろしく」
握力に不敵な笑いを返す。
「これは闊達そうなお嬢さんね。さすがは伝説級の血統ってとこかしら」
「見た目どおりの暴れん坊よ。悪いけど」
「ははは、それはいい」
小気味良い笑い方が印象的だ。気っ風のいい女性指揮官相手なら言葉を飾る必要もない。彼の紹介もしやすくなる。
「彼はジュ……」
「久しぶりだね、ドラーダ」
先回りされてしまう。
「そうね、ジュネ。ずいぶん大きくなって。見違えた。というか感動してるわ」
「あれから九年だよ。ぼくだって成長するさ」
「当然よね」
オルドラダは青年を抱きしめる。
(九年? あたしが出会う前の話じゃない。いったいなにが?)
混乱して言葉が出ない。
「お知り合いでしたか、艦長」
副長も知らない事実だったらしい。
「昔の話よ。わたしの姪がある司法巡察官のアシストに選ばれててね。縁があって会わせてもらったんだけど、まあ有名人よね。彼女は『ファイヤーバード』って呼ばれてるんだから」
「あのファイヤーバードですか? お会いになられたとは羨ましい」
「でしょう? そこにいたのが彼、ジュネよ」
女性指揮官はジュネの母親と知己らしい。
「その当時のわたしは、万が一にも新宙区関連の事案が発生したら普通のGPF部隊じゃ対応できないって気炎を吐いてたわ。それで優秀な人材に唾を付けてまわってたんだけど」
「当時からだったのですね?」
「そのわたしが一番ラブコールを送ったのがこの子だったのに残念ながら応えてもらえなくて」
ジュネはされるがままにしている。オルドラダとのふれあい方を熟知しているというふうだった。
(あ、ちょっと妬けてきちゃった)
不満がくすぶる。
「それはそうさ。だって、九歳の少年をスカウトする大人がいるものかい?」
たしかに非常識である。
「母さんにずいぶん叱られていたじゃない」
「あのときは恥ずかしい思いをしちゃったわ。まさか同い年の女性にとことん説教されるとは思わなかったもの」
「芯のしっかりした人だから。ドラーダの熱の入り具合に危うさを感じたんじゃないかな」
(あたしが知らないジュネのお母さんを知ってるとか。早く紹介してほしいのに)
嫉妬心が募るのを抑えきれないリリエルだった。
次回『特応隊(3)』 「いいじゃない、わたしの切り札なんだから」