意外な報告
リリエルは我が耳を疑う。それくらい思いもしない報告が舞い込んできたのだ。
「ヴァラージを撃滅した?」
ジュネに聞き直す。
「うん、らしいよ。一体だけだったみたいだけど」
「でも、『剣』じゃないんでしょ? ノルデのとこの子はハンターとして完全に機能してるのは確かだけど」
「彼じゃないって。一年前に正式に発足した星間平和維持軍の特殊対応艦隊」
ヴァラージの出現情報を星間管理局が確認すると、ジュネのところ、あるいはノルデの協定者であるラフロ・カレサレートのところに出動要請が入る。なので、リリエル自身も何度もヴァラージとは対峙して狩ってきている。
もっとも、直接撃滅するのはジュネであって、周囲に被害を及ぼさない戦場設定や追い込むまでの場作りがメインである。彼女自身がヴァラージを撃破したことはない。深手を追わせるのが精一杯だった。
(それなのに、場数を踏んでない素人が撃滅したっていうの? たとえ一体だとしたって偶然が過ぎる)
運不運で語れないような敵であるのはリリエルが身にしみてわかっていた。
そこで名前が出てきたのがGPF特殊対応艦隊である。それはヴァラージが出現したときに星間管理局が急行させるために新設した専用部隊。
彼女も無茶なことをすると話半分で聞いていた存在だ。余計な戦死者を増やすだけに思える。最悪は因子に感染してヴァラージを増殖させることになりかねない。
「あの『V特応隊』とか、単に『特応隊』って呼ばれてる連中でしょ?」
ヴァラージの存在自体が機密扱いなので対処部隊も秘されている。
「そうだよ」
「信じらんない。どれだけの被害者を積み重ねて? 相打ち寸前で壊滅状態なんじゃないの?」
「うーん、かなりダメージあったみたいだけど戦死者は出てないって報告だね」
あり得ない情報にリリエルは青年に見せたくないほど変な表情をしてしまう。
「で、行かなくてもよくなった?」
「いいや、行ってみようと思う。どうもあれが妙な出現方法をしたみたい。正確には出現方法が判明したって言うべきかな」
「それを特応隊が掴んだっていうの?」
珍情報の羅列に疑念が湧く。あまりに成果を挙げられないので嘘でも吐いているんじゃないかとまで思ってしまう。その程度の認識だった。
「偶然にしても出来すぎ。変じゃない?」
首をひねる。
「もしかして感染者続出で処理しなきゃいけないとか思ってる?」
「違うよ。納得できるデータがあるから直接確認しておきたいなと思って。上手く機能してくれるならこれほど心強い味方はいないじゃないか」
「あたしはあの厄介な敵を増産する部署にならないことを祈ってばかりだったのよ」
星間管理局関係者が聞けば眉をひそめるほどの言説だろうが本音でもある。それくらい強敵だと認めている。なにせ、エイドラ内戦ではヴァラージ因子のほんの一部しか持っていない敵に一矢報いるのがやっとだったのだ。
「そんなこと言っちゃいけないよ」
言霊を案じているのだろうか。
「間違っても本人の前ではやめてあげてね」
「だって、おかしいじゃない。『剣』も相当の凄腕らしいけど、それでもBシステムを起動するまで一体相手がぎりぎりだったはず。ジュネでさえ惑星規模破壊兵器システム使わないと倒すのに時間掛かっちゃうでしょ?」
「そうだよ。でも、専用部隊を作ったんだから集団戦闘の連携とかは応援頼んでるぼくらより緻密なんじゃないかな」
効率の良い作戦行動が取れているのではないかという。しかし、それでは納得いかない。レイクロラナンだとて鍛え上げられた部隊と自負できると主張した。
「対アームドスキン戦闘ならね。ブラッドバウの上を行く部隊なんてそうそうないと思う」
ジュネも認めてくれる。
「でも、対ヴァラージとなると極めて特殊な連携が必要じゃないかな。そっちに特化した訓練をしてるよ、きっと」
「うちの連中だってあれの特性はしっかり理解してるし対処もできてるはずよ」
「うん。でも、君たちは戦場ってマルチタスクで最も効率的に動けるよう鍛錬してきてる。あまりピーキーな調整できないよね?」
その弁には抗いがたい。
「ジュネの言うとおりでやんすよ。うちはオールマイティに機能するようやってるでやんす。それは先代の剣王閣下の方針でやすから」
「認める。剣闘主体なのもアームドスキンの打撃力を最大限に発揮する方法だと思ってるからよ」
「だったら張り合わないのが賢明でやんしょう?」
タッターにも諌められる。悔しいが事実は事実。リリエルも方針転換で戦力として劣化させるつもりはない。
「でも、なんか嫌! 見てやろうじゃないの、特応隊の実力ってやつを」
要はジュネに見劣りすると思われるのが嫌なのだ。
「だから対抗心を燃やさないでよ。ぼくの職務は多岐に及ぶ。ブラッドバウみたいなアシスト部隊が最適だと思ってるからさ」
「ほんと?」
「嘘じゃない。ぼくが君たちを邪魔って言ったことがあるかい?」
七年以上も一緒にいて最終的にミッションを失敗したことはない。レイクロラナンが目立ちすぎるのも事実だが、彼はそれも上手に利用してきた。司法巡察官とブラッドバウの天秤は綺麗に釣り合っていると感じられる。
「自信持っていい?」
「もちろんさ。君との出会いは運命みたいなものだと思ってる」
一番欲しい言葉をくれる。
「あたしも。あの日から世界が変わったもん」
「ただ、こっちの世界は危険がいっぱいなのが気掛かりだけどね」
「そんなの変わんない。元からそういう世界の住人よ」
ジャンプグリッドというワームホールで繋がっていたゴート宙区は狭かったことと思う。送り出してくれた祖父と、手を引っ張ってくれたジュネが広い銀河を教えてくれた。
「あなたなら邪魔者を狩り尽くしてもっと広い世界を教えてくれるはず」
そっと手を握る。
「そうなればいいね。まだ、目の前のことしか見えないけどさ」
「ううん、ジュネならできる。そのとき、あたしは一番近くに……」
「エル様エル様、今度はどこ行くんですか? そろそろ退屈してきましたよー」
邪魔なのはヴァラージだけではないようだ。
「とりあえずトイレに行きましょうか。あたしと一緒に!」
「連れションですか。もちろんですー」
「んふふふ……」
リリエルはゼレイをちょっと可愛がってやった。
◇ ◇ ◇
「よう、お疲れ、トップエース殿!」
ダレン・ナークリットはまだ小さい背中を叩く。
「ぼく、それ、嫌い」
「そう言うなって。事実なんだからよ」
「…………」
恨みがましげに見つめてくる。
深い茶色の癖っ毛の頭に焦げ茶の瞳。まだ幼さまで感じさせる面立ちの同僚が彼の属するGPF特殊対応部隊、略称『特応隊』で一番の実力の持ち主なのは間違いない。
若干十七歳。二十五のダレンからすると弟、それも年の離れたそれのように感じる。配属されてきたときは、なんでそんな少年兵みたいな奴を連れてきたと思ったものだ。GPFらしくないとも感じた。
(認めざるを得ないんだよ。こいつが本物中の本物だってのは)
今ではなんの遠慮もない。冗談をいえる気安い間柄。若さゆえに上手な人付き合いとかには欠ける少年だが、頼れるパイロットなのは誰もが認めている。それどころか当面は彼抜きでは機能しないといってもいい。
「一応は特殊部隊扱いで公言はされないけどな、特応隊の存在意義を疑うような声もあったわけだ。そんなん一発で吹っ飛ばしてくれたんだから感謝してるんだぜ」
「できることはやる。あんまり期待しないで」
言葉少なな少年から反応を引き出す。
「哨戒終わったんだろ? ゆっくり休みな。艦橋の彼女に挨拶したあとにな」
「うん」
「そこは素直かよ」
ダレンはフロアエレベータに乗った少年に親指を立てた。
次回『特応隊(1)』 「面白いじゃない。楽しみになってきた」




