魔性の一閃(2)
「あ……ぐぅ……」
サニキスは呼吸のできない苦しさと急激な脳の酸素欠乏にあえぐ。
「ど……して……んな……」
「おわかりになりませんか? それこそが最も腹立たしいのです」
「怒って……?」
彼にはなんのことだかさっぱりわからない。ホレイラに会ったのは晩餐会が初めて。ほぼ一目惚れの状態で話し掛けて、柔らかな物腰にさらに惹かれた形である。
(恨みを買うようなことは)
全く記憶にない。
戯れでもなんでもない様子で力が緩まる気配がない。死までの時間は残り少ないと感じられた。
「あや……まりま……」
「あなた様が謝っても仕方のないことなのです。わたくしはお父様、ピールベン大統領に息子の死体を見せつけることで報いを受けさせてやりたいのですから」
「報い……」
意識が遠のく。理由を知る時間はなかったらしい。
「そこまでにしとこうか」
「なんで!」
首から手が取り払われる。血流が戻ってきて頭が膨張したような感覚がした。頭痛と喉の痛みが同時に襲いかかってくる。
「げはっ! ごほぉ!」
「苦しんでるし溜飲は下がったんじゃないかな?」
「駄目よ! こいつを殺すためにここまで来たんだから!」
暗めの銀髪に色の違う両目の男がホレイラの腕を掴み上げている。名前は忘れたがリリエルの横にいた男。声には聞き覚えがあった。確かレイクロラナンの深紫のアームドスキンに乗っていたパイロットである。
「困ったね。殺させるわけにはいかないけど全部ぶちまけておきなよ」
愛しい人は凄まじい形相でにらみつけてくる。
「こいつは! なにも知らないでのうのうと!」
「それじゃ無理。まずはバニャン家がどういう家系なのか教えてあげなきゃさ」
「こいつの先祖に炭素惑星っていう檻に閉じ込められた一族よ」
(閉じ込められた? 檻? なんのことだ?)
理解不能である。
「昔の話だね。三代前のピールベン家当主も大統領をやってた」
「そうだ。うちは由緒正しき政治家の家系なのだから」
ようやく普通に話せるほど回復した。
「ときの大統領ジグルド・ピールベンはそれまで貧困層の人間に高額報酬を約束してやっていた炭素惑星での採掘を別の人間にやらせることにしたんだ。収容していた政治犯を大量に採掘に携わらせた」
「政治犯だって?」
「逃げ場のない牢獄にして強制労働を課した。簡単だよね。行き来する船舶さえ厳重に管理すればいいんだから」
理屈ではそうだ。
「だが、懲役刑に服するのなら強制労働もやむ無しなのではないか?」
「そこが普通の場所ならね。ところがサクレスクって炭素惑星は大型固体惑星。あまりにも過酷な環境だよね?」
「過酷とは?」
それを聞いて再びホレイラが暴れ始める。髪を振り乱してまるで別人のようだった。
「地獄よ、あそこは!」
吠える。
「どうしてこんなに力が強いと思ってるの? 凄まじい重力の檻だからよ! わたしはまだ軌道エレベータのカウンターウェイトにある居住区画で育てられたからマシなほう。弟なんて……、若くから作業に駆り出されて、女のわたしより頭一つ分も背が低いままなの!」
「そんなことが!?」
「やったんだよ、君の先祖がね。しかも、罪のない子孫までそこに縛り付けて働かせてる」
あまりの重力に筋肉も骨も萎縮硬化して成長できないという。その重力を打ち消す軌道エレベータのカウンターウェイトでさえ異常な重力で通常ではありえない筋力を持つにいたったのだそうだ。
「それなのに、どうして?」
自分が取り押さえられるのかと疑問を呈する。
「ぼく? この血も人体実験の産物さ」
「それならわたしと同じ恨みを持っていても変じゃない!」
「使い方を間違ったりしない」
ホレイラは言葉を失う。
「サクレスクの現状は政府機密という闇に葬られてそのまま。それでも生きなきゃいけない政治犯の子孫たちはバニャン家というリーダーに率いられて生き延びてきたわけ。どうやってか、その秘密を知るにいたったウイフェルの誰かさんは利用しようと考えた」
「そうよ。極秘裏にわたしを拾い上げてくれた。居なくなっても気づかれないわたしを」
「最初は彼女を使って君を籠絡し、キドレケスとの戦乱を演出しようとしたけど失敗。次善の策だった復讐を遂げさせて事を大きくし、アイザバを陥れる策略に切り替えたんだ」
ホレイラの役目は騒ぎを大きくすること。そして、アイザバの国家機密を公にさらすことを目的としている。
「自身が表舞台に立たず漁夫の利を得ようとしたけど、それをぼくらが阻止しちゃった。ならば、事実を国際社会で追及してサクレスクの権利を手中にしようと企んだ」
男は暴露していく。
「そんな……、そんなはずはない! ホリー、君は生まれながらの清純な乙女のはずだ。ぼくがそう認めたんだから」
「残念ね。わたしはただの復讐に燃える女よ」
「違う! 君は汚れない人なんだ!」
認めるつもりもない。
「性善説? 性悪説? 人は生まれた段階で無垢なんだよ。善にするも悪にするも結局は環境。整える努力を忘れちゃいけない」
「そんな馬鹿な……」
「それをアイザバ政府は怠った。君の先祖と後継者たちが彼女をダイヤモンドの悪魔に仕立ててしまったのさ」
愕然とする。
(まだだ。まだ取り返しがつく。過ちなら償えばいい)
顔を上げる。
「だからどうだっていう? 僕はホリーを裁かせないぞ。これから彼女を守ることで先祖の罪を贖ってみせる」
宣言する。
「このアイザバでお前になんの権利がある?」
「いいや、ぼくが裁く」
「させない! ピールベン家の力で!」
青年の手がフィットスキンの胸に伸びる。『BV』のロゴに触れるとそれが『GJI』に変わり、左胸に金翼のエンブレムも浮かび上がった。
「司法巡察官! まさか!」
「そのまさかさ。アイザバ政府の罪はぼくの目の触れるところとなった。その意味がわかるかい?」
「あ、ああ……」
事件に終わりを告げる存在。すべての権限を持つ最高司法官が目の前にいる。ホレイラも目を見開き、あきらめたように崩れ落ちた。
「審決を下す」
静かに告げる。
「星間法第三条第一項および第二項に違反したアイザバ政府には20億トレドの制裁金を課す。これを財源としてサクレスク労働者の救済をするものとする。また、全てのサクレスク採掘権を星間管理局が没収する」
「それは」
「同違反関係者としてサニキス・ピールベンを。殺人未遂犯としてホレイラ・バニャンを拘束する。執行せよ」
そう告げると星間保安機構の制服をまとった捜査官が踏み込んできて二人を拘束する。紫と緑の瞳がその様を見つめていた。
「ホレイラ、君の家族は救われる。君も罪を償ったら自由だ。それで忘れられる?」
「はい、ありがとうございます。ご温情に感謝いたします」
「よかった」
安心する。
「サニキス、君を罪に問えるかどうかわからないけど少しは反省しなよ」
「へ?」
サニキスの反応に彼は眉を揉みつつ首を振った。
◇ ◇ ◇
「ウイフェルは星間法第二条第三項の航宙保安条項違反に加えて第一条第五項国際貿易条項違反の教唆、キドレケスも同違反で制裁金と統制管理国落ち。アイザバも統制管理国の仲間入りなわけね」
ジュネの裁定がそれぞれの国に申し渡されている。
「炭素惑星サクレスクは?」
「管理局支部に管理が移行するよ。作業希望者を募って採掘を続けることになるけど、これからは反重力端子搭載機が使われることになるから今までみたいな苦労はないはずさ」
「普通はそうするものね」
当然だとリリエルも思う。
ダイヤモンドやロンズデーライトの流通が滞ることはない。バニャン家の人々や現労働者もひと通りの治療を受けたあとに復帰を望んでいるそうだ。
「誰も得しない案件だったのね」
「勝手に決めるなって言われた気分だよ」
「救済にはなってるから気に病まないで」
ジュネを慰める。
「略奪愛の邪魔をするからです!」
「殺されたいほど愛してるって? 君と違って彼の気は知れないけどさ」
「あの病気は治療しても治りそうにないものね」
リリエルが言うと二人も失笑した。
次はエピソード『緑の暁』『意外な報告』 「そこは素直かよ」