魔性の一閃(1)
ワング・コギトレの率いていた二隻は交換部品も足りず、戦闘艦そのものも本格的な修理が必要な状態だった模様。強硬手段を継続する能力もなく領宙外に控えていた艦隊に守られるようにして撤退していく。
「ワングはまたやってくるだろう。このままとはいかない。君のお父様は必ずや僕が説得するから、まずはアイザバに行きましょう、ホリー」
「そうですわね。わたくしからもお父様やお母様に事後報告という形でお許しをもらえるよう話してみます」
「ああ、それがいいでしょう」
(よし、彼女はもう僕との将来を考えているな)
サニキスの胸はその感情に湧き立っていた。
(こんなとこにいつまでも居られない。レイクロラナンに世話になってどうにかしのいでいる格好悪い姿をホリーに見せ続けていたら株が下がってしまう)
目下の悩みだ。足を引っ張っているのは薄々勘づいている。ホレイラは恐怖からまだ気づいていないようだが、落ち着いてくれば彼の不甲斐なさを感じてしまうかもしれない。
(その前にアイザバに戻らなければ)
本国であれば彼の発言力が有効である。武力をバックに活躍するような野蛮な連中など言葉だけで使って見せられるのだ。
「では、どうぞ我が国へ」
「頼りにさせていただきますわ」
転移フィールドの虹色の泡は二人の未来を祝福しているかのごとく。一時間とせずにアイザバ領宙に入ったときは成功に終わったと思った。
「ありがとう。助かったよ」
ブラッドバウも一応は労っておく。
「警備隊の警護が受けられる。この先は大丈夫だ、リリエル君」
「契約満了にさせてもらうからよろしく。契約料金は伝えてあったアカウントに振り込んでちょうだい」
「もちろんだ。僕は約束は守る男だからな」
オレンジ髪の娘は変な顔をしている。
「大気圏内までは送り届けてあげる」
「こちらは問題ないが?」
「こっちが問題なの。あんなところに長居するつもりじゃなかったから物資がぎりぎりなのよ。特に食料とかがね」
特に考えもしなかったことを言われる。食料なんて誰かに言えばどこかから出てくるものだ。気にしたこともない。
「用意させようか?」
「いい。普通に仕入れるから。働いた部下に良い物を食べさせてやるのも上官の努めみたいなものよ。それはあたしが自分で選ぶ」
「そうか。好きにしてくれたまえ」
戻ってからの段取りに気もそぞろになっている。話を聞いて驚いたが、彼らに支払う契約料金もちょっとした金額。政府予算から出してくれるよう父に頼まなくてはならない。
(ホリー救出という偉業を成したのだから僕が評価されて然るべき。当然問題もなく予算案も通るだろうし)
心配無用だ。
功績がマスメディアで流れて有権者の支持も得られるようになれば父である大統領のライゲルも彼を補佐官に任命しやすくなる。その下で勉強して、ホレイラを伴侶とし、行くゆくはアイザバ大統領に。順風満帆である。
(やはり僕の決断は正しかったのだ。のちの歴史家はこの事件を偉人の一歩目として語るだろう。なんだったら恋愛ストーリーのモチーフとして扱われてもいいくらいじゃないか)
ホレイラの肩を抱いてサニキスは会心の笑みを浮かべていた。
◇ ◇ ◇
「あれで良かったの、ジュネ?」
リリエルは青年に尋ねる。
「十分さ。余計な情報はいらない」
「まあ、事実だから嘘つくまでもないんだけど」
「そうだね。前に来たときはなにか名産品でも見つけられた?」
ジュネは分析に取られてデートができなかったのである。
「名産とか特産みたいなものは全然。でも、栄えてるだけになんでもあるって感じ。色々取り揃えて選ばせればうちの連中も満足させられるでしょ」
「それがいいかもね。今回はぼくも降りるから一緒に行こう」
「ほんと!?」
(やった! ジュネとデートできる!)
飛びついた。
「食べるものじゃない名産なら豊富じゃないかな? プレゼントを選ぶよ」
当然ダイヤモンドのことだろう。
「嬉しい。でも、そこまで安い買い物じゃないけど?」
「ギャランティは貯まってる。使い道になってくれるかい?」
「もっちろーん!」
(指輪をねだっちゃおうかな。「これであなたのもの」とか言っちゃったりして)
わくわくが止まらない。
「エル様ー! 上陸したらなに食べますー?」
「わー、湧いてくるな!」
お邪魔虫がやってきた。
「なぁー! ひどいです!」
「たまには二人っきりにしなさいよ!」
「そんなー。わたしとも遊んでくださいよー」
纏わりついてくる。
「今回は耐えてくれたんだから労ってあげないとね」
「この子のは勤めなの」
「そう言わずに。ゼルもなにかアクセサリーが欲しい?」
こんなときは彼の優しさが煩わしくなる。やめてとも言いづらい。
「それって口説いてるの? 居候のくせにいやらしい」
口が悪い。
「仲良くしたいとは思ってるよ?」
「仕方ない居候ですねー。我慢して受け取ってあげる」
「我慢するくらいならその分あたしがグレードアップしてもらうからいい!」
ゼレイの頬を引っ張る。
「連れてってくださいよー。でも、居候の分際で夜まで一緒なんてつけ上がったりさせないんだからね」
「この!」
「ごめんね。夜はちょっと忙しいんだ。仕上げをしないといけないから」
ジュネは意味深げに微笑む。
(なんだ。大人のデートはまたお預けなのね)
消沈する。
リリエルは恨めしそうに想い人を見つめた。
◇ ◇ ◇
「……という具合で、どうにかホレイラ嬢を無事にお連れした次第です、父さん」
サニキスは成果を誇らしげに語って聞かせた。
「ふむ、ならば事の裏側にはウイフェルがいると思って間違いないな。これは交渉材料になる」
「そうでしょう? 父さんならば上手に利用するだろうとスパイも連れ帰ってきました」
「なぜ、もっと早くに知らせなかった? そうすれば危険な目に遭わないよう圧力を掛けることができたものを」
(なぜだ? 喜ぶものと思ってサプライズを仕組んだのに)
父の反応が腑に落ちない。
「そうおっしゃらないでください。これからは僕も一緒に対処を考えますから」
補佐官任命を促す。
「要らん。お前はもう休んでいろ。私は忙しくなる」
「いや、確かに疲れてはいますが父さんほどでは」
「そう思うなら邪魔はするな」
無碍に扱われる。まるで追い出されるように執務室をあとにするとサニキスは首をひねった。
(激務がたたっておられるのだろう。ホリーとのことはまた時間を置いてから相談すればいいか)
彼女のほうも安心させねばならない。
意外と時間を食ってしまった。ハイグレードなホテルの一室を使ってもらっているので危険はないはず。ただ、御婦人の部屋を訪れるにはいただけないくらいに夜も更けてしまっている。
(お声を掛けて安心だけしてもらおう)
ドアの外までのつもりで彼女の部屋を訪う。
「ご不便はありませんか、ホリー。僕です」
タッチパネルのマイクに話し掛ける。
「ニック様ですね。入っていらしてください」
「ですが、こんな夜更けにお邪魔するなど紳士に振る舞いでは……」
「あなた様はわたくしの命の恩人なのです。なにを遠慮なさっておいでなのです?」
(彼女のほうから誘ってくださっているのだ。恥を搔かせるわけにはいかないな)
できるだけ紳士的にドアの中へ。ホレイラは部屋着のままとはいえ、ベッドでしどけなく足を崩している。
「感謝しております、ニック様」
「なにほどのこともありません」
招かれるままにベッドの上へ。
「どうかお礼を受け取ってくださいませんでしょうか?」
「そんなつもりでは。ですが、あなたがそこまでおっしゃるならやぶさかではありません」
「では、これを」
サニキスの首にホレイラの手が掛かりものすごい力で締め付けた。
次回エピソード最終回『魔性の一閃(2)』 「こいつを殺すためにここまで来たんだから!」