狂犬と駄犬のポルカ(5)
キドレケスの戦闘艦が再び襲ってきたのは翌日のこと。特に工夫もなくアームドスキンを前掛かりに繰り出してくる。
「まったく! 牙をひけらかすしか能のない狂犬は!」
「別にいいっすよ。面白いくらいにフェイントに食いついてきますから処理が楽っす」
「死人を大量に出さない程度に加減してやるのが面倒なの! こんな連中、粉砕してやりたくない、ラーゴ?」
リリエルはストレスを感じている。敵は個々の戦闘力がそれなりに高い。しかも、致命的な一撃は控えているきらいがある。
(ウイフェルはこの件に別勢力を介入させたくないと考えてるってジュネが言ってた。成功したとしても、今度はそちらと揉めるのは避けたいんだろうって)
相手が小さければ気にしないのだろうが、管理局や彼らみたいな曰く付きの新勢力は敵にまわすべきではないという思惑。
後ろからはワングがけしかけ、部隊は消極的と中途半端な状態。戦闘時間が無駄に長くなる傾向は否めない。
「あー、もうっ!」
彼女の操る切先から逃げていく。
「もっとガツンと来なさい。弾き返してやるから」
「そうもいかないようです、お嬢。敵艦、動いてます」
「え、あいつら、まさか?」
二隻の戦闘艦が戦闘宙域を迂回しようとしている。
「ここを避けてフェック・コナー号を直撃する気?」
「どうやらその様子です」
「戦力を分けなきゃいけないじゃない」
フェック・コナー号にはレイクロラナンが付いているが直掩機だけでは少々荷が重いだろう。二編隊くらいは差し向けねばなるまい。
「そのまま行かせていい」
ところがトリオントライがビームランチャーを振りながら言ってくる。
「大丈夫?」
「食いついた頃にぼくが行くから」
「わかった。目の前の敵に集中!」
頭を切り替える。
おそらくブラッドバウの部隊を分割する策でもあるのだろう。それに乗る必要なないとジュネは言っているのだ。
(直接ワングを叩かないと長引くもんね)
それは彼に任せる。
「さっさと片づける!」
「合点っす!」
リリエルは奥歯を噛み締めて敵アームドスキンを視線で焼いた。
◇ ◇ ◇
「来るでやんすよ」
タッターは艦長シートから警告する。
ヴィエンタ隊長が抜かせると言ってきている。システムアラートを聞くまでもなく臨戦態勢に入った。
「狙いは僚船でやんす。防御フィールドはしっかりしてるでやすが、近づけると厄介でやんすね。艦砲で突き放しやしょう」
「ういっす!」
通信士とは別の意思で艦橋が動き始める。まともな武装を持たない民間船を後ろに庇うように艦体を入れる。舷側を敵にさらすことになるがそこは気合いで乗り越えるところ。
「敵艦、縦隊で来ます!」
二隻が縦列を成している。
「火器管制士、正面から焼くでやんすよ」
「了解」
「直掩、わかってるでやんすね?」
一隻が盾になって二隻目が飛び出してくるだろう。その鼻面を押さえるのが直掩機の役目。専門職の彼らは重々心得ているはず。
(当ててくる根性があるでやんすかね? キャンキャン吠える狂犬でも、いざとなると尻尾を巻くかもしれやせんし)
得てしてそういうもの。
宇宙を照らすほどの光条が防御フィールドに紫の波紋を描いている。減速しながらゆっくりと二隻にずれ始めた。集中するビームでこちらの視界も悪化している。
(口だけでなかったでやんすか)
突進してくる気配。接触を厭わないという気概が透けて見える。
(それならちょっと痛い目に遭ってもらいやしょう)
タッターも避けるつもりがない。逆に艦首を突き刺すべく回頭を命じた。突撃兵を向かわせる指示もする。
「向かってきているが問題はないのかね?」
サニキスが不安げに言ってくる。
「そこで眺めていてもらいやす」
「ふむ、なら……」
「そんなことはないわ! 突っ込んできているもの! ニック様、わたくし怖いです」
件の令嬢が騒ぎ立てている。
「む、そうか。では退避しましょう」
「待つでやんす。離れたら余計に危ないでやんすよ?」
「そうなのか?」
どちらかを犠牲にして抜かれたら困る。直掩同士がぶつかっているうちにフェック・コナー号に当てられると面倒なことになろう。
「嫌です! 助けてください! 今度捕まったら本当に檻にでも入れられてしまいます!」
金切り声は止まらない。
「そうですね。艦長、我らは退避する。あとは任せる」
「馬鹿でやんすか? 護衛無しでなにができるでやんす?」
「逃げたほうが戦いやすいだろう? 彼女も怖がっていることだし」
ムッとしているが素人考えが過ぎる。
「離れたらお終いでやんすよ。戦闘中はうちの指示に従ってくれる約束でやんしょう?」
「緊急事態だ。船長、後退を」
「あんたは!」
手に負えない。サニキスの命令に逆らえない船長は後退を命じ、離れ始める。揉めているうちに二隻目が上を通り抜けようとしていた。
「艦砲、全力砲撃! 奴を沈めるでやんす!」
「もう一隻、接近中!」
「当てさせていいでやんすから!」
苦肉の策である。艦体を犠牲にしてでも拿捕は阻止しなくてはならない。
「ごめんよ、タッター。ちょっと遅れたね」
「ジュネ坊!」
つい昔の呼び方をしてしまう。柄にもなく追い込まれていたのだと気づいた。深紫のアームドスキンが二隻目の鼻先に現れるとビームランチャーを構える。
「苦労人なんだから困らせないであげてくれない?」
艦砲を潰していく。
「貴様ぁー!」
「ちょっと無茶が過ぎたね。覚悟はいい?」
「ひっ!」
艦橋を照準している。生きた心地がしていないだろう。青年が指に少しの力を加えただけでそこにいる数十人が蒸発する。
しかし、彼はそうしなかった。筒先がゆらりと動いて光を吐きだす。艦尾に向かったビームは浅く削いで過ぎ去っていった。続いて誘爆が起こる。
「対消滅炉中破! 曝露素子とプラズマを急速パージ!」
「い、急げ! 爆沈するぞ!」
警報音をバックに騒然とした様子が伝わってくる。心理的には綱渡りの状態が継続しているはず。
(意地が悪いでやんすね)
ジュネが意図的にやっているのがタッターにはわかる。
トリオントライは艦首下に入ると片手で触れる。重力波フィンがひと回り広がったかと思うと、その手が装甲に埋まりだした。慣性のまま進んでいた戦闘艦は上に逸らされる。
「馬鹿な!」
「散歩に行っておいで。まともに旋回もできないだろうからね」
「このぉ!」
狂犬を乗せた艦は遠ざかっていく。ジュネが次に放ったビームはレイクロラナンに向かってきていた戦闘艦の艦橋横を擦過していった。装甲が赤熱するほど近さである。
「た、退避ー!」
「それが利口だね。この距離じゃ防御フィールドも効果がないんだから」
トリオントライはレイクロラナンの装甲板上に立って追い立てるように狙撃する。相手は全速で離れていった。
「サニキスさん?」
次に話し掛けたのは逃げ出そうとしている船のほう。
「約束は守ってほしかったね」
「しかし、敵を近づけてしまったのは君らの落ち度ではないかね?」
「普通はあんな馬鹿をしないものだから仕方ないじゃないか」
下手に動かなければしのげる状況だった。
「不測の事態ならこちらで対処せねばなるまい? 僕の判断が間違っていたと?」
「あのまま行ってたらどうなっていたと思う?」
「一時的に退避できていただけではないのかい?」
疑問を呈している。
「領宙外側の艦隊から発進したアームドスキンに拿捕されていたよ」
「あ!」
彼らは領宙ぎりぎりのところに留まっている。そこから外縁に向かって逃げれば機動兵器の速度なら一歩のところ。
「そんなに迂闊じゃなにも守れないんじゃない?」
「そ、そんなことはわかっていた。もちろん転進していただろう」
(まったく、この駄犬殿は手に負えないでやんすね)
自己評価の高さに閉口するタッターだった。
次回『魔性の一閃(1)』 「どうかお礼を受け取ってくださいませんでしょうか?」