狂犬と駄犬のポルカ(4)
次にフェック・コナー号とレイクロラナンが停泊している宙域にやってきたのは再戦に臨むキドレケス戦闘艦ではなかった。ウイフェルの領宙警備隊である。
「当宙域で戦闘行為が確認されている。一方はキドレケス軍と判明。貴船は両国の同盟を脅かす危険な存在だと思われる。我が国の領宙から速やかに退去されたし」
オープン回線でくり返し訴えてくる。応答しないわけにはいかない状況。残念ながらリリエルには決定権がないので啖呵も切れない。
「当船は正規の入国を許可されているはず。なにゆえの勧告だろうか?」
サニキスが当惑気味の声で応じている。
「入国は許可しても国内での戦闘行為を認めているのではない。国民や国土保護の観点から退去を要請する」
「待っていただきたい。我らアイザバと貴国には同盟はないものの、良好な関係を築いていた。やむを得ない事情があるので猶予をいただけないか?」
「我々の関知するところではない。退去しない場合はそれなりの措置があるものと思え」
強硬に主張される。
「とはいえ領宙を一歩でも出れば……」
領宙の外には四隻のキドレケス戦闘艦が待機していた。さすがにレイクロラナンでも防衛に確実を期せないほどの戦力である。
(矢面に立たないよう進入する戦力に制限は設けてるけど、追い出す算段くらいは手伝ってやるってこと)
目論見は知れている。
ウイフェルとしては拿捕させるなりなんなりして決定的な状況を作りたい。ところが、どこから現れたか警護部隊が付いて拮抗状態になってしまった。このままでは騒ぎ出すマスメディアが現れないとも限らない。
「襲撃者はキドレケスのほうだ。調べればわかる。こちらが正しいことをしている側であり被害者でもある。なぜそうも一方的な勧告なのか?」
憤然としながらサニキスが問いかける。
「キドレケスからは貴殿の犯罪行為の告発も確認している。ただいま捜査中で、我らには管轄外である以上、退去を勧告しているのである。速やかに移動せよ」
「外交問題になるぞ」
「貴殿の行った犯罪を国内で裁く必要が出れば対応は変わる。それまで停留すると申告するか?」
(出ていかなきゃ逮捕もありと匂わせてる。早く事態を転がしたいわけね)
アイザバが大胆な行動に出てくる前に流れを決めてしまいたい様子。
「しない。僕の行為は正当なものだ。必ずや証明される」
「我らの勧告も正当な行為である。従わねば対処を行う」
単なる押し問答に変わる。くだらない論争に辟易するリリエルだが、ジュネが動じる気配もないので放っておくつもり。お坊ちゃんが領宙警備隊相手に排除しろと言い出さないことを願うばかりである。
『航宙艦接近中。識別信号は星間平和維持軍のものです』
システムアナウンスがある。
「そっちが来たのね」
「出ていけとか言われないでやんしょう?」
「まさか。本当に中立なところよ」
ジュネにそのつもりがあれば味方にもできる。彼が静観する構えならば口出し不要である。
「ウイフェル警備艇に告ぐ。貴殿の行為は航宙保安を脅かすものである。自重されたし」
それを聞いてリリエルはほくそ笑む。
「なんの権限か。ここは領宙内である。GPFには管轄外のはずではないか」
「そのとおり。なので強制はしない。ただし、先ほどの勧告は航宙保安を謳う星間法第二条第三項に抵触すると思われる。ただちに撤回を要請する。これは警告である」
「ぐ……。当該船は犯罪者を匿っている可能性がある。該当しない」
第二条第三項には『星間銀河市民は星間法に違反もしくは各国の法律に明らかに違反しない限り、全ての航宙が保証されるものとする』とある。これには領宙公宙を問う基準がない。しかし、犯罪者の除外は組み込まれている。
「犯罪行為があったと主張するならば記録を提出されたし。それにて判断を行う」
厳粛な対応が際立つ。
「まだ確定事項ではない。しかし、容疑は掛かっている」
「容疑では本項の除外に当たらない」
「ならば、なぜ当該船の擁護をする? 犯罪行為も戦闘行為も我が国を脅かしかねないもの。越権である。内政干渉ではないか」
領宙内とあって強く出る。
「証明されているからである。レイクロラナンより戦闘記録の提出がされている。これにより自衛行動なのは明白。キドレケス軍の行為も現在司法判断手続き中である。ウイフェルも司法部に委ねる必要があるか?」
「なに? いや、それは……」
「勧告を撤回して移動しなさい。我らもフェック・コナー号の警護まで行うものではない」
リリエルはケラケラと笑う。ジュネが先回りして領宙警備隊を監視させていたのだろう。警護までは期待できないが、ウイフェルの干渉を排除するには十分な戦力だといえよう。
「逃げてく逃げてく」
「そりゃ、あそこまで言われたら抗弁できないでやんす」
見事な脅しである。ウイフェルは星間管理局が監視対象にしているということ。領宙を退去させようとしたり、キドレケス軍の大部隊を引き入れるようであれば司法判断が下される。露骨なことはできなくなった。ジュネのやることは手抜かりがない。
「僕の正当性はGPFも認めるところ。当然ではあるが」
サニキスが自慢げに言ってくる。
「違う違う。当面は見逃すからってだけ。早く公に認められる正当性を確保してちょうだい。じゃないと星間管理局だって手を引くかもしれないのよ?」
「む? 納得できないが」
「ホレイラ・バニャンの身分保証をアイザバができるようにならない限り事態は変わらないの」
(こいつ一人だけドラマの登場人物みたいな恋愛脳をしてるのはなんとかしてくれないものかしら)
リリエルは怯える男をにらみつけた。
◇ ◇ ◇
「我らが国権を侵害するような干渉は断じて認められんぞ」
ウイフェル大統領デレッド・シュニーは強硬に主張する。
せっかくの仕掛けを崩されるのではかなわない。外部から盤面を動かしにくる者は排除せねばならない。リスクはあっても退いてはならない局面だった。
「GPFの見解はお耳にされているのですな?」
管理局のウイフェル支局長は冷静に訊いてくる。
「理屈になってないではないか。容疑の段階で追及ができないと言うのなら、犯罪者はやりたい放題になる。それでもかまわないと?」
「いいえ、犯罪の究明は貴国の権限の範囲であり、妨害する意図などありません。ただ、別の違法行為まで認められるのではないと申しあげているのです。ましてや、それが星間法に触れるのであればこちらの管轄です」
「実に勝手な言い分ですな。普段なら見向きもしないような案件だというのに」
嫌味も織り交ぜる。
「勘違いなさらないでいただきたい。星間管理局は常に平等に扱いますよ? 今回はレイクロラナンより過度の航宙障害情報として上げられてきたので確認に向かったまでです」
「そこへ我が国の警備隊が出くわしたと?」
「ええ、対象がキドレケスだけでは済まないと現場は判断したようです。当方も現在、記録を検証中ですので」
(あいかわらず理論武装は厳重にしている連中だ。押すだけでは通用しないか。仕方ない。ワングめには現状の範囲で早期に遂行するよう言い含めねばなるまい)
これ以上の主張は疑いを深めかねない。
「我らが国民の保護を第一としているのを忘れんでもらいたい」
「当方も加盟市民の保護が第一ですとも。ただし……」
「なにか?」
珍しく迷いを見せている。
「本件はあきらめるべきだと申し上げておきましょう。これは私の個人的意見ではありますが」
「なにが言いたい?」
「私の口からはなんとも。まだ引き返せるかもしれませんよ?」
意味深な口調で通信を終える。
シュニー大統領は通信パネルの消えた空間に怪訝な視線を向けるしかできなかった。
次回『狂犬と駄犬のポルカ(5)』 「もっとガツンと来なさい。弾き返してやるから」




