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ゼムナ戦記 翼の使命  作者: 八波草三郎
ダイヤモンドの悪魔
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狂犬と駄犬のポルカ(3)

 通信相手がヘルメットを脱ぐと黄色みの強いストロベリーブロンドが宙で踊る。思わず目を瞠るほどの光景だが、その向こうから覗く勝ち気さを表す目元がサニキスはどうも苦手だった。


(事務的な会話をしている分にはいいが、戦闘後だけあって一際鋭いな。気圧(けお)されそうだ)

 気を引き締める。

(ホリー嬢のような清純さやたおやかさは欠片もない。まるで獣みたいだ)


 しかし、けなすために繋げたのではない。彼女と配下の仕事を称賛するためだ。人の上に立つなら褒めることを忘れてはならない。


「見事だった。想像以上だ」

 朗らかな笑顔を作る。

「あのキドレケス軍の戦闘艦二隻を容易に退けるとは素晴らしい。強い味方というのはこんなに頼りになるものかと感動している」

「とりあえず撃退しただけ。根本的な解決法ではないの。それはあなたの仕事。こちらが上手くいっているうちにどうにかしてちょうだい」

「働きかけはしている。しかし、簡単なことではない。今しばらく頼りにさせてほしい」


 あきらめるという選択肢はない。ワングとの婚約を破棄させてサニキスとの仲を認めさせるようホレイラの両親を説得すべき。ところが彼女の親は難色を示しているという。


「そう時間は取らせない。いずれ我が国もバニャン家もなにが正しいのか理解してくれるはずだ」

「そう願ってる。とりあえず部下を休ませないといけないから要望は後で聞かせて」

「無論だ。しっかりと休息してくれたまえ」


 背景は戻ってきたアームドスキンのチェックに騒然とした機体格納庫(ハンガー)。通信が切れないうちに指示出しをはじめている彼女はまだ休めないのかもしれない。


(この状態を引っ張るのも限度があるか。契約料金(フィー)の支払いも正規の予算が組めるかどうかと父上は言っていたからな)


 補給の段取りが必要だとかそういう頭は彼にはない。料金さえ払えば機能するものと思っている。


「大丈夫なのでしょうか、ニック様」

 ホレイラの瞳は翳っている。

「心配ありませんよ。僕がなんとかしてみせます。ただ、よくわからないのが、ご両親がうんと言ってくださらない点。なにが不満なのですか? 心当たりはありませんか?」

「おそらく父と母は心配しているのでしょう。私を大事に育ててくださいましたので」

「それは見ていれば理解できます。あなたほど清らかな方を見たことがありません」

 手の甲にキスをする。それでも彼女の表情は晴れない。

「豊かな暮らしをさせたいと思っているのだと思います。そのために力のあるキドレケスとの縁を繋げてくださったんですもの」

「僕では足りないとおっしゃる?」

「決してそんなことは……」


 少し傷つく。サニキスは絶対に彼女になに不自由ない暮らしをさせたいと願っている。それが伝わっていないのだろうか。


「畏れず申しあげますと」

「どうぞ忌憚なくおっしゃってください」

 長い睫毛の向こうの瞳が揺れる。

「ワング様はすでに軍の階級を授かってらして将来を嘱望されたお方。でも、ニック様は大統領閣下のご子息であられても、ご自身は役職を持っていらっしゃらないでしょう? わたくしはあなたこそが将来のアイザバ大統領と確信しておりますが、両親は確証のない立場を懸念されているのかと」

「確かになんら役職は得ていません。こうして父の公務の代役を担うことがある程度です。でも、枠が空けば補佐官に取り上げてもらう約束はしていますし、市民の信頼も得られるでしょう」

「お早く事実にしてくだされば幸いですわ」

 期待がひしひしと伝わってくる。

「わかりました。多少は強引でも話を進めてもらいましょう。そうすればご両親も安心してくださるはずです。炭素惑星(サクレスク)との縁が深まるのは父にとっても利益になるのですから」

「お願いいたします。今の状態でアイザバに行ってもどうなるか。連れ戻されてワング様のところへ引き渡されるのが不安で不安で」

「絶対にそんなことはさせません。僕の全力を持ってお守りします」

 少し表情を和らげたホレイラが身を寄せてくる。


(これ以上、彼女を不安にさせてなるものか。必ずや僕の描く正しい未来に連れて行ってみせる)


 そのためにすべきことを考えもしていないサニキスだった。


   ◇      ◇      ◇


「お疲れさま」

 柔らかい声音がリリエルを芯まで痺れさせる。

「うん、ちょっと疲れた」

「いくらでも支えるからさ」

「なんだったら抱きあげて部屋に連れてってくれてもいいのに」


 声の主のジュネに寄りかかる。腕を抱いて胸元に頬を寄せた。完全に体重を預けても彼は揺らぎもしない。


「それは忙しくしてる整備士(メカニック)たちに悪いよね。もうちょっと我慢しようか」

 それでも顔に掛かる横髪を払い除けてくれた。

「彼はなんだって?」

「ただのおべんちゃらよ。中身なんて一つもない。変わらず頭の中身までピンク色に染まってそう」

「困ったもんだね。あんなんじゃ思いどおりに踊らされてしまうだろうに」

 人物評も一致している。

「だから役無しのお飾りなんでしょ。いくら可愛くても父親だって重要な仕事は任せられないと感じてるんじゃない?」

「ところが、なんの意味もない招待の席で罠に嵌められてるんじゃ頭痛の種になってるかな?」

「たぶんね」


 それは如何にいえどサニキスの過失はない。ウイフェルが周到だったと評するしかあるまい。意味のない場と見せたのだろうから。


(きっと目を入れてアイザバ大統領のスケジュールまで把握してる)

 リリエルにも容易に想像できた。


「あの狂犬の性分や駄犬の性格まで計算するのはわからなくもないのよ。でもね、あのダシに使われてる女まで配置するのは面倒だったと思わない?」

 妙にウイフェルの思惑どおり立ちまわっているように見える。

「彼女の利益になる取引でもあるのかしら。まさか将来の大統領夫人に据えてやるとか、危うげな賭けに乗ったとか言わないでしょ。それだと頭が足りなさすぎだもん」

「まさか。彼女もそこまで愚かじゃない」

「偶然見つけた駒だったのかしらね」

 それにしては血統が都合良すぎる気がする。

「偶然にダイヤモンド利権に関わる家の娘が、偶然キドレケス軍高官に見初められて、偶然ウイフェルの晩餐会に居合わせることになったなんてことあると思う? そこまでいくとドラマよりドキュメンタリーのほうが面白くなっちゃうよね」

「あはは、なにその例え。ジュネにしては冴えた冗談ね」

「ひどいなぁ。ぼくだってユーモアを解するんだよ、ときにはね」


 弄んでいた彼の手を腰に誘導して巻きつける。宥めるように見上げた頬を撫でた。


「だったら彼女の役目はなに? ウイフェルの管轄下に入ることでダイヤモンド採掘者の地位向上でも約束されているのかしら。結局、親に使われているクチ?」

 人身御供にされているのかと思う。

「それだったらあの二人にも多少は優しくしてあげてもいいけど」

「不要だよ、エル。彼女なりに目的があるんだと思う」

「今のが嫉妬なら嬉しいんだけど」

 ジュネがそこまで言うということは裏まで読めていると確信する。

「そうでもないってわけね。どこで動く? あたしにやれることはなに?」

「今のところは大丈夫。キドレケスを弱らせて無謀な試みをさせないでくれればいいよ」

「はーい」


 首の後ろに手を回して青年の頭を引き寄せようとする。ところが目の前に投影パネルが開いた。


「お嬢、トリオントライは弄れないとはいえ整備コンソールのシートでイチャつくのは遠慮してほしいでやんす」

 タッターだった。

艦橋(ブリッジ)にクレームが入ってるでやんすよ」

「野暮な子ね。この忙しい中出歯亀をする余裕があるくらい優秀なら査定を上げてやりなさい」

「そんなことしたらブルって辞めちまうでやんしょう?」


 副官の答えにリリエルは声を立てて笑った。

次回『狂犬と駄犬のポルカ(4)』 「僕の行為は正当なものだ。必ずや証明される」

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― 新着の感想 ―
[一言] サニキスさん……が、がんばれ!(笑)
[一言] 更新有り難う御座います。 ……取り敢えず、駄犬君がアホなのは良く解った。 (ある意味、一番の被害者(何も知らされていないバックダンサー)の可能性も?)
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