狂犬と駄犬のポルカ(2)
照準は大雑把だが濃密なビームがトリオントライを襲う。狙点解析から光学ロックオンをもらう距離。牽制と排除の目的からセオリーどおりの行動。
(アクションパターンは頭に入ってるね。記録から読みとれる分には練度は低くないと感じたけど、どれくらい応用が効く?)
アームドスキンの導入から大きな戦争は経験していないキドレケス軍。実戦闘力を問えば演習の内容と各人の理解力によるものになり、単なる記録からは推定できない。
(突っついてみないとわからないか)
細身の機体をビームの隙間に放り込む。まだ手の内を明かす段階ではない。抜かせないくらいの障害を演じる。
「どこの軍だ。何機種投入してきてる」
性能解析を掛けているのだろうが、接敵するたびに機種が違うのに戸惑っている。
「聞いた限りでは民間のはずなんですが、所属があの新宙区だという話で」
「く、本場の部隊ということか」
「だからって、単機でなにができるってんだ」
どこにも跳ねっ返りはいる。不用意に詰めてきた相手に狙いを定めた。左手のビームランチャーのフェイントに反応したアームドスキンに一転して斬撃を見舞う。
「がっ! なにぃ!」
「迂闊を省みなよ」
リフレクタで受け止めるも弾き飛ばされている。思いがけないパワーに驚嘆の悲鳴。釘付けにするには程よいスパイスになる。
(足留めできればラーゴの負荷が減る。その分、本隊の厚みが増せば結果は知れたもの)
リリエルたちは一隊の突撃を容易に跳ね返している。自身の攻撃力に疑念を抱いた部隊は彼女の覇気に飲まれるだけ。
「侮った報いだ。戻れ」
「……了解」
フォーメーションを組み直している。
「余裕をあげる気はないかな」
「来るぞ」
「迎撃!」
ビームの槍衾をリフレクタで受け流す。反動をものともせず押し込めば戦列に走った動揺が照準を集中させる。そうすれば結果弾幕は薄くなる。
(演習だけで身に付ける力じゃ応用力に欠けるね)
ジュネの意識には隙としか映らない。甘くなった弾幕を突っ切って肉薄する。十五機もの数に怯まない突進が逆に相手の動揺を生んだ。
「度胸だけで勝負が決まると思うな!」
「裏打ちがなければね」
一機目がブレードを振りおろしてくる。対する彼は右手にブレードグリップのストロングスタイル。下から弾いて懐に滑り込むと胴体中央、コクピットを貫くような蹴りを突き刺した。
「がはぁ!」
二機目の斬撃は手首から刎ねる。そのまま右肩を押し付けるように密着。ビームランチャーで相手のショルダーユニットを吹き飛ばした。
密接状態を迂闊に攻撃できず、後ろから銃床で殴りつけようとする機体に脇を通してブレードを突きだす。頭部を縦に割り、片脚を根本からビームで粉砕した。
「どっちが迂闊だ! こんな至近距離で躱せると思うなよ!」
「まあ、そうかな」
周りは敵ばかり。すり抜けられないわけでもないが別の手段を取る。向かってくる光条に支持架を動かして重力波フィンをかざした。
「馬鹿な!」
「こんな使い方もあるんだよ」
重力波フィンそのものにリフレクタのような反発力場を作りだす力はない。しかし、生成される大量の重力子がビームを逸らす重力場を生みだすことはできる。光束は光る翅の表面を撫でるように逸らされてしまう。
「これが性能の違いか!」
「使い慣れていればさ」
間合いを切っていないので次の攻撃に繋げられる。ジュネはトリオントライを踏み込ませて肩の高さで薙ぎつつ抜けた。その位置ならば誘爆するものは収められていない。
「好きにさせるな。数で包め」
「通用する相手かどうかわからない?」
向こうから距離を詰めてくれるなら好都合。剣闘力の差を見せつけて圧倒する。ブレードのほうが大破させる加減がしやすい。
包囲陣に持っていかれても対処のしようはあるが、砲撃というのは不確定要素が大きくなる。的が動けば対消滅炉に直撃させる可能性は否定できない。
(挑発に乗ってくれるうちは難しくない。撤退ラインまで削っておく)
左手もビームランチャーを腰に戻し脇からブレードグリップを抜く。リリエルばりの双剣とはいかないが、それなりには使える。斬撃を片手で受け、もう一方で片腕を根本から飛ばす。
背後からの接近には機体をロールさせて対処。上下逆の相手に戸惑って手をこまねいている間に頭部を蹴り潰した。スピンしてもう一機の突きを弾く。コクピットを外してハッチから斜め上に頭まで貫いて退けた。
「くっ、トリッキーな。距離を取れ」
「手遅れだよ」
「半数以上大破させられたか。しかも撃破機がないとは手加減されているだと?」
ようやく気づいたようだ。ビームで突き放しつつ散開する部隊に、彼もブレードグリップを収めて両手ともビームランチャーに持ち替える。
剣闘を得意としていると見たようだが、ジュネの本領は視界に捕らわれない砲撃戦のほう。動かされてしまった相手に微笑を深める。
「同士討ちに注意して集中攻撃」
「了解!」
それも彼の手の内。命の灯りを空間認識で把握しているので意図的に射線を交差させるのも可能。避けたビームが友軍機を襲うようでは手数は減る一方になる。結果、ゆとりを持った処理ができる。
「速いぞ」
「読みにくい。こうも動くか?」
重力波フィンの機動性に舌を巻いている。プラズマジェットの光に目を慣らしたパイロットは機動方向を予測できずに苦心惨憺という有様。自在に動けるジュネは腕や脚を狙撃して削っていく。
「これでは遂行不可だ。撤退する」
「それが利口だね。逃してあげるよ」
追撃はしない。だが追尾はする。追い立てるように大量の大破機を抱えた部隊を追った。あまり機動力は奪ってないので後退ペースも速い。そう時間も掛けずに母艦近くまで到達した。
「我らが敵を引き込んだとあってはキドレケス正規軍の名折れ。身体を張ってでも阻止しろ」
「気負わないでよ。そこまでする気はないからさ」
撃沈させられると思ったのだろう。離れた位置でトリオントライを停める。ビームランチャーを突きだす。挨拶代わりに撃ち込むが防御フィールドの外側からでは当然貫けはしない。
「退かせなよ。だったらこれ以上は近づかない」
呼び掛けに応じるよう撃っただけ。
「脅しには屈しない」
「分別ある行動をしてくれれば殲滅まではしないって言ってるのにさ」
「正当な軍事作戦である。批判されるいわれはない」
頑として聞き入れない。
「そう言われてもね、戦闘艦が客船を追いまわしているのを傍から見て正当性を主張するんだ」
「犯罪行為を取り締まるためだ」
「どっちもどっちだと思わないかい? 確かに大統領子息がするには身勝手が過ぎるんだけどさ」
誘い水を掛ける。予想どおりに騒がしくなった。
「ならば、そっちが手を引け。訴えれば負けるとわかっているのだろう?」
「どうだろうね」
くすくす笑う。
「君の後ろにどこやらの影がチラついていなければ傍観しても良かったんだよ、ワング・コギトレさん」
「な、なんのことだ?」
「ダイヤモンドの魔性に取り憑かれて見境がなくなるのはいかがなもんだろうね?」
オープン回線の向こうに怯む気配。
「黙れ」
「無用な諍いは自身も国も脅かすってわからない? 誰に動かされてるか見えないようだと厳しい結末が待ってるよ」
「賢しらげに! 貴様になにがわかる、傭兵風情が!」
簡単に激発する。もし、これが一国の軍事の後継だというのなら不幸な現実でしかあるまい。
「頭が冷えた頃合いにゆっくり考えてみるといい、誰が得をするのかを。とりあえずは戦闘継続困難みたいだからさ」
「な! 本隊までもか!」
リリエルに一蹴されて戻ってくる。こちらの損害はそれほどでもなさそうだ。
「退くものか。必ずや取り戻してみせるからな!」
「困った人だね」
ジュネは孤立する前にトリオントライを反転させた。
次回『狂犬と駄犬のポルカ(3)』 「僕では足りないとおっしゃる?」




