狂犬と駄犬のポルカ(1)
「いけしゃあしゃあと! 盗人が!」
「そうやって女性を物扱いする男になどホリーを渡せるものか。我が身を省みたまえ」
サニキスに吠えかかっているのはワング・コギトレである。ホレイラの本来の婚約者は気丈にも自らキドレケス戦闘艦に同乗してやってきた。
「ほざいたな? 後悔しろ。ウイフェルと同盟のある我が国とそうでないアイザバとの差を思い知れ」
「卑怯者が。そんなものに僕の正しい選択が負けるわけがない」
「勝手を言うな。貴様はキドレケスの準国民を拉致した誘拐犯でしかないのだぞ」
キドレケスは戦闘艦二隻を派遣してきていた。保有する軍事力を考えれば少ないほうといえるが、他国の領宙で活動することを思えばぎりぎりの戦力としたのだろう。
(ウイフェルは黙認するか。裏で手を組んでいると考えるべき。ならば、僕の抗議も聞き流されたな)
本国を通して正式に抗議すべきだったかと思う。だが、もう手遅れ。
「攻撃してくるなら、キドレケスによる正式な交戦行動だと見なす。宣戦もしない軍事行動は近隣国の非難を招くと忘れるな?」
「自分の行いを棚に上げるな。我らの軍事作戦は、自国民の生命およびその財産を守る正当なものになる。もし、抗戦するならそっちこそが不当な軍事行動になる」
正当性の応酬になる。しかし、ここでサニキスは譲るわけにはいかない。国益のためにも、ホレイラのためにも。その手段は準備していた。
「リリエル・バレル君、ブラッドバウの出動を頼めるかね?」
「もちろん。契約分の仕事はするから安心してなさい」
豪語する。
「頼もしいね」
「その台詞は戦闘が終わってからになさい。そのときには本物の強さっていうのを実感してる」
「そう願いたいものだ」
サニキスは若干の不安を抱えながらも透明金属窓の向こうの朱色の戦闘艦を見つめた。
◇ ◇ ◇
ジュネはトリオントライを飛ばしながらキドレケス戦闘艦の様子をうかがう。一隻は先般のフェック・コナー号を追跡していた艦で、形式的な意味合いが強いのか威圧的な装飾が目立つ。しかし、もう一隻は完全に実務的なものだった。
(表向きは同盟国による派遣で、裏取引を匂わせない程度の規模に押さえられてる)
ウイフェルの動きはそれほど露骨ではない。暫定的な連動という一対多の不利を想起させる意図があろう。
介入を否定できるほどではないが、おそらく戦力的には連携しないものと彼は読んでいる。なので、ウイフェルの動向は監視する程度に収めていた。
「どう? 連中、本気?」
「うーん、例のお客さんに比べたら冷静かな」
発進した朱色のアームドスキンが並んでくる。リリエルはどのレベルの対処をすべきか勘案中らしい。
「予定どおり、撃破は最低限にしとくくらい?」
「防衛主体でいこう」
事前に打ち合わせた内容に変更を加えない。
「らしくない戦法になるけどお願いできる?」
「どんなミッションになっても対応できるよう仕込んであるから安心して」
「重々承知してるけどね。ストレス掛からないよう気をつけて。無理させて万が一があっちゃいけない。それほど重要事案じゃない」
戦死者を出すほどではないということ。
「戦争抑止が最終目的である以上、物的被害に抑えておくのが正解ね。ただ、プライドはずたずたにしちゃうかもだけど」
「そっちはいい。ワングは収まりつかなくても部隊は本国の利益を優先するはず。ウイフェルの成功がないと国益には繋がらない」
「撤退ラインは守ると思ってよさそうね」
両国の目的はアイザバの追い落としである。ダイヤモンド利権という要を押さえてウイフェルが経済ハブに成り代わり、キドレケスが軍事面を担うというもの。それでカイサムダル宙区の覇権を握る目論見なのだ。
「偉そうに命令すんな、居候」
可愛らしく噛み付いてくるのも定番。
「命令したりはしないさ。ゼルならきっとエルが思い描いたとおりの働きをしてくれると信じてる」
「も、もちろんよ」
「優秀な君は防衛戦でも突出したりせずに弱ったところをフォローしてくれたりするよね?」
暗に示唆する。
「任せて。あんたの二、三人分は働いてみせるわよ」
「安心してください、ジュネ。首に縄をつけておきますので」
「そんなぁ、たいちょー」
ヴィエンタの言い様にテンションが落ちている。
「よろしく。全体押し気味でもいいよ、ラーゴ。両翼を巻いて抜かせないよう管理して」
「合点っす、ジュネ。お坊ちゃんには怖い思いさせないようにするっす」
「ありがとう。頼むね」
相手からの警告にリリエルが啖呵を返している裏で指示を与えていく。キドレケスもアームドスキンを展開したところで「じゃあ、始めよう」と宣言した。
(侮って、あんまり突っ込んできてくれると衝突が激しくなるね。無駄な被害が出ないよう牽制くらいは入れとこうか)
トリオントライに高出力の専用ビームランチャーを両手に持たせると敵方をうかがう。戦闘艦は十分な距離を取っているつもりだろうがジュネにはそんなものは無意味。意識を向けると灯りがくっきりと浮きあがる。
「戦闘準備!」
「うっす!」
彼の素振りを見てリリエルが命令を下す。それに合わせて照準したトリガーを押し込んだ。少し径の大きいビームが宇宙の暗闇を貫いて飛んでいく。
アームドスキン部隊の灯りがパッと散る。いきなり狙撃されるとは思っていなかったのか動揺の色を隠せない。とはいえ当たってくれるはずもなく、ビームは戦闘艦の防御フィールドを賑やかせただけのはず。
(難しい敵はいるかな? 軍事強国を標榜するならそれなりに層は厚いとは思うんだけど)
データなら覗けるが、そこに表れない不確定要素が厄介だ。心配はしていないが、戦力比が一対二なのも事実。補給が見込めない状況で消耗は避けたい。
「少し前に出る」
「あたしも行っていい?」
「そこまでじゃないよ。軽く撫でるだけだから」
リリエルを宥めてから戦列の上に出る。向かってくる部隊を俯瞰する位置に機体を持っていった。観察するが注目すべき動きはない。
(なんの変哲もない相手と見るべきか、よく統率されていると思うべきか)
整然としていると逆に判断に困る。
「勢いだけは止めさせてもらう」
独りごちる。
狙撃をやめてビームランチャーをヒップガードにラッチする。目標を定めると重力波フィンの支持架が合わせて稼働。機体を瞬時に加速させる。
狙いは先頭集団の隊長機らしきアームドスキン。武装を使いもせず蹴撃だけでさらっていく。下に抜けたところでブレードで頭部を刎ねた。
「なんだ!? どこから来た?」
「増援か? 見えている相手だけじゃないのか?」
動揺が広がる。警戒感ばかりが募り、全体の勢いが減じていった。そこへリリエル率いる本隊の狙撃がはじまる。
(最高のタイミングだね)
彼の動きを読んで阿吽の呼吸で対応してくれる。無駄がなく、かつ鋭い攻勢に混乱が広がるのみ。立て直す暇を与えない。
「全機、抜剣!」
「おー!」
こうなれば相手は飲まれる。先頭グループは意識しなくてもいい。後方の実務部隊に集中した。
「上下に散開。あの部隊は任せてフェック・コナー号を押さえる」
「了解」
(それは遠慮してくれないと困るな)
隊長機の制御部を潰して戦闘不能にすると再びビームランチャーをかまえてトリオントライを寝かす。前衛部隊の隙間を縫って迂回集団を狙撃。射線を読めないうえに、下からのビームが二機の推進機を粉砕した。
「おい、味方を撃つな!」
「違う! 下だ!」
(これでラーゴに処理を任せよう)
ジュネは下側の迂回部隊に正対した。
次回『狂犬と駄犬のポルカ(2)』 「通用する相手かどうかわからない?」