楽天的恋愛脳(4)
「隊長、泡食ってたね」
リリエルはいい気味とばかりに吹きだす。
「そりゃそうでしょー。客に喧嘩吹っかけただけでも失態なのに、身内にスパイを飼ってたかもしれないなんて大失態ですもん」
「それでお坊ちゃんになにかあったら軍部にどんな制裁がくだされるか」
「お遊びに付き合ってるつもりが、甘々な内情を暴かれるとは思ってなかったでしょーし」
ゼレイは愉快とばかりに笑う。実際は笑い話では済むまい。徹底的に洗われるだろうし、しばらくは文句も言えなくなる。
「それでもウイフェルの関与が発覚したのですから、考え直すきっかけになるはずですが」
ヴィエンタは冷静に分析している。
「普通に考えれば利用しない手はないけど? 絞めあげて吐かせたら、ウイフェルへの政治カードになる。表に出さないままのほうが効果的。つまらない画策は身のためにならないって脅しが効く」
「順当ですね」
「あくまで普通なら。意味がわからないようだと、あの御曹司はかなり重症ってことになるけど、さてどうかしら?」
彼らだけで来た道を戻っている。案内係まで怯えて逃げ帰ってしまったのでちょうどいい。面倒の種は潰せたので目的は達している。レイクロラナンに帰るだけ。
「勝手にさせておきましょう。これ以上手伝ってあげる必要はありません」
腹心はもう興味を失っている。
「冷たいのね?」
「視界に入っていても、お嬢の成長の糧にもならない人物です。やくたいもない」
「ヴィーは本当にあのタイプ嫌いよね?」
おかしくなってくる。
「恋愛だけにうつつを抜かすような愚か者を異性として見る気にもなりませんね」
「理屈をこねてたけど?」
「誤魔化しようもないではありませんか」
ヴィエンタはサニキスの恋愛脳に辟易している様子。ゼレイと正反対の反応を示している。妹分は危険を察して口をつぐんでいた。
「材料は与えたんだからあとは勝手さ。放っとこう」
ジュネもかまう気がなさそうだ。
「アイザバはあんまり関係ないものね。キドレケスの動きにウイフェルがどこまで関わっているかだもん。そっちを探るのが本命」
「うん。じゃあ、ぼくはちょっと野暮用を済ませてくるから先に乗っておいて」
「そう? ならトリオントライは守っとくから」
(問題は手だけじゃなく、目や耳になる人間も置いているであろうってこと。そのへんはジュネがわかってないはずがないから大丈夫だとは思うけど)
リリエルは想い人の背中を見送った。
◇ ◇ ◇
「すると、本当に工作要員だったわけか?」
サニキスのところに軍の隊長が報告にやってきていた。
「恥ずかしながらおそらくは。手荷物を調べてみると危険物も幾つか所持していましたので」
「君らは兵員なのだから危険物くらい持っているだろう?」
「そういう類のものじゃありませんて。警護に爆発物なんて不要ですから」
苦り顔をしている。
「今、船内カメラの映像を洗わせています。立ちまわり先から三つほどリモートタイプの液体爆弾を回収しました。まだ見つかりそうです」
「物騒だな。そんな報告をして軍部は大丈夫なのかい?」
「隠し立てして警護対象にもしものことがあればこんなものじゃ済みません。気をつけてもらうためにも、こうして聞いていただいてます」
形振りかまっていられないらしい。隊長は危機感を抱いている。今は警護対象より上層部のほうに不安を感じているか。
「僕の命に危険が及ぶ可能性を感じているんだね。それよりはまずホリーの身を案じてほしい。もしかしたらキドレケスの差金かもしれない」
彼はむしろそちらを危ぶんでいる。
「そうですかい? 奴ら、ホレイラ嬢の身柄も大事なんでしょう? まさか破壊工作に及ぶとは思えないんですが」
「手に入らないなら壊してしまえという幼稚な考えの可能性は捨てきれないだろう? ワングの嗜虐性というのはどうも子供のそれに近いような気がしてならない」
「そうとは思えないんですけどねえ」
隊長は眉を歪ませている。
「僕は大丈夫さ。男だから自分の身くらいなんとでもなる。でも、こういった閉鎖空間でか弱い女性を守るのは大変だ。船長やブラッドバウの戦闘艦に指示も出さないといけないからね。協力を願いたいんだがどうだね?」
「やぶさかではないですが、サニキス殿も身の周りに注意を払っておいてください」
「ああ、努力するよ」
隊長の心配性に苦笑する。危険分子が潜り込んでいたようだが排除に成功している。ここは敵地でもなんでもない。
「ウイフェルには直接抗議しておこう。釘を差しておけば迂闊に動いたりはしないはずだ」
二の足を踏むと読んでいる。
「そんなもんでしょうかねえ。そちらは自分の管轄じゃないんで任せます。こっちはまだ探りを入れときます。根っこまで抜いとかないと気が気じゃありませんから」
「そうしてくれたまえ」
「くれぐれも注意してください、サニキス殿。こいつはどうも一筋縄じゃいかない気がします」
くどいほどに言ってくる。
「もちろんだ。僕になにかあればホリーの身元を保証する人間がいなくなってしまうからね」
「はぁ」
「忠告感謝する。君は君の仕事をしてくれ。あとは僕がなんとでもしてみせよう」
サニキスは事態を掌握しているつもりだった。
◇ ◇ ◇
万が一に連れてきていた兵員が問題を起こしたというのでサニキスに警官が守っている自室で待っているように告げられた。しかし、ホレイラは事の成り行きが心配で少し離れたところで様子をうかがっている。
(解決した? どうなったの?)
今はしきりに待機室から兵士が出入りし、紹介された隊長もどこかへ報告に出かけている。おそらくサニキスや船長のところだろう。
(直接覗くのは無理そう。誰かに近づいて話を聞くかしないと確認できないわ。少し強引でないといけないのかしら)
彼女自身なんの戦闘力もない。自衛するにもなんにも、別の人間を頼るしかないので状況は知っておかなくては今後に困る。
肝心の人物は簡単に懐柔できたが、それ以外の部分はどうしようもない。彼も頼れるところを見せようと懸命になっている所為か、迷っているのを隠そうとするので情報源にはならない。
「気になる?」
背筋が跳ねた。人の気配を感じなかったのに突然背後から声を掛けられたからだ。悲鳴を噛み殺すのが精一杯だった。
「それは……、自分の身にも関わることなので」
「ふぅん」
まるで空間からにじみ出るみたいに声の主の気配がしはじめる。目にした相手は少年の域をようやく脱したかといった頃合いの青年。紫と緑という非常に特殊な瞳の色が印象的だ。
(カラーレンズを入れてる? そういう遊びに熱心な年頃は過ぎてるんじゃないかと思うけど)
深紫のフィットスキンの胸のロゴは「BV」。おそらくは雇ったと言っていた軍事会社の戦闘職の一人だと思われた。
「あきらめることだね。彼に疑われるのは本意じゃないだろう?」
含みのある言葉を投げかけられる。
「いえ、本当に心配なだけなんで」
「自分も消されると思った? たぶん保険みたいなものだと思うよ。実行すれば露骨すぎるから。あっちの本命は君」
「……なんのことです?」
意図が読めないので取り繕うしかない。
「ブラッドバウやぼくみたいな不測の事態に対処するための駒が潰されたわけだから焦るかもしれないけどフォローは効く。そこに君が関わることはないんじゃないかな」
「…………」
「あきらめないのは勝手だけどさ、それでどうなるの? 君の背負っているものはそんなに大きい?」
(そんなの当人にしかわかるわけないわ。どれだけ苦しいかなんて)
黙っていると青年は「忠告はしたよ」と言ってホレイラの前から歩み去った。
次回『狂犬と駄犬のポルカ(1)』 「そんなものに僕の正しい選択が負けるわけがない」




