楽天的恋愛脳(2)
契約相手の責任者と名乗る若い娘のリリエルが船内の警備状況も確認しておきたいと言うので許可する。船長に案内係を付けるよう頼んでその場は解散した。
「本当に大丈夫なのでしょうか、セニキス様?」
ホレイラが思い詰めたふうに訊いてくる。
「ですからニックと呼んでくださいと申しあげているでしょう? ブラッドバウのことは調べさせました。意外と優秀なようですし、母体の組織もしっかりしたものだといいます。任せたいと思っているのですが不安ですか?」
「彼らのことはわかりません。わたくしは素人ですので」
「信用できると思いますよ。自信有りげな物言いですし」
正直なところセニキスにも実力のほどはわからない。
「問題はお国同士の話のことです。アイザバが困って引き渡されようものならワング殿にどんな目に遭わされるのでしょうか? それが不安で不安で」
「お任せください。僕が必ずやあなたを守ってみせますよ」
「信じてよろしいのですか? お立場が悪くなったりなさらないので?」
自分が大変な状況なのに彼の立場まで慮ってくれる。その気遣いが心を余計に熱くする。清純な見た目も好みそのものでしかない。
(このような方をワングみたいな悪党に汚させてなるものか。絶対に僕が守ってみせる)
彼女の不安を解く具体的な行動も不可欠だろう。ブラッドバウの若い男が言っていたように、家に連絡して父親にキドレケスとウイフェルに話を付けてもらえるよう手配しなければならない。それと、ホレイラのバニャン家の親族にも結婚を認めてくれるよう働きかける必要がある。
(わかっていたことだが案外忙しい。しかし、必ずや果たしてみせる)
セニキスに誘導されたという自覚は全くなかった。
◇ ◇ ◇
案内係のあとにつづいてフェック・コナー号の船内を見学する。正直、警備状態など関係ないし、リリエルも全く興味がない。別の目的のためである。
「どのあたりにひそんでると思う?」
ヴィエンタを前に出して質問させ、その間にジュネと小声で打ち合わせる。
「目的によるね。単に監視目的ならどこに置いてもいい。機器の設置回収で事足りるから。でも、乗じてセニキスの殺害を企ててキドレケスとの関係悪化に確実を期すなら居場所は限られるかな」
「戦闘職ね。突撃兵を連れてきてるとか言ってた。軍に潜り込ませてる?」
「今回に合わせてじゃなく、元から置いていた人間なら使える。ただし、その場合は配置する側にも手を置いておかなきゃならないけどさ」
ウイフェルはアイザバの奥深くまで工作員を入れているという意味。
「公職にない名代を遣わすだけなら警備にもそれほど重きは置いてないでしょうね。自由度が高ければそこまで上の人間でなくとも大丈夫」
「さすがに身体検査の厳しいクラスの軍幹部とかを抱き込むのは手間が掛かるし」
「ウイフェルはかなり前からチャンスを狙っていたってこと。それならセニキスの性格まで完全に読んで仕組んだのね。まあ、動かしやすい相手ではあるけど」
完全にジュネの手の平の上で転がされていた。見ていて滑稽で、吹きだすのを我慢するのが大変だったほどだ。
「ヴィーに案内係を持っていかせる? 乗員名簿から身元調査入れるならどこかからアクセスしないと。ゼルに見張りさせればいいし」
「居候のためじゃなくエル様の命令に従うんだからね」
「いや、僕が直接見たほうが早い。正面から行こう」
兵員の待機場所に案内してもらうことにする。不自然さがなくて好都合。手段もジュネが考えていることだろう。
(身辺警護はそれなりの人間で固められてるのね)
会議室外、要人客室付近の詰所はスルーする。警官と兵員は持ち場が違うので待機所は別にされていた。
警備兵も乗船する御用客船らしく戦闘艦のようにトレーニングルームが存在する。入る前からジュネはリリエルのほうを見て頷いてきた。
(やっぱり、ここ? じゃあ)
ヴィエンタとゼレイになにがあっても邪魔しないよう合図する。
「軍の方は待機室とこちらを使っていただいてます」
案内係は気づかずアナウンスしている。
「まあ、宇宙に出てしまえば出番のない兵員ですもんね。遊ばせておくしかないでしょ」
「……!」
リリエルが意識的に挑発するように言う。室内は一瞬にして気色ばむ気配。しかし、彼らに注目すると緊張感は一気に緩んだ。
「これはこれは」
隊長らしき髭面がいやらしい笑いを口元に張りつけている。
「戦争屋を雇ったと聞いていたが子供の遊びだったか。あの坊ちゃんも見る目がない。思いつきで動くから選べない羽目になっちまうんだ」
「あら、飼い主に噛みつく駄犬の群れだったのかしら」
「口だけは達者だ。だがな、自分の置かれている状態が読めないくらい素人なのはどうしようもない」
案内を弾きだして四人を取り囲む。大柄な男ばかり二十人ほどで逃げ道まで押さえられてしまった。
「詫びな。だったら聞かなかったことにしてやる」
すごんでいる隊員を制しつつ隊長が言う。
「無用そうだ。力自慢なら、同じだけ寛容さも備えたほうがいい。そうじゃないと、ただの犯罪者予備軍としか見られない」
「いい度胸だ、若造」
「度胸だけじゃない。喧嘩を買う覚悟くらいあるから言ってる。理解できるなら場所を空けろ。相手してやる」
深紫のフィットスキンが氷のような表情で腕を振って前に出る。それだけで兵士たちは鼻の穴を膨らませていた。
「大口叩かなきゃ撫でるくらいで済ませてやったのに、そうもいかなくなったぜ?」
肩や首を鳴らしつつの台詞。
「ぼくも女性相手にそんな口を利く愚か者に容赦するのは無理だね」
「意気がるのにも限度ってものがあるってわからせてやれ」
「立ってられる程度にしとけ。俺の分も残せよ」
目配せを交わした男たちは最初の一人に譲る様子。口振りからジュネ一人で相手すると見てのことだろう。
気持ちはわからなくもない。なにせ彼は身長が170cm。巨躯の兵士の輪に紛れれば埋もれてしまうほど。華奢ではないが筋肉質というわけでもない。体術に心得がある程度だと見くびっているはず。
(残念ながら大外れ。ま、実際に手合わせしてみないとわからないでしょ)
拳も鳴らしながら不用意に青年の前に立つ。ウェイト差から攻撃されても効きもしないと勘違いしている。
「先に一発だけ許してやる。そいつが開始のチャイムだ」
傲然と言い放った。
「要らない。来なよ」
「お前のほうが余程愚かじゃねえか」
「それは一発目でわかる」
腐っても戦闘職だった。大振りな一撃など打ってこない。自然にファイティングポーズを取るとコンパクトなパンチが空気を鳴らす。訓練で培ったしっかりと体重の乗った拳だった。
「ばっかやろう! 一発で決めたら面白くないだろ!」
「加減しろって! 物を噛んで食えなくしてやるなよ!」
軌道からするとジュネの顎にヒットするはずのもの。しかし、硬いものを殴ったときのような音がしたかと思うとそこで止まる。二人の位置は微動だにしていない。
「お前?」
「もうちょっと工夫しないと受けるのは簡単だと思わない?」
青年はその一撃を顔の横に上げた拳の甲で受けていた。兵士にしてみれば、それさえも撃ち抜けるはずの力を込めていたのだろう。しかし、受けきれなかった手が顔に当たるどころか、力を逸らしたふうもない。衝撃は全て甲に伝わっているのに手の骨も砕けた様子がない。
「フィットスキンのグローブがあるとはいえ今の当たりは」
「開始の合図だったよね? じゃあ、こっちからも行かせてもらう」
残っていた左の拳が霞んだ。次の瞬間には兵士の鳩尾に突き刺さっている。耐衝撃性の高いシリコンラバー素材がありえないほどに拳を飲み込む。
「げぶぉ……」
兵士が吐瀉したものからリリエルは目を逸らした。
次回『楽天的恋愛脳(3)』 「ちゃんと躱してね。当たると痛いじゃ済まないよ」