楽天的恋愛脳(1)
リリエルはジュネと一緒にヴィエンタ、ゼレイを連れてフェック・コナー号を訪れる。相手が現状をどこまで理解しているか探るためだ。妹分は邪魔になる可能性が高いのだが。
(ゼルを残してヴィーを連れていくと、なにするかわかんないから手元に置いとくほうがマシ)
その一心であった。
ジュネが出向くと言うので、責任者たる彼女が同行しないのは不自然。代理とするには彼は若い。訝られても困る。
「いると思う?」
「普通に考えれば」
ウイフェルのスパイが入っている可能性を論じている。
「いざってときに制御を外れたら厳しくなるよね? 把握しておくべき。できれば排除したいところだけど」
「確かにね。後ろまで掻き混ぜられるのは勘弁」
「泳がせとくのはリスクが高すぎるんだけど、さて」
潰しておきたいが、実行するかはどの立ち位置にいるかで決まる。深く潜り込んで信用を得ているようでは手出しできない。こちらが信用を失うのは最悪だ。
「乗船許可もらった」
「じゃあ、伺おう」
金翼のエンブレムを消したトリオントライが先行する。相手の心身状態まで見えるジュネを前に立てたほうが好都合なので、彼女の腹心という触れ込みでいてもらう。
「ようこそ、リリエル・バレル。この度は請けてくださって感謝します」
「いいえ。こちらこそ、立ち入りを認めてくれてありがとう」
アームドスキンを収容できるような格納庫はない。機体を船体に固定して人間用空気カーテンを通って船内へ。そこで歓迎を受けた。
「そうやって保護してるのね」
今もホレイラが腕にぶら下がっている。
「はい、紳士たるもの、苦しんでいる方を放置などできません。僕はそう心掛けています。あなたのような職種ではなおさら……」
「そうでもないけど。あたしの側近のヴィエンタ。契約事務とか任せてるから」
「よろしくお願いします」
ジュネ以外は若い女三人。彼もそう強そうとは思えていないのだろう。セニキスの信条とは異なる状態に言い淀んでいる。
(ジュネが星間銀河圏でも最強クラスのパイロットには見えてない)
屈強な男を連れてくるかと期待していたのかもしれない。
(騎士気取りもいいけど、自分で思ってるほど器が大きい感じじゃない)
辛辣な評価を下す。そこに彼女の想いが絡んだ贔屓目があろうが事実は事実。人物眼を含めてぬるい男だと感じてしまう。
「護衛契約はするけど、フェック・コナー号をアイザバに送り届けるまでにさせてもらいます。理由はわかってて?」
相手は訝しげな面持ち。
「スケジュール的な問題で?」
「違う。この状態が戦争突入の危険を孕んでいるからよ。依頼の範囲としてこなさないと、開戦原因になったと判断されたら事業登録を取り消されかねない」
「もしものときは僕が星間管理局に口利きしますから」
簡単に言う。
「管理局はそんなに甘い組織じゃないの。あなたが国家元首の家族だからって規則を曲げてはくれない。私利のために戦闘行為を助長するような事業者は排除される」
「そこまでは。彼女の窮状を鑑みて温情をくださるでしょう」
「そんな甘い考えで組織はまわらない。残念だけど、自分で思っているほどの影響力はないと思って。こちらは自己防衛せざるを得ないの」
軽率な発言ばかりが目立つ。機転の効く軍事会社だったら早々に手を切っているだろう。話しているうちに会議室らしき場所に通された。それぞれに飲み物も供される。
「そもそも、どこに落とし処を持っていこうとしてるの? 現状はそれほど優位には働いていなくてよ」
理解のほどを訊いておかねばならない。
「もちろん彼女の身柄の保護が第一目標です。婚約者とはいえ、ワングの魔手にみすみす渡してはいけません。そのうえでホリーが望むならばアイザバで暮らしていただこうかと。身柄を保証できるようになれば一番なんですが」
「それはつまり?」
「僕が彼女を迎えるということです。そうすればアイザバ国籍を得ることも容易ですので」
「あーん……」
二人の未来を語られても困る。そんなのはリリエルが関知するところではない。
「そうじゃなくて、キドレケスとの関係の話をしてくれない? 今のままだと、あなたがホレイラさんを不当に連れ去ったようにしか見えないってこと」
ゼレイが親指を立てているが目で黙らせる。
「不当とは心外です。ワングのような男がバニャン家に近づくということは利権を狙っているとしか思えません。嫁げばホリーがどんな扱いを受けるか。想像だにしたくない」
「そういう相手の思惑とかどうでもいいから。第三者的には、他人の同行者を勝手に連れ去ったってふうにしか見えないっての」
「それは彼女が僕の……、アイザバの保護下に入れば婚約を強要されたと正式に拒んでくれるでしょう。事情があると判明すれば外交で解決できるはずです」
驚くほどに楽天的である。
「そこまで漕ぎ着けられればいいけど。現状、キドレケスは準自国民を略取されたという宣戦布告をするのに正当な理由を持ってる。利権が絡むならなおさら。絶対に彼女を奪還しようとするでしょうね」
「だとすれば、なんと悪辣な。言語道断だとは思いませんか?」
「あたしはここであなたと正当性と正義の違いに関して議論する気はないの」
(とびきり扱いづらいタイプね。自分が確信犯的行動を取っているとは丸っきり思ってないんだもん)
嫌になってきた。
油切れを起こした機械のような動作で隣に座るジュネを見る。彼は口元を押さえる仕草に隠れて失笑していた。「助けて」と目で訴える。
「お聞きしても?」
青年は助け舟を出してくれる。
「ならば、キドレケスとの外交ラインを用いて戦争回避の手段を講じているんですよね? 本国への報告を含めて今後を考えて」
「いえ、まずはホリーを安全な場所にお連れしないと。話はそれからです」
「では、まず現状報告と今後の対応を詰めておくのをお勧めしますよ。突如としてキドレケスからの抗議と軍事的強硬手段をほのめかされては本国の方々が大変でしょう」
遠回しにやっていることが片手落ちだと指摘してくれる。
「確かに君の言うとおりだ。父上に話しておこう」
「そんなに悪いことにはならないと思いますよ。彼女の立場を考えればね」
「ホリーの身の上を知っているのかな?」
彼女のことが絡むと急に慎重になる。セニキスもとんだ間抜けではないのだろう。
「そのへんは察してちょうだい。あたしたちは戦闘のプロ。情報戦だってお手のものよ。彼はそちらの専門だもの」
誤魔化すと納得したようだ。
「なるほど、どうやら見損ねていたようだ。お詫びさせてください。お家柄の事情もあって彼女を見捨てるわけにはいかないのです」
「ただし、状況が悪いのに変わりがないのは忘れないよう。当面は事態の収拾を働きかけてください。それまではぼくたちでもたせましょう」
「これは当たりを引いたかな? よろしくお願いしたい」
あくまで冷静に判断できていると見せかけてくる。
「無論ではありますが、ウイフェルへの事情説明と交渉もしておくべきですよ。そうでないと国内で勝手に抗争をはじめた犯罪者とみなされて、そちらからの追及も躱さなくてはならなくなります」
「ふむふむ、確かに。それも父に頼んで対処していただくとしよう。他には?」
「あとは、あなた方がどの程度持久戦に耐えられるかですね。我々はそういった事態にも慣れていますが貴殿はそうでないでしょう。贅沢は控えるのがよろしいかと」
お坊ちゃんは少し考えて「彼女に不自由をさせない程度なら」と答える。
(結局、全部言われないとできないわけ。とんだ箱入り息子ね)
リリエルは閉口した。
次回『楽天的恋愛脳(2)』 「僕が必ずやあなたを守ってみせますよ」




