略奪の逃避行(3)
「ダイヤモンド? そんな感じだった?」
「君はあまり興味なさそうだから、そういうとこには連れていかなかったけど」
「でも、ダイヤモンドって……」
貴石としての価値は否めない。日常仕様に限れば変化に強いアクセサリー素材、しかも美しさが本物なのはリリエルも理解している。しかし、希少性が高いとはいえない。
「資産価値は決して高いものじゃなくない?」
「うん。でも、資源価値がある」
眉根を寄せる。
「資源?」
「時空干渉素子の材料になるんでやんす」
「ほんと?」
科学技術面には疎い。
「対消滅炉の曝露素子もそうでやんすが、時空穿孔機の素子にはダイヤモンドを使うでやす」
「そうだったの」
「性質に関係するんでやんすよ」
タッター曰く、時空物質・時空外媒質対消滅に関わる部分なので結合力、つまり硬さが重要になる。ダイヤモンドより硬い物質は存在するが、整形するのにセラミック加工が必要なのだそうだ。
対消滅炉では高電位プラズマにさらされる部品になるのでセラミックのイオン結合は解かれてしまい寿命が短くなる。その点、共有結合である格子結晶のダイヤモンドは安定度が高く寿命が長いそうなのだ。
「熱には弱いでやんすが、そこは磁場コーティングで解消できるんでやす。だもんで、穿孔素子にはダイヤモンドを使うんでやんす」
彼女にも理解できるよう説明してくれた。
「そうなの。大量に必要になるから資源価値は高いのね」
「対消滅炉の曝露素子になるとダイヤモンドの上の状態、六方晶の結晶構造を持つロンズデーライトが最良とされるんだ。質のいい対消滅炉、ブラッドバウの製品は使ってるんじゃない?」
「前は無理だったでやすが、今は使ってるでやんす。ロンズデーライトを仕入れられるようになったでやすから」
高品位の対消滅炉を採用しているという。
「星間銀河圏には合成技術があるのね」
「ない。正確にはあるけどハイコスト過ぎて実用性が低い。だから採掘して得ているのさ」
「採掘? ダイヤモンド以上のものが簡単に掘れるものなの?」
希少価値は推察できる。価格的にも相当のものになりそうなことも。
「炭素惑星」
ジュネの発したワードは聞き慣れないもの。
「惑星全体が炭素、もしくは割合の高い炭素化合物でできた惑星ってのが存在するんだ。その惑星にはダイヤモンドの地層なんてものがあったりする」
「ダイヤモンドの地層とか豪勢ね」
「うん。しかも、大型固体惑星クラスの炭素惑星だとロンズデーライトの埋蔵量も多い。そこが産出してる資源がブラッドバウにも入ってきてる」
輸出に偏っているゴート宙区ではあるが、一部輸入に頼らざるを得ない資源がある。その一角がダイヤモンドやロンズデーライトのようなものなのだという。
「探せばうちの宙区にも炭素惑星があるかもしれないでやんす。でも、採掘技術がないんでやす」
そこは星間銀河圏が進んでいるらしい。
「なるほど。そうなるとダイヤモンド利権が生まれても変じゃないのね」
「で、アイザバが抱えているのが埋蔵量の高い炭素大型固体惑星なわけ」
「あそこの繁栄はダイヤモンド採掘権によるものって話?」
ジュネは頷く。
「お互いに力のある国。戦争になれば長丁場にもなる。そうなれば物流にも支障が出てダイヤモンド流通に問題が発生すると」
「突っつき易いでやんすね。近隣の経済状況にも影響するでやんしょう。採掘管理を一時貸与する形を採るしかないかもしれないでやんす」
「それを狙っているのがウイフェル。そこに繋げる布石なんじゃないかってことね」
難しい話に置いてけぼりを食らったゼレイを除いてジュネの推測を理解する。戦費の捻出など、経済悪化を招かないようにするのに他国への採掘権の貸与は珍しい話ではない。
(それでも偶然に頼っている部分があるような気がする)
リリエルは腑に落ちない。
「これが要かもしれないね」
彼女の表情を読んだみたいにジュネは続ける。
「あの女性、ホレイラ・バニャンが炭素惑星サクレスクの採掘管理を担っている家系の一人だったらさ」
「……だとしたらアイザバは戦争回避のために彼女を切れない。保護を求められたら受け入れるしかないじゃない。リスクを孕んでいても」
「そこまで計算された仕掛けなんだろうね」
ジュネの微笑に苦味が混じる。
「ウイフェルには策士がいる。この一幕を描いた策士が。あたし、片棒担ぎたくない」
「困ったもんさ」
「でも、こっちには策を簡単に看破してしまうあなたがいる。そんなに分が悪いともいえない。演者として違うエンディングを創りだしちゃう?」
彼は関与を否定せず説明した。わざわざ手間を掛けた意味はおそらく戦争状態の阻止にあるだろう。
「君がたまには暴れたいと思ってるなら。もしくは略奪愛に共感するロマンティシズムの持ち主だったなら」
意地悪げに言う。
「あたしをなんだと思ってるの?」
「そうですよ。エル様はロマンチストに決まってます!」
「違う違う!」
暴走娘に辟易する。
「ジュネがこのカイサムダル宙区の平和を望んでるなら手伝う。そういう理由」
「でも、結果的には略奪愛推奨なんですよね?」
「誰が推奨するか!」
結論ありきのゼレイを持て余す。それでも、この妹分に悪意はなく憎めない質なのでツッコむだけで済ませる。
「そういうことで護衛任務を請ける。ちょっとハードになりそうだけど大丈夫よね?」
「合点でさあ」
反対意見は出ない。まとまりでは誰にも負けない自信がある。いささか複雑な陰謀劇だが切り抜けられるだろう。
「セニキス、いい?」
ミュートを解除する。
「協議は終わりましたか、リリエル? こちらでも君たちのことを調べさせてもらいました。まさか、あの新宙区の組織だったとは。良いお返事をいただければこれほど心強い味方はいない」
「ええ、期待どおりの返事ができてよ。ただし、状況的に傭兵ランクの契約になるから高くつく。それと幾つか確認させて」
「なんでしょう?」
フェック・コナー号が戦闘強度の防御フィールドを搭載しているか尋ねる。いざというときレイクロラナンを盾にしなくてはならないようでは危険度は桁違いだ。
「政府御用達の船舶登録をされている船です。機動兵器までは搭載していませんが防御フィールドは戦闘強度。軍から戦闘服装備の警護兵も借り受けてきています」
平和外交の一端で最低限の防備で来たという。
「それならまあ、どうにかできるでしょう」
「契約金ももちろん保証いたします。なんでしたら一部前払いさせてもらってもかまいません」
「成功報酬で了承よ。それと戦闘中の運行に関してはこちらの指示に従うよう手配よろしく」
勝手に動きまわられては困る。関係国と国際問題に発展してもブラッドバウは痛くも痒くもないが、穏便に収めることが難しくなる。避けたいところ。
「じゃあ、通常航路を外した領宙に戻りましょうか。一般船舶がいると向こうは攻めにくくなるかもしれないけど、こっちも守りにくくなるのよ」
「なるほど、承知しました。では、ウイフェルの影から出ることになりますか?」
「ええ、そんな感じで。ついてきて」
時空間復帰が混雑するあたりだと動きが制限される。惑星の影、外軌道側を避けることになる。
「どうする、タッター?」
「ウイフェルの公転後ろ側に移動しやしょう。そのあたりに相対静止するのが色々都合がいいでやんす」
「聞こえた? その方針でいくから」
(もやもやする。戦闘を伴う任務に色恋沙汰が絡むのは苦手。こっちが予想できない行動をしてしまうときがあるんだもん)
リリエルはようやくシャワーを浴びるべく艦橋をあとにした。
次回『楽天的恋愛脳(1)』 「そうやって保護してるのね」