略奪の逃避行(2)
キドレケス戦闘艦を撃退したレイクロラナンに通信が入る。当然ながら相手はフェック・コナー号であった。
(こっちも怪しげなところはあるのよね)
リリエルは心構えをする。
追跡され襲撃されようとしていたのに救助信号を発しなかった。つまり、保安機関に救助されるのを避けたくなるほどの後ろ暗いところがあるということ。
(花嫁とか訳わかんない符号まで出てくるなんて)
兵器輸出とは関わりのないトラブルだと思われる。しかも厄介事以外のなんでもなさそうで面倒。変に関わればジュネに遠回りをさせてしまう。
「救援を感謝する、レイクロラナン」
識別信号を確認したのだろう。
「気になさらず。航宙船は助け合うのが義務」
「そうできるものではありません。改めて感謝を。して、貴殿はどちらの?」
「こちらは民間軍事機構『ブラッドバウ』所属艦。そちらは登録どおりアイザバ船籍で間違いない?」
線を引きにいく。
「ええ、そのとおりです。民間、非常にありがたい。ならば……」
「そうじゃなくて、なにか抱えてるならさっさと跳びなさい。ここはもう公宙よ」
「いえ、そうはまいらないと雇用主が申しておりまして」
よろしくない展開だ。黙って行ってくれそうにない。制止する間もないままに画角が広がってその人物が映り込んでくる。
「私はセニキス・ピールベンといいます」
若い男が挨拶してくる。
「アイザバ現大統領ライゲル・ピールベンの息子です。この度はありがとうございました」
「押し出しの強いところは親譲り?」
「父をご存知で?」
そうではない。政治家というものは得てしてそういうものという皮肉を説明する羽目になってしまった。
(しかも厄介事がぶら下がってるし)
セニキスの腕には外聞を気にせず若い女性がすがっている。流れからして花嫁というのがこの人物になるだろう。
「お願いがあるのですが」
皮肉も通じないお人好しの男が続ける。
「実は困っておりまして、我らは先ほどのように攻撃を受ける危険があります。今、別のお仕事中でなければ護衛をお願いしたいのですが」
「お願いされても事情によるの。犯罪に加担するのは御免よ」
「ごもっとも。説明させてもらっても?」
逃げ場はなさそうだ。リリエルは専用ブースに座るジュネに目で訊いた。彼は無言で頷いてくる。
「彼女はホレイラ・バニャン。とあるご令嬢です」
促すと説明を始めた。
「私はあのウイフェルの晩餐会で彼女に出会いました。憂いを秘めた様子がどうしても気になってお声を掛けたところ、とても苦しんでらして」
「飲みすぎってわけじゃなさそうね」
「とんでもない。将来に不安をいだいていると」
冗談が通じない。
「実はホリーは婚約者がいます。それがキドレケス軍務大臣の息子ワング・コギトレという男。その者がどうにも曰く付きの人物のようで」
「暴力が怖い? 今どきはどこの国でも保護法くらいはあるでしょ?」
「ワングが狙っているのは彼女だけではないのです。彼女の背景にあるもの。大きな利権をも手にしようとしている可能性が」
話が不穏になってきた。男女関係のもつれだけでなく、政治抗争の色を帯びてきている。
「その事情を聞いてあなたは彼女の身柄を奪ってきたわけ? 本人も了承しているみたいだから略取の罪には問われないだろうけど」
法的には微妙なところ。
「民間の立場でそういう案件に関与したくないのだけれど?」
「いえ、そこまではお願いしません。事が事なのですぐに本国に救助を求めるのも適わず、当面、父の権限が及ぶ場所まで警護をお願いできないものかと」
「だから跳べば? アイザバは超光速航法一回で行ける距離じゃない」
手元の投影パネルで確認している。アイザバのある惑星系までの距離は43光年と表示されていた。
「私は彼女を保護したいと願っていますし彼女も求めているのですが、それはアイザバとキドレケスの関係を悪くするもの」
不用意に動けないという。
「彼女もご親族の同意がないと我が国に身を寄せるのもはばかられると言っていて、そちらが難航しています。すべてがクリアになって、ホリーを問題なく保護できるようになるまでの警護をお願いできませんでしょうか?」
「なに言ってるかお解り? あなた、あたしたちに一国の軍相手に防衛をしろって? 無理筋もいいとこ」
「ですので、本国への帰還が叶う状態になるまではウイフェル領宙に留まろうと考えています。そこならキドレケスも大部隊を送り込んでくるのは控えるかと」
それで他国の領宙内でまごまごしていたらしい。
「一応は考えていたわけね」
「当然です。私もゆくゆくは政治家を志しています。国際情勢には通じていますし、国に迷惑をかけるつもりもありません」
「……ちょっと検討させて」
十分迷惑だろうとは思いつつもその台詞は飲み込んだ。どうするかはジュネと話し合わねばならない。彼も目を瞑って集中している様子。σ・ルーンで直接データの閲覧をしているときのポーズだった。
「すごーい!」
通信をミュートにした途端にどうにか声を抑えていたゼレイが騒ぐ。
「略奪愛ですよ、略奪愛! ロマンティックぅー!」
「あはは……」
「燃えませんか、エル様? ドラマみたいなんですよ?」
熱弁を始める。
「そんなにいいものかしら」
「決まってます! 晩餐会で見初めた女性の窮状を知ってさらっていくなんて、なんて男気ある行動力。応援したくなりません?」
「政治家の息子が近隣国の有力者の婚約者を奪うとか、軽率だとしか思えないんだけどね」
それぞれに立場がある以上、簡単に退けなくなる。表面化したら、国の体面も影響して一触即発の状態になりかねない。
「いざってときに動けるのが騎士道精神じゃないんですか?」
セニキスを称賛する。
「戦争になって命が失われた日にはいい面の皮でしょ? そういうのはフィクションの中だけで楽しむもの」
「えー、嫌いですか、略奪愛」
「だから好き嫌いの問題じゃなくて、他人の迷惑考えなさいって言ってるの」
関わるには厄介このうえない。
「つまんない」
「面白い面白くないで部隊運営してらんないの」
「そうでやんすよ、ゼル。お嬢にも立場があるんでやす」
タッターも言い聞かせている。いかにも長という風貌の彼が助け舟を出してくれるのはありがたい。
「じゃあ、見捨てるんですか?」
「うーん」
ジュネをうかがい見る。
「さあ、どうなんだろうね?」
「なにかわかった?」
「まあまあ」
微笑が若干右に偏っているのは面白がっている証拠。
「もったいぶるな、居候」
「こら、ゼル! おかしなとこ、ある?」
「調べるまでもなくね。考えてみなよ」
コンソールに頬杖をついてリリエルを見てくる。紫と緑の瞳に射抜かれると鼓動が速まった。
「かたや名代だとしてもアイザバ大統領の息子。かたや軍事強国キドレケスの軍務大臣の息子。しかも婚約者連れ」
両手で図式を示している。
「さらに曰く付きとなれば、こんな事態も想定できて当然。わざわざ緊張状態を作りだしたようなものだと思わないかい?」
「あ、ほんとだ。偶然の出会いで片づけるのはそれこそフィクション的な考え方だった」
「だったら、その状況を作ったのは誰? その晩餐会の主催は?」
そこのある惑星、ウイフェルである。
「まさか、これって陰謀? アイザバとキドレケスが戦争になるのを狙ってる?」
「可能性は低くないと思うけど」
「確かに」
そういえば利権というキーワードも出てきた。なにか裏があると思っていい。
「でも、キドレケスは軍事強国でしょ? 武器とかの特需で儲ける相手として弱くない?」
「アイザバのほう。あそこがどうして近隣最大の繁栄をしていると思う?」
「わかんない」
「ダイヤモンドさ」
ジュネが出したワードにリリエルは首をかしげた。
次回『略奪の逃避行(3)』 「でも、結果的には略奪愛推奨なんですよね?」




