略奪の逃避行(1)
戦闘艦レイクロラナンは防御フィールド内にターナ霧を充填して隠密航行中。追尾しているのは、とある国家の戦闘艦である。
「どうする気かしら?」
リリエルは先行する国軍戦闘艦の様子をうかがう。
「領宙内で動きだすとやりにくいかな」
「露骨にならともかく中途半端だと干渉しにくいもんね」
「とりあえず、様子見」
追っているのはキドレケスという国の軍。単艦ながら立派な戦闘艦だが、堂々と惑星国家ウイフェルに入国し、数日を経て離れるところ。
(ただの迂回輸出かと思ったらそんな感じでもないし)
怪しげな動きに間違いはないが。
彼らは惑星国家キドレケスの動向を探っていた。その訳はアームドスキンにある。映画ジャスティウイングの一件で壊滅させたデニコレオ教団へ兵器輸出をしていた疑いがある。
ジュネが戦闘映像から分析したアームドスキンがどうやらキドレケス国軍が開発したものが原型となっていると判明した。テロリズムの前歴がある組織や犯罪組織への兵器輸出は星間法第一条第五項違反にあたるので捜査している。
「『犯罪もしくはテロリズム支援となる国際貿易はこれを禁ず』ね」
表示させた条項を読みあげる。
「『ただし、輸出先隠蔽などで手続きが正当な場合は例外とし、直接的に貿易に関与した機関を対象とする』なんて例外もあるし、証明しにくい違反行為よね?」
「でも、こうとしか定められないんだよね。相手の確認を厳しく求めすぎると貿易が成り立たない。例外が広すぎて抵触行為が横行する条文さ」
「まあ、あからさまはやめてねってところかしら」
抜け道が多い。
「回収された証拠品も多いし、今回ばかりは追及できそうだから調べてる。でも、普通は厳しいかな」
「ブラッドバウみたいにきっちり書類揃えてこないと売らないって言える企業は少ないでしょうし」
「需要がないと付けられない条件だね」
リリエルのところは優良企業である。それも技術力の下支えがあってこそのこと。殿様商売と陰口を叩かれようが知ったことではない。
「で、尾けられているあの船は?」
キドレケス戦闘艦は別の船を追尾していた。
「フェック・コナー号っていう客船だね。船籍はアイザバ」
「惑星国家アイザバっていったらロッドのところに乗り込む前に休暇を取ったとこよね? 近隣国だと一番栄えているとこ」
「うん、有力国家だね」
要員を遊ばせるために彼女が選んだのだ。
「きらびやかな街でやんしたよ。お嬢はデートできるならどこでも良かったかもしれやせんが」
「タッター? 一言多い! 歓楽街も多くて良かったでしょ?」
「文句はありやせん」
副官は若いクルーを代表して礼を言っている。彼自身も妻を楽しませることができたかもしれないが。
「っと、加速しやしたね?」
アイコンの数値が上昇している。
「追う?」
「うん」
「レイクロラナン、隠密航行を解除。ターゲットに向けて全速前進」
電波レーダーに映らないまま急速接近すると誤解されかねない。姿を現して距離を詰めていく。
「領宙を抜けやす」
もうすぐ大気圏から五万km離れる。
「行こう」
「この感じだとアームドスキン出してくるもんね」
「待機室のパイロットは全員搭乗するでやんす」
タッターが命じる声を背に通路を走ってリフトバーへ。グリップを使わずそのまま滑り降りる。アンダーハッチに足をつけると、お尻からパイロットシートに飛び込んだ。
『σ・ルーンにエンチャント。機体同調成功』
機体同調の確認だけして整備士に親指を立てるとプロテクタを下ろす。
「出れる順に出なさい!」
「どうぞ、お嬢」
「ヴィーはついてきて。ラーゴは残りをまとめて来なさい」
隊長の「了解っす」という声を耳に発進スロットへゼキュランを滑らせる。
「ジュネ、どっち?」
「裏が気になる。今はブラッドバウで」
「わかった」
彼らがアシストチームとして、つまり彼が表に立つスタンスで動かないということ。このあたりも、もう一言で確認できる。
(さすがにジュネもこの状況が読めてないのね)
キドレケスはウイフェルを迂回地としてアームドスキンを輸出しているのではないかと推測していた。ところが、そこにアイザバが関わってくるとなると関係性が読めない。
「急がない?」
「沈めたりはしないと思うんだけどさ」
置いていくほど加速しないトリオントライを見てそう感じる。彼がその気になれば重めのゼキュランは確実に振り切られる。
おそらく拿捕しようとしていると思っている様子。それさえ阻止できれば次の展開が望める。関係性も判明するだろう。
「アームドスキンを出したでやんす」
領宙外に出たらしい。
「荒立てる気はないってこと。できるだけ撃破は避けなさい。追い払うだけ」
「合点承知」
「んー?」
迷う。
「一人くらい引っ張っとく?」
「いや、フェック・コナー号に事情を聞いたほうが早いよ。できるのは正当防衛行動の範囲だから」
「拘束までするのはアレかぁ」
司法巡察官として動かないならできることは限られる。正当防衛が成立しないと介入できない。
「アームドスキンが客船を包囲した。不正侵害確認。全機、抜剣!」
要件成立の確認まで済ませて指示を出す。
「お嬢に続け!」
「おー!」
派手に乱入していく。客船を人質にするとか考える前に弾きだす必要があった。
「なんだー!」
「どうなってる? どこの部隊だ?」
動揺しているうちに包囲陣を剥ぎ取ってしまう。リフレクタにブレードを叩きつけてさらっていった。
「邪魔するな!」
「するに決まってる! 客船相手にアームドスキンなんて繰りだす不埒者相手ならね!」
遠慮は無し。
「なんだと思ってる? 識別信号確認してないのか?」
「したけど? キドレケス国軍さんが公宙で略奪行為?」
「馬鹿を言うな! 逆だ、逆! 奪い返しに来てるのだ!」
(奪い返しに来た? どういうこと?)
どうにも話が繋がらない。
「なんて言おうと侵害行為の図式よ」
間違いないので押し切る。
「下がらないなら本気で墜としに掛かるけどOK?」
「くそ! 無茶言いやがって!」
「無茶はどっち?」
リフレクタを連続で叩き、振りおろされたブレードも弾く。胸を蹴りつけて吹き飛ばすと「ごはっ!」という苦鳴がオープン回線に流れてくる。
(撃ってこない。誤射を怖れてる? 言ってることはあながち嘘じゃないってこと?)
ビームランチャーは脅しにしか使ってこない。
それは好都合。ブラッドバウ相手にブレードアクションで敵うわけがない。他愛もなく客船から剥ぎ取っていく。腕や脚がくるくるとロールしながら飛んでいっていた。
「なにをする! 貴様ら、どこの誰だ!」
オープン回線には別の声。
「民間軍事機構ブラッドバウよ。文句ならあたしが聞く」
「民間だと? こっちはキドレケス国軍、奪還任務中なのだ。妨害行為をするなら訴えるぞ」
「好きになさい。こっちは一部始終を記録してる。正当防衛は認められるから」
理論武装はしている。
「事情も知らずに勝手をしおって。ただでは済まさん。発砲許可を出してやる」
「へぇ。権利がないって言うなら星間平和維持軍に通報してもいいのよ? その場合、あんたが連れてきた四隻の輸送艦がどこに行ったのかも調べてもらうけど?」
「な!」
急所を突く。大袈裟にならないよう枷をはめた。
「どこまで知っている?」
「さあ、どこまでかしら?」
一泊置いて反応を待つ。
「全機、撤収させろ」
「退く?」
「これで終わりではないからな。必ず花嫁は取り返す」
(は? 花嫁? どういうこと?)
あまりの予想外に出てきた単語にリリエルは呆けてしまった。
次回『略奪の逃避行(2)』 「略奪愛ですよ、略奪愛! ロマンティックぅー!」